結末~オペレーショントロイ~
とある尋問室にて。バレッタは拘束されていた。まだ命はある。その表情には学園に来たばかりの頃の快活さは無く、鉄仮面のような無表情が張り付いていた。そんな彼女の目の前に座るのは赤い髪に白衣の女性、フローレンシアだった。彼女もまた学園にバレッタが来た時とは違う冷徹な笑みを浮かべていた。
「君の事は調べさせてもらった。地上の英雄、バレッタ=リィンカーネーション」
「オペレーショントロイは成功した。もうわたしたちに存在価値はない」
「わたし『たち』? それは君の本名と関係あるのかな、バレッタ=リィンカーネーション試験体番号0001。どうして人間にシリアルナンバーが振られている?」
「ロットナンバーですよ、先生」
そこで自嘲気味の笑顔を見せるバレッタ。フローレンシアは眉を顰める。
「同じ事だ。どうして人間に製造番号が振られている?」
「それはわたしたちが造られた存在だから、培養液の中で産み落とされた人造人間、それがわたしたち『リィンカーネーションブーケ』はオペレーショントロイのためだけに造り出された。全てはあの生体兵器を破壊するために」
「ゼウス
「へぇ大神の名前を付けたんだ。月には宗教が無いって聞いていたのに」
「そっちじゃ不死身のアキレウスだったか? 名前など些末事だ。君の名前以外は」
そこでバレッタは怪訝な表情をする。どうしてそこまで自分に拘るのか、と。フローレンシアは真っ直ぐバレッタを見つめている。彼女はこう告げた。
「君『たち』を救いたい」
「はぁ?」
今日一の変な声が出た。音の外れた楽器のようだった。それが可笑しかったのか笑い出すフローレンシアをバレッタは睨みつける。
「ふざけているの?」
「いいや、ごめんごめん、どうにもシリアスなのは私には似合わない。だけどね、これは学校の総意だよ。バレッタ。地球の連中は狂っている。月の領土にかまける前に自分達の倫理観をどうにかすべきだ」
フローレンシアはそう言うとバレッタの拘束を解いたではないか。自由の身になる。しかし。
「言っただろう。オペレーショントロイは終わった。もうわたしたちは用済みなんだ」
「君は仲間をいや家族を守るために戦っていたんだろう?」
「――ッ!」
図星、だった。バレッタは下からフローレンシアの事を睨みつける。その眼光はまさしく人殺しのそれだった。その視線だけで人が殺せそうなほどの殺意がにじみ出ていた。
「お前に何が分かる! 私は! 妹を、妹たちを守れなかった! 誰一人! そしてお前らが存在する限りまた同じ過ちは繰り返される!」
「だからそれを正しに行こう。バレッタ」
「どうやって!!」
そこで一つフローレンシアが
「ミラール……先輩」
自分が殺したはずの相手がそこにいる。おかしい、確かに機体は爆散したはずだ。
「目の前の獲物に囚われすぎたわね、脱出ポッドを見過ごすなんて」
脱力するバレッタ。彼女は誰も殺していなかった。その事に安堵している自分自身に彼女は驚きを通り越して納得すら覚えていた。涙が一筋、頬を伝う。
「もう……誰も死なせたくなかった……本当に……」
「ああ、信じるよ。だから君も私達を信じて欲しい。アポロン学園はリィンカーネーションブーケ全員を救い出そう」
バレッタは上を向いた。簡易な照明が部屋を照らしているだけだった。真白の天井。そこにかつての友、いや妹の姿を見る。涙が滂沱の如く溢れて出す。嗚咽を漏らし、指折り数ええる。一つの握りこぶしが出来上がる。それで全員。
「1000人近くいた妹も5人だけになってしまった」
「それでも救いだす」
「この事がバレたら再生産が始まるかもしれない」
「それごと救い出す」
それ以上は涙のせいで言葉が出なかった。ただただ泣き声が尋問室に木霊する。フローレンシアはそっとバレッタの頭を撫でた。
そこにどたどたと足音がやって来る。それは彼女の数少ない友人たちだった。
「リンディにソーディまで」
「先輩ひどいですよ! 麻酔を打って宇宙空間にほっぽり出すだなんて! ミラール先輩に拾われてなかったらスペースデブリの一員でしたよ!?」
「ま、その分、派手な『広告』うたせてもらいましたケド」
タブレットには煌びやかな文字列。『地上の英雄バレッタ=リィンカーネーションの家族を救い出せ!!』本当に学園総出で地球に攻め込むつもりらしい。これではどちらがトロイの木馬だったのかもわからない。もしやそれが狙いで? と勘繰る力も、もう無い。バレッタはただその場にへたり込んだ。そこにミラールが手が差し伸べる。その手をなんとか掴んで立ち上がる。そしてミラールは自分の勲章をバレッタに付け替えた。一瞬の出来事に戸惑い反応が遅れる。
「え? え?」
「戦友の証、ちゃんととっときなさいよ好敵手」
それは再戦の申し込みでもあったのだ。あの殺し合いでは負けたが次は勝つ、と。それにバレッタは涙で腫れた瞳をこすりながら笑顔で応える。
「はいっ!」
フローレンシアが微笑ましくその光景を眺め、新聞部二人はタブレットで写真を撮っている。気恥ずかしくなったのか、繋いでいた手を離す二人。しかし、その温もりは確かにあって。これが嘘じゃないってバレッタは信じられた。信じてみようと思う事が出来た。それは普通の人にとって小さな一歩でも彼女にとっては大きな一歩だった。
