幕間 毒花の芽

 人間は駄目だ、正しさを決めておきながらその全てを守っている人間なんて何処にも居ない、最たる例が『嘘』だろう、沢山の人が逃げる様に言った、「嘘も方便」と、私はそう思わない、正直者で居る事の何が悪いのだろう、そうして、騙される私が悪いのだろうか、なら仕方ない、私も貴方達を騙す、さんざん楽しんでいたのだから、私に分けてくれたって良いハズダ。


 楽しく、なかった。貴方達は笑ってた、私がどんなに酷い目に遭っても、だから、これは、夢の様に楽しいんだと思ってたんだ。最後まで、貴方達は私を騙し続けたんだね、えらいエライ。


「なんでこんなに馬鹿なのに、私を馬鹿にして嗤ってたんだろう…」


 良く覚えている。私は雨に打たれながら、自信の愚かさに気付いていた。


(最初の頃は、きちんと想っていたのに、なんでこんなに空っぽなんだろう。)


 嬉しくもない、哀しくもない、ぼーっと、火を見つめている時の様な。

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「こんにちは!今日からここに…


「あぁ、そいうのいいから、とりあえず荷物は二階の開いてる部屋に使ってくれ。」


「かしこま…


「あと、日月は休みだから、好きにしてくれて良い、荷物を置いたら階段を上がった所の部屋に来てくれ。」


「かしこまりました。」


 挨拶もまともにさせてくれない彼を『面白い』と思った。私は壊れてしまったのだろうか。


 それから半年、彼が私に嘘を吐く事は無かったが、その代わりに頼まれる仕事は人間のメイドでは難しいもので、人形である私を買った理由はすぐに分かった。


「屋根の塗装終わりました。」


「そうか、助かった、次は、」


「浴室のタイルでも張替えますか?」


「あぁ、頼む。」


  彼の頼む仕事は私にとって楽しいモノではなかったかもしれないけれど、私をダッチワイフか何かと勘違いしていたあの人達よりも、よっぽど魅力的だった。


「なぁ…」


「昼食はローストビーフにしますか?」


「いや、そうじゃ無いんだ、日曜日と月曜日は窓から出て行っているのか?」


 彼は冗談を言う時は真顔になる癖があった。


「いいえ?瞼を閉じて、退屈な時間を過ごしています。」


 私は冗談を好まないので、冷めた口調で言葉を返す。


 彼は何となく予想していた様だったが、当たってしまって逆に驚いたらしい。


「外で遊びたいとか、思わないのか?」


 機械である私に何を言っているんだろう、と真剣に悩みかけたが、そのまま答えてみる事にした。


「あの…」


「うん。」


 全く察していない相槌がかえって来る。


「私が機械だって分かってますよね?」


「うん?うん。」


 うんしか言えない呪いにでも掛かったのかとツッコミたくなるが、一旦抑える。


「では、何故ですか?」


 彼は顎に手を当てて考えるポーズをとる。


「なんでだろうな…」


 これが私に対して、彼が吐いた初めての嘘だった。


「額と頭皮から汗が検知されましたよ。」


 何も知らない様な顔をして、少しだけ毒をかけてみる。


「っ!?」


 鳩が豆鉄砲を食らった顔、まさにそう形容するべき表情だった。


(まずいな…姉様の語録が侵食してきてる…)


「今、改めて、お前が機械だと分かったよ…」


「第一に、貴方様は私を購入なされたのですよ?高い金を出して、更に…


 私の言葉は予想されていた様に遮られる。


「何か、欲しいモノの一つでもないのか?」


 まだ言うかと、そろそろ鬱陶しく思えてくるが、ここまで来たら適当に流して今日は帰って貰おうか。


「では、貴方様に一任させていただきます。」


 彼の前髪が、彼の丸眼鏡にするりと落ちてる。


「そうか、分かった。」


「あまり高いモノは止めて下さい、普段使いが出来る位のモノで良いですから。」


「あぁ」と言って彼は部屋を出て行く。


 早速何を送ろうかと悩んでいたが、執筆に支障が出ないか心配である。何しろ彼は作家なのだ。


 けれど、最初に感じた面白さはそこに無く、魅力の少なさが目に付いて仕方なかった。


 彼の作品を一読させてもらった事があったが、私には彼の書く物語が、彼そのモノに思えてならなかった。


 次の日、彼は私が起こしに行く前に家を出ていた様だった。


机の上には『夕方までには帰るだろう、今日の仕事は好きにやってくれて構わない』と書かれたメモが置いてあった。


 好きにやって良いとのことなので、気分は踊る様だった。


 まずは風呂、次に天井、各部屋、廊下と、綺麗に出来る所は隅から手を付けた。埃を被った絵画も、絵具が落ちない様に丁寧に落し、キッチンの蛇口、階段の手すり、暖炉、普段から少しづつ手入れをしていた部分にも念入りに手を入れて行く。


 丁度太陽がてっぺんに昇った頃、窓の掃除を始め、はしごを使って二階の窓を拭いていた時、家の中を見ていたら窓際に置いてある彼の机と窓の間に一枚の紙切れが挟まっている事に気が付く。


(これは…手紙…でしょうね、でも、なんでこんな所に?)


