幕間 雨の少し前

 いつも通り、作業机からから起き上がり、作業着から着替えずに寝てしまった事を思い出す、寝ぼけながらその場で着ていた服を脱ぎ、投げ捨てるが、着替えを拾ったつもりで投げ捨てた作業着を取る。


「おはようございますぅ、ティアムス様ぁ、He型が起こしに来ましたよぉ、って、起きてたんですねぇ、それよりもぉ、昨日お風呂入ってませんよねぇ?」


 独特のペースでしゃべる様に設定したが、朝にあの声を聞くと眠くなるので、当番表から外しておこうと決意する。


「あぁ、すまんな、お前と同じ初期型のH型があるだろ?アレの腕の設計で試せそうな事が一つあったから試してたのよ、魔力糸を通して触覚を再現できねぇかなって。」


 寝ぼけたまま、魔合金と薬品の臭いが染みついた作業着を半分被った所で正気に戻り、もう一度脱ぐ。


「触覚ですかぁ、興味ないと言えばウソですけどぉ、私達に必要ないんじゃないですぅ?私の場合ぃ、演算思考に接続してないだけでぇ、感知機能はありますしぃ…それ貸して下さぁい、洗って置きますからぁ。」


 He型に脱いだ作業着を投げて、散らかった工房を後にする。


 私の後で一定の距離を保ちながら、C型のマキスが付いてくる。


「ティアムス様…汗臭いです…薬品臭いです…だらしないです…これから体を洗わされる私の身にもなって下さい…」


 正直な話、もう慣れてきたが、絶対に設定を間違えたと思っている、もうちょっと優しくなる設定のはずだったが、どこをどう間違えたらこんなに酷い事が言える様になるのだろうか…一時の迷いというのは本当に怖いものだ、彼女がバグを発生させない可能性など無かったのに。


「なぁ、泣いても良いか?」


 真面目なトーンで冗談を言うと、後ろで深く息を吸い込む音が聞こえる。


「はぁぁ、面倒くさい人ですね…良いですよ、泣いて…ほら、此処に正座して泣いて下さい…私が追加で罵ってあげますから…」


 わざとらしいため息と、棒読みが飛んでくる。


 どうやら向こうもジョークで返してきたらしい。


「ここ階段なんだが…どうやって正座しろって?」


「うるさい人ですね…もう黙って下さい…ティアムス様、最近特に言葉使い荒いですよ…メスなんですからもっと丁寧にしゃべったら少しくらいは…可愛がってあげても良いですよ…」


 急に優しめの声で変な事を言ってくるものだから、笑いそうになったが、内容が笑えない事に気が付く。


「メスって言うなよ…せめて女だろ…第一そんな女らしくするのなんて若者の仕事だろ?私みたいな老人は、モテちゃいかんのよ…」


 最後の一言を聞こえなかったことにして階段を上っていると、拗ねたのか、飽きたのか、もう話しかけてこなかった。


 しばらく階段を上っていると、一つ上の階に着く。


 風呂の方に進み、脱衣所の扉を開けると、マキス達が犇めいていた。


「どうしたんだ…これ…」


 だんまりだったC型が面倒臭そうに説明を始める。


「昨日説明されたはずです…一斉洗浄をするんですよ、ここ最近、連絡外の侵入者が多かったものですから…処理が多くて、泥で色々壊れるのは、制作者なんですから、分かりますよね…」


