十節 絶品
十節 絶品
広い部屋に、大きなテーブル、一つのテーブルにつき、四つの椅子。それが三十セット程。
「お、O型姉さんじゃーん?今から昼?」
O型さんに左から、低めの声が聞こえてくる。
「そう、Al型は?もう食べたの?」
驚いた事に姉さんと声を掛けた声の主は、O型さんよりも、そして私よりも背が高かった。どれくらい高いかと聞かれたら、私より頭一つ分高いといった所だ。
「ん!昨日ぶっ倒れた子じゃん!」
その人は、ギラギラと光るほどの銀髪を揺らして、私の顔を覗き込み、にっかにかと笑っていた。
「Al型、それ私にダメージ入るんだけど、分かる?」
「わかってるって~でも~悪いの私じゃなくて姉さんでしょ~?」
それを言われると…という顔をして、その人の反対側を向く。
「あ、初めまして!Al型でーす!これからヨロシクネ!」
Al型さんの元気が溢れて胸やけしそうだ。
「レニスと言います、えっと…よろしくお願いします」
それなりに、自己紹介が出来たことに、心の中で小さくガッツポーズをとる。
「うん?ごはん食べてる?元気ないぞー?今日当番のNe姉さんのごはんは旨いから沢山食べて元気になりなよー?」
心配そうに言われて、そんなに血色が悪いだろうかと手の甲を咄嗟に見る、が…既に私の腕でなかった事を忘れていた。
「レニスちゃん、気にしなくて大丈夫だよ、私達なんてほら。」
フォローをしてくれるのだと分かって見ていると、O型さんは自身の手首に爪を立て、そのまま勢い良く、手の皮を引き剝がす。
「えぇぇぇ!?」
「あはははははは!…姉さん…あのさ…クックックッ」
「ほら見て?レニスちゃん、これ、キノコだから。」
そう言って、引き剥がしたモノを見せてくる。
O型さんの腕に目を向けると、私と同じ様に、銀色の腕が光を反射していたのだが、そのキノコ?を剥がした部分に、細かな糸の様な物が張り巡らされている事に気付く。
「キノコ…ですか…」
私の知っているキノコとは全く異なる形状をしていたから、本当にキノコなのだろうかと、聞き返す。
「そう!カワキノコ!このキノコは魔素を吸収して、魔合金の上に傘を広げていくんだけどね?」
楽し気にキノコを引き伸ばしたり、縮めたりしながら説明を始めてくれる。
「このぶつぶつ見える?キノコの裏側なんだけど…」
目を凝らさずとも異様な数の白く細かく小さな突起が付いているのが見える。頷いて見える事を伝える。
よほど強く引き伸ばしているのか、そのキノコの下からO型さんの指が浮き上がっていた。
「さっきレニスちゃんも気付いてたけど、この腕に張り付いたこの糸みたいなのと繋がってるんだぁ…見ててね?だから剥がしてもすぐに…」
じっと腕を見つめていると、その糸の所処から、小さな突起がもりあがって来る。
「お、生えて来た。」
その突起から皮膚の様な傘が広がり剥がされた部分が修復されていく。
「すごいでしょ?これの開発にあのティアムス様でさえ百年かかってたぐらいだからね。」
ぽっと言うが、エルフの平均寿命は三百年程と本で読んだ事がある、つまりこのキノコの為に、自身の寿命の三分の一を捧げ続けた事になる。
「その…ティアムスさんは今、おいくつなんですか?」
「えっと…Al型、これ、話しても良いと思う?」
O型さんは、いつの間にか床で悶えているAl型さんに確認する。
(さっきは笑ってお腹押さえてたけど、今は瞳孔ひらいてない?)