 この時は、まぁいいかと窓ふきを続けた。


 掃除を始めて、丁度思い当たる所を掃除し終え、空が朱色に染まり始めた頃だった。


「ただいま。」


 ピカピカになった家をロビーから見て、すっきりとした気分になっていた所に、疲れきった声が聞こえてくる。


「はぁあ…あ、おかえりなさいませ。」


 何故か感嘆のついでと反応をしてしまう。


「これ…」


 長く歩き回っていたのだろう。革靴の底が磨り減っているのが見える。


 紙袋を突き出す様に渡してくる。


「これは?」


 私が受け取ると同時に、彼はその場に言葉なく倒れる。


「ふーすー」


「寝てしまったのですか、締まりませんね。」


 彼の体を静かに持ち上げる。


(意外と軽いんですね…一回の食事量を増やしてあげた方が良いんでしょうか。)


 この時、はっと気付く。


(幸せ…?なんでしょうこの変数…)


 演算機に入力された謎の数値。


 私は紛れもなく機械。事の善悪は設定された基本情報と、入手した情報から、シュミレーションを繰り返し、その結果から判断出来る。だが、ただの一度もこんな数値を観測した事はなかった。


「善でも、悪でも無いんですね、この数値。」


 貰った紙袋を、中を確認する事も無く、階段の上がり口に置く。


 私にしては珍しく独り言を言いながら、彼を彼の部屋に担いでいく。


「さ、布団でゆっくり寝て下さい。」


 ベッドに彼を下した時、あの手紙を思い出す。


「そういえばここ、でしたか…」


 カーテンを少しずらすと、手紙はやはりまだ挟まっていた。


 手に取る必要なんて、私には微塵もないハズなのに、認められない不安が演算で何度も導き出されていた。


(私は、計算に従っただけ、従った、だけ。)


 逃げる様に、口には出さず、言葉を想う。


 手紙は、彼に宛てたモノだった。


『親愛なる我が友人トーマスへ』


 友人という文字が、私に無いハズの心を撫でた様に、演算から送られていた不安が皮肉にも消えていった事、それが嫌だった。


『これを読んでいる時には…少しありきたりだったね、でも、はっきり言って、これで君との文通も最後になるだろう。きっと君は涙一つ流さないだろうけど、それが良い、私の死を悲しまないでくれ。』


 文中の『私』が死んでしまった事は明白だった。


しかし、悲しまないでくれと言う割に、筆圧の高さが伺えた。


『夢は覚める。私と君は友。だから、君はまだ、誰とも愛しあっていない。』


 私が学習する度に、この一行が永遠の不安を残すのだろうという演算の結果。


『明日はどんな天気が良い?君の願いを今すぐ聞けたなら、神様にお願いしてみようとおもうんだ。そうだ、晴れが良い、君の、明日の天気は晴れだ。雨も、いつか止む。だから君の雨はすぐに止まなくちゃいけない。』


 文末に近付く毎に雨が降り、字が滲んでいた。


『短い間、君の心を曇らせて悪かった。』


 無理やり詩的に、ふざけて書いている様に感じたのは間違いではないだろう。


 送った人間の名前を書いてあったであろう場所が、くしゃくしゃに破られていた。


 何を言うでもなく、決意も無く、手紙を元あった様に直しておく。


 部屋を出て、階段の下に置いた紙袋を持ち直し、チラリと中をのぞいてみる。


「包装をしてもらったようですね、後でゆっくりと見る事にしましょう。」


 敢えて口に出す事で、演算の結果を少し変える。


 彼の夕食を食べやすいモノにして、彼の部屋に持って行く。


「お食事をお持ちしました。」


 部屋の中から返事は無かった。まだ寝ているのだろう。


 用意してあったメッセージカードをトレイに乗せ、中に入ると、案の定、彼はまだ寝ていた。


テーブルの上にトレイごとおいておく。


『お風呂を沸かしておきました、その他のお仕事が残っているようでしたら、気にせず私の部屋へ。』


 そう書かれたカードの向きを、少し調整して部屋を後にする。


 火の代わりに書いた熱魔術の陣が消されている事を確認して、「ヨシ」と機械らしくもなく意気揚々とキッチンを出る。


 貰った紙袋を抱きかかえ、紙袋の萎む音が広い玄関に響く。


 この高揚は間々あることではない。初めてとは、言わないけれど、確かにその高揚の理由が分かっている事、それは、私にとって、或いは、先に生まれたマキス、これから生まれてくるマキスにとっても、少しばかり心疚しいのだろうと思う。


