第5話 魔女のアイキャッチ

 モナリザという絵がある。

 その絵は〈どこから見ても目が合う〉と評判なんだが、それは気のせいらしい。

 逆にいえば、

 目が合ってなくても合ってるように思いこんでしまいがちってことで。


「……」


 彼女はぼくを見ているのだろうか。

 確信がもてない。微妙に、視線をズラして斜め下をみているようにも見える。


 もう一度いおう。


「えっと、ぼくと友だちになって――」

「……!」


 あー、というたくさんのため息。

 笹崎ささざきさんは、長い髪をひるがえして教室から出ていってしまった。 

 責めるようにぼくに注目するクラスメイト。

 針のムシロだな……。


「ちょっと!」


 ふりかえると、腕を組んだ女子がいた。きゅっとつり上がった目に、肩あたりまでの長さのゆらゆらした髪。

 クラスのリーダー的存在の女の子だ。


「白川クン? いまのなに? どーゆーこと?」


 できれば悪魔のことをイチから説明したかったが、そんな余裕はない。

 ぼくは「ごめん」の一言ですませようとした。


「ちがうでしょ。説明してっていってんの! 姫、めっちゃこまってたじゃん!」

「説明というか……言葉のままだよ。ただ、笹崎さんと友だちに……」

「どうしてそんな迷惑なことするわけぇ?」


 ぼくは一歩さがった。

 詰め寄る彼女にプレッシャーを感じたからではない。

 この瞬間、悪魔になにかされやしないかと思って。

 

「まあまあ、とにかく、あやまるよ。ごめん」

「私にあやまられても……。それはちがうじゃん。あやまる相手は私じゃないでしょ? まったく白川クンはわかってないね。そもそもキミ、男子でしょ? 姫と友だちになりたいっていっても、こまるに決まって……」

「もうそのへんにしなよ」


 頭のてっぺんから伸びるアホ毛が、ぼくの鼻をくすぐった。

 間に割って入ったのは遠愛とあ

 胸をはって上半身をそらせているのが、その後ろ姿でわかる。


「アキちゃんはわるくない! 私も見てたけど、なにもおかしなことは言ってなかった」 

片瀬かたせさぁ、ダンナをかばいたい気持ちはわかるけど」

「ダ、ダンナーーーーっ!!!??? ばかばかばか、なに言ってんの。アキちゃんはそんなんじゃないからっ!」


 そこで女子のクスクス笑いが起こって、空気がすこしなごんだ。


(助かったぞ、トア)


 5分後、ふたたび笹崎さんがあらわれた。

 さすがに、再チャレンジはできなかった。ぼくはいいが、あいつの立場がわるくなるといけないと思って。


(しかしやけにムキになってたな。ぼくたちの仲をからかわれたぐらいで……トアとはきょうだいみたいなものなのに)


 家が近くて、幼稚園もいっしょ小学校もいっしょ。

 七五三もいっしょにやって、3月3日はあいつの家に呼ばれ、5月5日はあいつがぼくの家に来る。

 家族ぐるみで旅行にも行った。

 お菓子の取り合いとかつまらないことでケンカもしたし、泣かされもした。ぼくがトアを泣かせたことは、たぶんなかったはずだ。「女の子にはやさしくしなさい」と親から口をすっぱくして言われていたからだろう。


 ともかく――

 これできょうだいみたいにならないほうが、おかしいと思うんだ。ぼくは。


 きょうだいではないとしても、彼氏とか彼女じゃなく、せいぜいパートナーというか……


(?)


 いま、なにか考えが頭をかすめた。

 ひとつのアイデア。


(これは……こんなことが可能なのか? いや、ためしてみる価値はある!)


 放課後。

 ぼくはあいつの教室に出向いて、静かな場所にさそい出した。


「ダリーって。てめー、どこまで行くんだよ」

「ここでいい」


 つかわれていない非常階段の下。

 北風が冷たい。

 はやく話を終わらせたほうが良さそうだ。


「あの……ちょっと聞きたいことが……」

「ンだよ」

「白河クンは……好きな女子っている?」


 茶色くして長く伸ばした前髪が、風でめくれた。

 眉間にシワを寄せていた表情が、一瞬、フッとゆるんだ気がした。


「……あ? おめーに関係ねーだろ」

「いない?」

「…………そうだよ、いねーよ。うっせーな」両手をズボンのポケットにいれ、ぼくと距離をつめる。「あんまナメてっとボコんぞてめー。同じ〈シラカワ〉って名前だからってよぉ」


 鬼の形相でニラまれている。

 くっ。やはりダメか。

 笹崎さんからこいつへの告白をとめる方法として、「彼女がいるから」という理由でフラせる――そんなやりかたもあるってひらめいたんだが。



「さっむ~~~~~!!!」



 手をこすりながら、トアが階段をおりてきた。

 ショートの髪がつよい風でゆれている。


「あれアキちゃんいるじゃん。なにをやって……」すすす、とぼくに近寄って耳打ちする。「まさかケンカ? 昨日のほっぺのことといい、最近どうしたの? ヤンキー漫画にでも影響されちゃった?」 

「ちがう。おまえこそ、なにしてるんだよ」


 トアは学生カバンを盾のように頭上にかかげた。


「近道! ここの階段を下りて、そこに裏門があるから」


 どすん、とトアは階段に腰を下ろす。

 スカートをおしりの下に巻き込まない、ルーズなすわりかただ。


「はい。つづきどうぞ」

「いやいや……」


 ここでぼくは違和感に気づく。

 どうして、彼は一言もしゃべってこないのだろう。

 もしかしてじつは硬派こうはな、女の子が苦手っていうタイプなのか?


 彼のほうをみた。

 いつのまにか、白河はポケットから手をだしていた。


「か、片瀬かたせさん……っスよね? あの、おれのこと、おぼえてます?」と、自分を指でさしながらいう。

「おぼえてるよ」

「マジっスか⁉」

「一年のときいっしょのクラスだったよね。ニセモノくん」


 にひひ、とトアはいたずらっぽい表情を浮かべる。


「ニセモノ……っスか?」

「おいトア。そういう言い方はないだろ」

「だって二人とも〈シラカワアキラ〉だなんてまぎらわしいじゃない? だからキミはニセモノだよ」無邪気に口にするトア。

「あ、あはは……」ひきつった顔つきの白河。


 ちょっと挑発するような言い方で、ヤンキーのこいつに火がついてもまずい。

 トアの手をひっぱり、さっさとその場をあとにすることにした。

 正門にまわって、あいつとわかれたところで、



「おわかりいただけただろうか……なーーーんてネっ‼」



 またぼくの影がうごいた。

 悪魔だ。



「キミは超・超・鈍感ボーイだからにゃあ」

「なんのことだ?」

「ほーら気づいてない。ぷっふふ。シラカワアキラがカタセトアを好きなことに一ミリも思いがおよんでいない」

「え?」


 そして悪魔はこうげた。

 黒一色なのにぼくとぴったり目を合わせているようで、

 まさに、ぼくの心にじかにささやきかけるように。



「あの子をヤンキーくんにさし出せば、すべてうまくいくかもよ?」


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