「ッ~、あー、イタタタ、姉さんごめんてぇー」
「小突いただけでしょ、大げさな。」
いったい、いつ小突いたのか全く分からないが、小突いただけらしい、あの感じだと、かなりの力で殴られたのだと思うが、そんな事をしているなら見ていたはず。
「良いんじゃない?こんなのどうせ外に行っちゃったら知らないままでなんかいられないし。」
「そうだね…レニスちゃんおまたせ、あ、Al型は大丈夫、私達は感覚機付いてないから、悶えてるのは中の歯車がいくつかずれたりしてそれを直してるだけだから。」
歯車がずれるというのがどういった状態なのか詳しくは分からないが、骨折のような物だろうか。
私の疑問に気付いているのだろうが、気にしなくて良いという様に、にわかな笑顔をこちらに向け、すーっと息を吸い込む。
「ティアムス様はね、今年で…三万と六百三歳、体は百八十三歳だけどね。」
言葉は耳を通じて頭に入る。
「さ、三万…」
ボソリとつぶやいた。
脳内の疑問達が、一列に並んだように、納得し始めていた。
「エルフの中でもティアムス様は確かに特別なエルフだよ、なんてったって、最初のエルフだもん、それでも…その命は勿論永遠じゃない、寧ろ、今より短かったみたい。」
どういう訳か、Al型さんの姿がいつの間にか消えていた。
「さっきもちょっと言ったけど、何回も何回も、自分を複製した体に記憶の大事なものだけを移してるんだよ。」
人間のクローンを作るのは禁じられているとお母さんから聞いた事があったし、あの図書館にはその製法に関する禁書があるとも聞いていた。
「うん、西側の大陸、アガンドで三万五百年間指名手配中だね。」
なんというか、思考どころでは無く、記憶を瞬間的に読み取られる事に慣れてきてしまった。
(これに慣れたらダメな気がする。)
「手配中ですか…それって、大丈夫なんですか?」
かなり気まずそうに背を向ける。
「それは…ティアムス様に聞いた方が良いかも…」
「どうしてでしょうか…」
「私達の口からその事に関して外部の人間に話す事は禁止されてるから。」
こちらを向かず、きっぱりと告げて部屋の奥、何もないただの壁に向かって歩いていってしまう。
振り払われた様な感じがして、付いて行くのがためらわれる。
O型さんは壁を指でなぞる。
まるで何かを描いていくように。
「Ne型、このシャッター壊れてますよ。」
O型さんは壁に向かって呼びかけていた。
「え!困っちゃうよー!」
壁の向こう側から、元気な声が聞こえてくる。
「でも…壁…」
「Ne型!いきますよ!」
「はいっ!お姉さま!せーの!」
壁に作られた彫刻に指を掛けて、『持ち上げた。』
ゆっくりと持ち上がったその壁の向こうには、黒い髪に青や緑、黄色、赤のメッシュがまばらに入っている少女が向こう側から壁を持ち上げていた。
「お腹いっぱい食べてるみたいだね、良かった。」
「うん!で、今日は何食べてく?」
O型さんと同じくらいの背丈の少女は白いエプロンを付けて、カウンターに手を突いて前のめりになる。
「あっキミ!」
私に気が付いたよう…
持ち上げたはずの壁が、上からずるずると落ちてくる。
「あ…」
ゴツンと嫌な音が鳴る。
「…んーティアムス様に修理させないといけないなァ…」
特に何という事も無いように片手で押し上げる。
「Ne型、マニュアル通りにやらないとパーツ交換のサイクルが早くなるんだから、あんまり酷使したらダメだよ。」
少女をたしなめつつ、少女の頭を撫でているO型さん。
「大丈夫なんです…か?」
彼女達が人間ではない事を、少しは理解したが、それにしても、だ。
「うん!だいじょうぶ~、心配ありがと♪改めまして~私はNe型!」
少女は陽気な自己紹介を飛ばしてくるが、どこか無理をしている様に思えた。
「初めまして、レニスです。」
嚙まないようにハッキリと言い切った。
(よし!今度こそちゃんと言えた!…よね)
ただの自己紹介だが、少し気分が良い。
お母さんなら、褒めてくれただろうか。
「レニスちゃんヨロシクね!」
「はい…よろしくお願いします。」
窓の外がピカリと光る。
「珍しい…ですよね…」
「…ごめん、レニスちゃん、Ne型、レニスちゃん頼んで良い?」
酷く真剣な面持ちで、部屋を出て行った。
「どうしたんでしょうか?」
「さァ?で、どうする?何食べたい?」
何を食べたいか、決まっている。
「おいしいお肉を!」
「いいよー!ちょっとまっててね、私達でも流石に時間はどうにもできないから。」
腕まくりをして、大きなキッチンで料理を始める。
窓に吹き付けられた水滴が密度を増し、流れを作り始めていた。
窓辺に向かい、外を見る。濃い緑の葉がはるか下に、見える限りどこまでも広がっていた。
「こんなに大きい木…見た事無かったけどなぁ」
霧がかった森に小さく雷鳴が轟く。
この雨音に関心なんて向けた事が無かったが、何故だか今は一層大きく感じる。
「レニスちゃん!焼き加減どうする!?」
キッチンの方からNe型さんが声を張る。
「お任せします!」
火を扱っていても聞こえる様に私も声を張った。
ほどなくして、昨日とはまた違ったいい匂いがしてくる。
「レニスちゃん?」
窓の外をじっと見ていると、Ne型さんに呼ばれて振り返る。
すると目の前に見ただけで美味しいと思ってしまうような盛り付けを施されたステーキの皿を片手に持ったNe型さんが立っていた。
「あ、ありがとうございます!」
「うん…、ねぇ、レニスちゃん?」
「はい…」
不安そうに眉をひそめていた。
「あ~、おいしそう!おまたせー。」
O型さんの声。
Ne型さんの体が少し揺れた気がした。
「お姉さま、おかえりなさい、御用は大丈夫でしたか?」
(何を言おうとしたんだろうか?)