 与えられた部屋に戻り、与えられた紙袋を机の上に置く。


 仕事用の服を、大きな音が立たない様に、ゆっくりと脱ぎ、継ぎ目一つ視認する事が難しい肢体を露わにする。


「さて、鬼がでるか蛇が出るか、開けてみましょうか。」


  短くそろえられた黒髪を耳にかけて、椅子に座る。


 紙袋からツルリとした包装紙の物を取り出す。外から触っていると、布製品だろう。


「このサイズ感から…そうですね、インナーの類でしょうか。」


 手先から熱を発して、温度を視認すれば、形や素材まで特定可能だろうが、フリジリティーに繕う必要もないのだから、此処は演算に任せるとしよう。


 糊付けされた包装紙を後ろから、丁寧に、ここは機械らしくというべきか、摘まみ上げる様に開く。


 黒い布が蝶を形作り、連なる様に繋がっていた。


「しかし…これは…」


 思ったよりも長かった、、蝶の連なりは、二の腕程、しかし、その下にはピンが付き、同封されていたのは、色を合わせたストッキング。


 そう、『ガーターベルト』だったのだ。


 マキスの演算を止めた事は称賛に値するだろう。

 

 まずもって、これを送ってきた意味を計算し始める。


 単なる愛か、歪んだ愛か、愛ですらなく、何かの嫌がらせか、計算が物語ったのは意外も意外な結果だった。


「私に 似合うと思っていた…?」


 確かに、不器用なまでの素直さを持った彼ならば、考えられない事でも無かった。


 着けてみる事にした。


 姿見を見てみると、まぁ、似合っていた。センスを問われるデザインだったが、革靴をボロボロにする程歩き回っていた事を考えれば当然かもしれない。


「普段使いは…難しいでしょうね。」


 一度脱いで、今日は床に就く事にする。機械とはいえ、床に就く必要が実はある、ヒト種に於ける記憶の整理に等しく。


 どかりとベッドに体重を任せ、制御機能以外をダウンさせる。


数時間の後、疑似眼球に朝の光が入り込むのを検知し、起動する。


 機能確認の為、ぐるりと手首を一回転、指と足首も片方ずつ確かめる。


ブチブチとキノコが破れたが、十分もしない内に繋がる事だろう。


 言いつけられた仕事を思い出す作業。


「今日は…確か、担当の方が午前中に来られるとの事でした。初めての来客ですが、不足無きようにしなくては。」


 取り立てて頼まれていたのはこれだけか、どうだろう、何か特別なもてなしでも一つ、いや、駄目か、頼まれるまでは私から何か特別な事はしない様にしよう。


 立ち上がり、クローゼットから新しい服を出す。と言っても、昨日着ていた服のスペアの様なものだ。


 シャツに袖を通し、動きやすい素材で作られた黒のパンツに足を通す。


 まずは簡単にお風呂掃除、次に彼の朝ごはんを作る。


 今日のメニューは、昨日の夜から何も食べていないであろう彼はガツガツとしたものを胃に入れたいだろうと算出されたので、ミディアムレアのステーキ120グラム、オニオンスープ、コーヒー、ライス80グラム。


 冷めない内に彼が起きてくれると良いのだが。


 コンコンと部屋をノックする。


「朝食の準備が終わりましたので、呼びに参りました。」


 部屋の中から、珍しく「分かった」とハッキリとした返事が返ってくる。


「では下でお待ちしていておりますので。」


 そう言って階段を降りようと一歩を踏みだすと同時に彼の部屋からガタンと大きな音がする。


「もし?大丈夫ですか?」


 部屋のノブを回して中に入る。どうやらベッドから立とうとして、倒れてしまったらしい、顔色を見るに軽い貧血だろう。


「さあ、私の肩を。」


 彼の脇から腕を入れて立ち上がる。


「あぁ、ありがとう。」


 不愛想な彼が私に、『ありがとう』を始めて言った。


「はい。」


一人で立てる事を確認して、通した腕を抜く。


 机を見ると、昨日置いたトレイとカードがそのままになっていた。そっとカードをポケットにしまい込んで、トレイ片手に部屋を出る彼の後ろを歩く。


 今朝は灰色の空、風に揺らされたカーテンの隙間から、それが分かる。


 私と空は気が合わないらしい。

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