「オペレーショントロイリベンジ、これより始動を開始する!」
格納庫へと案内されるとそこにはフル装備のリングス001があった。
「ヘクトール000は……?」
「ああ、あの鈍色の機体か、悪いがあれは今、解析中だ。アレを元にオペレーショントロイリベンジは始まる」
「地球基地を割り出すんですか?」
「正解。君からの情報も欲しいね」
バレッタは少し黙り考え、答えを口にする。
「移動要塞、だったと思います。あれは特定の拠点を持ってはいなかった」
「上等。聞いたか! 情報部! 早速、今の情報から解析を進めてくれ!」
『了解!』
フローレンシアが持ったタブレットから通信が入る。今までの会話も校内放送で学園中に流れていたのだ! バレッタは何度目か分からない驚きに包まれる。
「どうしてそこまでしてくれるんですか?」
「生徒を救うのは学園の義務さ。当然だろう?」
本当にそれが当然の事柄であるかのように告げるフローレンシアにバレッタはただただ呆れるしかなかった。無敗の女王だったか、その要因はこの胆力にあるのかもしれない。そう思った。そして――
数日後、月から地球への旅団が組織された。そこには当然バレッタの姿もあった。ミラールもソーディもリンディもいた。
「本当の戦争よ、気を引き締めてかかりなさい!」
ミラールの号令と共にシャトルの群れが発射する。大戦争が始まろうとしていた。地球の移動要塞と月からの人型兵器軍。それはきっと果てしない戦いになるだろう。だけど、バレッタはこの数日で出来た仲間たちを信じていた。信じられていた。その事に驚いている自分はいたし、バレッタは確かに戸惑っていた。だけどそれより先に状況は動き行動は始まった。その流れに負けたわけではない、しかし、彼女の信じる『ナニカ』はとっくの昔に失われていて、もとより存在しなくて、そこから新たに生み出された感情こそが本物だと思う事にしたのだ。五人の妹たちを救い出す。これはそのためだけの戦いだ。シャトルの中には既に
――夢を見た。姉妹揃って花畑を駆ける夢だ。五人は手を繋ぎ、輪になってくるくると回る。そこには眩うばかりの笑顔があって、同時にどうしようもない涙があった。それは決して矛盾する事なく円環に乗り進む。5姉妹が揃ったのはいつ以来だろう。そうだ。新しく出来た友達の話をしよう。ミレス、ローゼ。ライラ、リン。いっぱいお話しよう。もう誰にも囚われる事のない世界で、たくさんの経験をしよう。普通の女の子のように平和な世界を生きよう。何時間経っただろう――シャトルが地球の重力に引っ張られる。赤熱する装甲、地上へと舞い降りる天使たち。鎧を着込み、宣戦布告する。目標は太平洋の人工大陸。
『警告は一度切りだ! ようく聞いておけ! これは戦争じゃない! 奪還だ!』
そうわたしたちはわたしたちを奪還する。たくさんのΠが星屑のように落ちていく、人工大陸からの迎撃掃射、それを軽くブースターを吹かすだけでかわしてみせる生徒に教師たち、全員、凄腕のパイロットだ。そこになにやらたどたどしい足取りでリングスに似た機体が現れる。バレッタの姉妹たちだ! 攻撃していいのかどうか、リングス001改を見て決めあぐねているようだった。回線をオープンに切り替えるバレッタ。そして告げる。
「迎えに来たよー!!」
精一杯、力を込めて告げた。するとリングス達はその武装を解除した。これで姉妹たちの無力化は完了した、後はこの広大な人工大陸を制圧するだけである。
散開する乙女たち。大陸中を月面製のΠが襲う。全ての武装は破壊され、大陸は次第にひび割れていった。そして徐々に崩壊を始める。そして太平洋海中から月面へ向けてのカタパルトが浮上する。これはアポロン側が事前に仕込んでいたものだ。ステルスにはステルスで返す。これだけ巨大な建造物が月から落ちて来ても人工大陸は気づきもしなかった。そしてそこにあるシャトルにバレッタの妹たちを回収する。と人工大陸の中央部が浮かび上がる。あれが本当の移動要塞の姿、球体を模したそれはまるで。
「第二の月」
月を落とすために作られたアルテミス。それが移動要塞の名前だった。それをターゲットサインに入れてトリガーを引く。リングス001改からの一斉射、ミサイルの乱舞が全方位からアルテミスに襲い掛かる。迎撃も間に合わない。爆発が連続する。アルテミスが地へと海へと墜ちていく。それは女神の陥落であり、人類の勝利だった。長い長い戦争だった。月に人類が到達して数十年の幾歳を超えて、辿り着いた到達点。それがこの海の墓場だった。
「決して造られた命だったとしても、わたしたちはわたしたちとして生きる!」
墜ちていく残骸にそう告げてバレッタも月へと向かうシャトルに乗り込んだ。そこでようやく夢の続き。現実の始まりと対面する。妹たちが戸惑いながらこちらへと歩み寄って来る。それを抱き留めるバレッタ。そこには笑顔があり、涙があった。そうあの夢の花畑の円環、その再現だ。輪になって抱き合う5人は揃って笑って泣いた。もうどこにも敵はいないんだと。戦わなくていいんだと。そう告げられて、やっと運命の軛から解放されたのだ。
完
月面学園アポロン~ガールズウォー~ 亜未田久志 @abky-6102
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