五節 赤き桜

 この足に少しでも慣れようと、来た道を歩いていた。


「慣れてきたかもしれませんね、足運びがしなやかになってきたように見えます。」


 考え事をしていた、とても当たり前に思えていた事。


「言われてみれば…少し歩きやすくなってきたような感じがします。」


(私、お母さん以外とまともに話した事が無かったのに、どうしてこんなに話せるんだろうか。)


 何故かなんてわかる訳が無かった、情報が少ない、ストーリーを推理するにも前例、要素が必要なのだ。


(案外私のコミュニケーション能力が高かったとか?無いな、コミュニケーション能力というのは、してこそ身に着くらしいし、私には当てはまらないだろうなぁ。)


 深く、心に潜っていく。私の記憶の綻びを引っ張り出す様に、どこかにこの答えが、手掛かりが無いか思い返す。


「到着です。」


 声に引き戻されて、びっくりする。まだまだ着きそうに無かったのに、伝う壁は扉に代わっていた。


「さっきの部屋…ですか?」


 スンスンと鼻を鳴らして辺りに漂う匂いに気付く。焦げ臭いような、生肉の様な、そこに足される花の匂いに。


 後ろに付いていたBe型さんは、するりと私の前に出ていて、両開きの扉の片方のドアノブをくるりと回す。


「どうぞ…桜が見られると思いますよ」


「桜?」


 開いた扉から楽し気な会話が聞こえる。覗き見れば、先程の長机に私より少し幼いくらいの年から、少し上くらいの女性達が座っていた。


 だが、次の瞬間に目に止まった物がレニスを一番驚かせていた。


 純白の皿の上に咲く赤い花、正確に言うなら、花弁を模して盛り付けられた赤身の肉、初めて見る赤い血の肉。


 思わず駆け出していた、テーブルの上に乗った憧れの快楽を目指して。


 両手をテーブルに着いて垂涎の様相。


「レニス!こっちに座れ。」


 長いテーブルの反対側に居たティアムスに声を掛けられて、慌てて零れかけた涎を飲み込む。


 顔を上げ、ティアムスを見ると、テーブルに座る彼女達が口々に囁いていた。


「あっ、来ました。」


「あの子のさ、髪の色、聞いてた話と若干違うんだけど。」


「身長も体形も測定通りだよ?」


「流石、N型お姉様です、お見事な仕立て。」


 若干恥ずかしくなって、レニスの頬がピンク色になる。


「こっちだ、レニス。」


 ティアムスに呼ばれて向き直すが、そちらに行く足のなんと重い事か。


「何をしている?あぁ、そういえばそうだったな、いや、気にしなくて良いんだ、お前がそうなる所まで計算してあったはずだ、O型があの後、どうやったらお前が喜ぶかを細かく、二回程コアを焦がしかけながら求めたのだ、むしろ涎をダラダラと垂らしてやった方があいつは安心できるだろうよ。」


 正直にそれはちょっと、という顔をする。ティアムスはそれを見て、眉と口角を上げ、意地悪気に少しだけ目を開きながら微笑を浮べる。


ティアムスのおかげで少しだけ緊張が解れた様だった。


 言われた通りの席に着くと、横の席に座っていたレニスより少しだけ年が上に見える女性が話かけてくる。


「はじめましてぇ、私He型って言いますぅ、よろしくねぇレニスちゃん。」


 ふわふわとした素材の服を着たその女性の声は、ぬっとりと表現するしかない様な、独特のペースで、喉の奥がつっかえる様な気分になるが、そこは少しだけ我慢して、返事をする。


「よろしくおねがいしゅま…します。」


(恥ずかしぃ…)


「あははぁ、緊張するよねぇ、大丈夫、大丈夫、私達の前ならいくら失敗しても良いからさぁ、それよりほらぁ、見てごらん、もう見てたかぁ、綺麗でしょお?チェリーホースっていうお馬さんのお肉だよぉ。」


「チェリーホース?どんな馬なんですか?」


 聞き返しただけなのだが、間が悪そうにティアムスの方を見るHe型さん。


「……?なぜ私に確認する?いいかレニス、その馬の別名はな、ど…


「はああああい!それではパーティーを始めたいと思いまーす!」


 向かいの席に座っていたオーバーオールの少女が椅子を倒しそうな程早く立ち上がり、ティアムスの声を遮ってグラスを片手に乾杯の音頭を取る。


「まぁ、いいか」


 レニスは乾杯の声に遅れてグラスを上げ、そのまま一口。


「うっ…」


 強烈な苦味と甘さ、匂いは良いが、ドロリとした感覚が喉に残る。


「ん?おい、He型、レニスの飲み物にはアルコールが入っていない物を入れてあるんだろうな。」


 レニスの顔を見て、ティアムスは不可解に思った様だ。


「予定ではぁそうでしたけどぉ、私が入れた訳ではないのでぇ、分からないですぅ。」


「すみ…ません…頭が…すこ…し…」


 視界がぼやける。平行感覚が保てなくなり、頭を右へ左へと揺らす。


「おい…レニス?ぉぃ!ぉぃ!」


 ティアムスが小さく叫んでいる。


 痛みも無く、テーブルに頭を着く。


(吐きそうだ、気分が全くもって優れない、此処は何処か、この声は…あの時、私は確かあの時…しかし何だろうこの感覚は…。)


 聞いた事も無い様な声が聞こえる。いや、感じる。この胸の奥から。


「あぁ、テリエ…追いついちゃったんだ…」


 夢の中の私の様に、自分でやろうとしているかも分からずに口を動かしている。


「おい…冗談にしては…タチが悪いぞ…」


「ティアムス様!何を泣かれているのです!今はレニス様を助けないと!」


「やっと、この時が…」


「ティアムス様!ああ!皆!行くよ!」

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