第6話 魔女もインザレイン
中学の入学式。
ぼくはガチガチに緊張していた。
はりだされた紙で自分が何組なのかを確認したあと、体育館の前の人ごみの中でアタフタしていたら、あいつがフラッとあらわれて、
「つまんない」
といきなり言ったんだ。
「男子の名前で〈白〉っていう字をみつけたから、てっきりアキちゃんだと思ったのに~」
「え? あ、そうなんだ。ってことは、ぼくのクラスに、トアはいないのか」
「いま知ったのぉ⁉」幼なじみは両手を腰にあてて「じゃあ何? アンタは私の名前をさがしてくれなかったってわけ? この薄情者めー!」
おろしたてのセーラー服でぼくをヘッドロックしてくるトア。
「このこの!」
「や……、やめろって。いたいって」
「『まいった』したって、ゆるさないんだから!」
かんべんしてくれよ。
お返しのつもりで、ぼくは言ってやった。
「その女子の制服な、おまえには似合ってないんだよ。男子がふざけて着てるみたいだぞ」
もっと強まるかと思ったしめつける手が、予想外に一気にゆるんだ。
そして「そうかな……」と、さみしそうにつぶやいたんだ。
すぐにぼくは「ごめん」ってあやまった。そして、女心はむずかしいなと思ったんだ。生まれてはじめて。
で、いまが人生で二回目。
(むずかしいな……)
あらためて、女子にはどう声をかけたらいいのか、なやんでいる。
朝の教室。
雨がふりそうだったので早めに家を出たら、ちょっとした奇跡が起こった。
(絶好のチャンスなのに、こう、しゃべりかけるきっかけが……)
白雪姫の席は真後ろ。
上半身をひねってふりかえれば、彼女はすぐそこにいる。
「やあ! おはよう! 今日もかわいいね!」
……って切り出せるのが理想。
勇気が出ずにだまりこんでいるのが現実。
(えーーーい!)
時間がない。
いくしかない。
ぼくは体をむりやりうしろに向けた。
「………………お、おはよう……」
「おはよう」
とても自然にあいさつを返してくれた。
嫌がってないし、どころか、ちょっと好意的な感じさえした――か?
次になにを言おうかと迷っていたら、向こうからボールを投げてくれた。
「ほっぺた、平気?」
「え? ああ、うん、まあね」
「ごめんなさい。あのときは……ついカッとなってしまって」
ぼくはガーゼのとれたほっぺに手をあてて、首をふった。
「いやあれは、ぼくがわるかったから」
「先生には言った?」
「言わないよ。言うわけない」
そこで彼女はもう一度「ごめんなさい」とあやまった。
いい感じだ。まさかこんなにスムーズに会話できるとは思わなかった。これならパンチでなぐられたことも、結果的に良かったといえるだろう。
「前から、白川君に聞きたかったんだけど」
「なに?」
「
「あいつは……まあ、幼なじみだから」
「『あいつ』っていえるほど親しいんだ。もしかして、もうつきあってたりする?」
「まさか」
ぼくは大げさに手をふって否定した。
話が途切れないのはいいが、ぼくやトアの話だけになるのはこまる。
そもそも、いましゃべりかけているのは仲良しになりたいという理由だけではないんだ。
(さぐろう。彼女が現時点でどれだけ〈シラカワアキラ〉のことが好きかを)
「さ、
「もし片瀬さんが告白してきたら、どうする?」
言いだすタイミングが重なってしまった。
ここはいったん、彼女の質問にこたえないといけないようだ。
「ぼくに? んー、そんなのありえないと思うけど」
「ありえなくないよ。私は、お似合いだと思う」
あははと愛想笑いして受け流した。
でさ、と大きめの声で言って、
「笹崎さんは、その、誰か男子に、告白したことはある……?」
「ないの。でもしようと思ってる相手だったら、いるよ」
「へ、へぇ~~~~」
「白川君。応援してくれる……かな?」
ふだん正面から見ることのできない――事実、彼女とちょっと目が合っただけでたいていの男子は舞い上がるほどレアな――笹崎さんの
それだけですばらしい。ずっとつづけこの時間。
だが、彼女は目の前のぼくじゃなく〈シラカワ〉を想っている。
その恋心は、いつわりなんだ。
(絶対になんとかしないと!)
「片瀬さんの話にもどるんだけどね」
「えっ?」
視線をやや下にして、彼女はささやくように言った。
しめきった窓越しに、ポツポツと雨音がきこえてきた。
「気づいてないかな? 毎朝、白川君のすこしあとに、彼女が教室に入ってくることに」
「あいつが?」
「ほんとは……いっしょに登校したいんじゃないのかな?」
がたがたっ、とわかりやすい物音が教室の外からした。
なんだ?
笹崎さんは、それほどあわてていない。音の正体に、とっくに気づいているかのようなそぶりだ。
(……?)
外に出てみたけど、誰もいない。
ただ、昔からずっと知っている、とても
◆
外見に反して、彼女は積極的に行動するタイプだった。
まさか力ずくで彼女を止めるわけにもいかなかった。どうしようもなかったんだ。
その日の放課後。
朝ふりはじめた雨は、もはや大雨になっている。
何かを決意した様子で教室を出ていった笹崎さんのあとを追いかけたら――――
「あなたが、好きです。私とつきあっていただけませんか?」
校舎と体育館をつなぐ渡り廊下で、
ピンと背筋をのばして胸に片手をあてた白雪姫が、ダルそうなポーズで首をもんでニヤニヤしている不良に、
告白していた。
終わった。
これで、白河がオーケーするだけで、笹崎さんの片思いの愛は不動のものとなる。
永遠に白河を――そんなの、いくらなんでもあんまりだ!
「とうとうやっちゃったねー」
「あっ!」
「しっ、静かにしてて」
植え込みにかくれているぼくの口先に、細い指をたてる。
雨にぬれるポニーテールと、レンズが水滴だらけのメガネ。
「名前はおぼえてる?」
「あ、
「よし。いい記憶力だ」
とんとん、と指先でぼくのこめかみをたたく。
その指が、ぼうっ、と白く光った。と、光った部分が指からはなれて、ホタルのように空中を浮遊する。
「こうなった以上、後手にまわるっきゃない。その手がダメなら」
さっ、と赤坂さんは小さく両手をあげた。
あげた手をさげて、メガネをさわりながら言う。
「あの白い光は、人間を〈正直〉にする力があるの。まあ……えげつない言い方をすれば
「自白……」
「とにかく、その力でヤンキーくんの心をうごかしてみる。もし、あの彼も白雪姫が好きなら、そこでエンド」
ホタルの光が白河の頭にあたった。
うっ、と苦しそうに頭をおさえる仕草を一瞬みせたが、すぐ立ち直った。
「あ…………あのさ、おまえ、笹崎だっけ?」
「はい……」
「おれ、好きな女がいるんだ。わるいな」
「そう、ですか」
「いっぺん、その女にコクろうと思ってる。でな、それで、ことわられたら、おまえとつきあってやるよ」
「かまいません。それでも」
背中を向けた白河に、すかさず笹崎さんが問いかけた。
教えてくれませんか、その好きな人のお名前を、と。
白河はたった五文字、照れたような早口でこう口にしたんだ。
カタセトア。
ぼくは心を悪魔にして彼女の「好き」をとめよう 嵯峨野広秋 @sagano_hiroaki
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