 そういえば昨日の夜、そんな事をMg型が言っていたな…作業中でほとんど空返事だった事を思い出した。


「混んでるみたいだから後にするか…」


 後ろに下がろうとする私の背中を二つの手が前に押し出す。


「駄目です…下着姿で徘徊するのも…くっさいのも…」


 人型ではあるが、中身は人間ではない為、私がエルフになっても、力の差というものは大きい。


「あっ、ティアムス様―、おはよー。」


「ティアムス様、今回の侵入者報告書、今日中に出しておきます。」


「ティアムス様、今度欲しい生地があるので注文して下さいねー。」


 私が脱衣所に入ると、私に気付いてマキス達が騒めく。


「はーい…皆さーん、前開けて下さーい、用があるお姉様、妹達は、私の仕事が終わってからにして下さーい。」


 C型なりに丁寧に声をかけ、棚の前に押していく。


「おい」


「なんですか…じっとして下さい。」


「下着から手を離せ。」


パチン。


「よし…離しました。」


「はぁ…おい!パンツくらい自分脱ぐ!良いから放せ!」


 腰に添えられた手を振り払って、更にため息を吐く。


「はぁ…お前なぁ…」


「ほいっ…」


 Ⅽ型は私の話を素早く遮って、向き直った私のパンツを前からずり下す。


「もう…いい…」


 変な頭痛がしてきたのでもう風呂に行く事にする。


 風呂の扉を開けると、籠りに籠った白い湯気と熱気が脱衣所に入って来る。


「熱っ!」


「洗浄は除菌とかも一緒にやりますから…樹液の温度を魔術で高くしています…」


「Ⅽ型お前…あの熱湯に私を入れる為にマキス洗浄に割って入ってるんじゃないか?」


 扉を閉めようとすると、またも後ろから押され、熱気に満ちた風呂に押し出される。


「だとしても…私に…朝のミーティングで割り振られた仕事ですから…」


「おい、B型、Li型、C型を拘束して今後の風呂番に付けるな…」


 集まっているマキス達の中に、来ていると思い、声を掛けると、案の定マキス達の上を飛び超え、C型の後ろに並ぶ。


「「了解しました…」」


 声をそろえて了解を口にすると、Ⅽ型の腕を掴む。


「姉様方…離して下さい…」


 表情が薄いのはC型の修正点だな…


「駄目ですよ…C型、ティアムス様は虐めてはいけません。」


 姉妹という関係を、マキス達はそこそこ大切にしているらしく、先に作られた姉に妹は従う、そんなプログラムを仕込んだ覚えは無いが、この体に移植しなかっただけで、過去の私が組み込んだものなのだろう。


「そうよ…C型、そういうのはノリの良いO型とかとやりなさいな。」


「分かりました姉様方、ではその愛しの妹に会いに行きますので放して下さい。」


「駄目です…この仕事から外されることも計算の内なのは分かりますし、妹に会いたい気持ちも分かっているつもりです。が…仕事、ちゃんとやりましょう。よって、洗浄業務はやってもらいます。」


 マキス同士でやり取りをさせるのが一番早い、製作者が言って駄目な機械ってそれ、なんなんだ…


「代わりに誰に洗わせませましょうか…ティアムス様、諸事情があるそうで、O型は居りませんが、他に誰が良いですか?」


 B型に聞かれたが、どうしようか、別に自分で洗っても良いんだよな…


「いいよ…お前達のふれあいも邪魔したくないからな、自分で洗うよ。」


 私がそう口にすると、マキス達が一斉に此方を見る。


「失礼だと思わんのか…自分の体を洗えない奴がどこに居る…おい、私から少しは目を逸らせ、怖いから。」


 マキス達の視線から逃げる様にシャワーの前に行くと、全員が雪崩込んでくる。


「はーい、始めますよー、朝のミーティングでお知らせした通り、自分の、一つ上の姉のマキスの体から洗って下さーい、ティアムス様の自分で体を洗っているシーンは後で配布致しますので、よそ見して壊さない様に気を付けて下さーい!」


 今回の司令塔役がやけに張り切って浴室で声を飛ばしているが、途中で何か危険な発言があった気がする…反響のせいで聞き間違えたのかもしれないし…早く洗って出よう。


「…ごい…ほ…とに一人で…らって…」


「…んとだ…」


 ここでも視線が痛い…今度から風呂番の仕事削ろうか…でもせっかく作った世話用人形なのに…


「出よ…」


 なんだか悲しくなってきたので、早く出ようと…これでもかと素早く体を洗うと、浴室に感嘆の声が広がる。


 浴室の入り口に向かう途中で、すれ違ったマキスに声を掛けられる。


「あれ?もう出ちゃうんです?」


「あぁ…あんな樹液に入ったら普通に天界に行ってしまうからな…」


「そうですか…残念です、今度一緒に入りましょうね?」


「あぁ。」


 風呂番は大切だな、削るなんてとんでもない。


 私の意思は弱い、こんな事だから…。

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