「うん、大丈夫、他のマキスが行ったから。」
そう言って近くの椅子を引く。
「レニスちゃん、ここどーぞ。」
進められた席に座ると、Ne型さんが先程の皿を置き、白いエプロンのポケットから何かの皮を丸めた物を取り出した。
中には、銀色の大小様々なナイフやフォークがそれぞれの長細いポケットに収納されていた。
「お好きな物をどーぞ。」
持ち手が指の形に沿って歪んだ物や、家にもあった様な物、謎に変形した物など、ただ色々な種類の物を集めただけに見えるが、きっとそれぞれに真の用途があるのだろう。
見慣れた形の物を手に取る。
「これにします」
広げた物をくるくると巻いてエプロンのポケットにしまって。
「飲み物、持ってくるねー。」
「あ、はい…」
キッチンへと歩いて行ってしまう。
O型さんは、隣に座って、肘を枕に私を見つめる。
「さっきさ、何の話してたの?」
「さっきですか?分からないんです、何かを言おうとしていたみたいなんですけど…。」
「そっか…うん、分かったよ、ごめんね、気にせず食べて!」
席を立ち、また彼女は何処かへと向かう。
「勉強部屋の準備してくるね!」
後で手を組み、横側を見せて言った。
「行ってらっしゃい…」
私は皿に顔を向ける。
「いただきます。」
両手を合わせ、少し頭を下げる。
大きな口で、一切れを口に入れる。
『旨い。』その単語一つ残して頭の中が真白になる。
頬を熱い涙が伝う。
この一口に詰まった味の広がりを私は上手く形容することが出来ない、香り、温度、硬さ、柔らかさ、どれをとっても私が食べてきた肉とは比べ物にならない、比べてはいけない気さえする。
「おいしい?」
Ne型さんは緑色の液体が入ったコップをテーブルの上に置き、向いの席に座る。
「美味しいです…うん、本当に…。」
「口に合って良かった、これ…良かったら飲んで…樹液を使った栄養ドリンクだよ、元気出ると…思う…」
私の方へコップを滑らせると、そのままテーブルに突っ伏してしまった。
どうしていいかも分からずキョロキョロと辺りを見回す。
顔に耳を近づけると、穏やかな息が聞こえる。
「寝ちゃっただけ…かな。」
私は、辺りを見回した時、彼女達の誰かが駆けつけてくれるのではないかと期待してしまっていた。
モヤモヤとした気持ちを紛わす為に、飲み物、栄養ドリンク?の匂いを嗅いでみる。
見た目に反して、すっきりとした甘い匂いがする。
恐る恐る舌の先に付けてみる。
匂い通りの味で、少しの酸味を感じる。
「お肉に合うのかな。」
今度は一口。
舌先では伝わる事の無かった多彩な味が伝わる。一度感じた味が後から追い、口の中でそれが繰り返されている。
ゴクリと飲み込むと、色は消えてしまう。
そんな飲み物だった。
「…」
しばらくの間、この感動の余韻を楽しんでいた。
肉の匂いが鼻孔をくすぐって、自然と口の中に運んでいた。
「…」
私の驚きに関する基準が、この一瞬で変わってしまった。
「お、美味しい…」
味に変化は無かったはずだ、でも、初めて口に入れた時と同じ感動と鳥肌が体の真ん中から広がっていく。
未知の感覚、確認ではない二度目の発見。
そんな二つが、テーブルの上で、長く残る訳も無い。
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