第4話 魔女とハンバーガー

 その女の子は、目を丸くした。

 よくみれば少し青みの入った、神秘的な瞳だ。


「こりゃ今年一番の衝撃……あなた、それホント?」

「うん」

「ハンバーガーを食べたことがないですってーーっ⁉ 私ら中三だよ? そろそろ思春期だって終わるんだよ? 女子は16才から結婚できるんだよ?」


 と早口で言ったあとも、まだ両手で口元をおさえている。


「あの……たずねにくいんだけどさ、もしかして親がそういう……菜食さいしょく主義とかそっち系の人?」

「いや、めっちゃふつうの家」

「オーマイゴッド」


 彼女は手をそのまま上にもっていき、頭頂部のあたりをおさえる。


「信じられない。どっかで食べるタイミングあったでしょ」

「そうかな? お昼は給食で、家では夕飯だろ? 寝るまでは、せいぜいおやつとかだし……」

「休みの日は?」

「うーん……あんまり外に出ないから」

「デートしたら映画の前とかに寄るじゃん」

「ないよ。そんな。デートしたことなんか」


 頭の手が、また下りてきてほっぺのところでとまった。そしてくちびるがこう動いた――オーマイゴッド。


 いま、ハンバーガー屋さんというか、そういうお店にいる。

 行きましょ行きましょ、と強引につれてこられたんだ。


 ――魔女に。


 正確には〈自称〉とつくけれど……。


「あー、うたがってる」


 まっすぐ見つめられて、つい目をそらしてしまった。恥ずかしくて。ぼくは、幼なじみのトア以外の女の子にはメンエキがない。


「ぼくが信じるかどうかなんて、どうでもいいよ」

「お?」

「問題は、笹崎ささざきさんがシラカワアキラを好きになってることと、その白河って不良に告白されたら取り返しがつかなくなること。そうさせないために、はっきり言って、いまは猫の手でもかりたい」

「にゃーん」


 かわいらしい声で鳴きマネして、ストローをすする。ずびっずびっと音が鳴った。どうやら飲み終わってしまったようだ。

 トレイの上にはもう何も残っていない。

 二段重ねのでかいハンバーガーは、この子があっというまにたいらげてしまった。


「いただき!」


 さっ、とぼくのトレイからフライドポテトを一本とる。


「でも、あの白雪姫がシラカワアキラをねぇ……どしてそんなことになったのかな?」

「わからない。くわしい成り行きは、よくおぼえてないんだ」

「アハ、アイシー」


 もう一本とる。もうめんどくさいので、ポテトをまるごと彼女のほうへやった。


「ぼくは白川しらかわ。キミは?」

赤坂あかさか。赤い坂ね」

「さっき中三っていってたけど、何組ですか?」

「となりのとなりのとなり」


 メガネごしの上目づかいで言う。

 ポニーテールの向こうは大きな窓ガラスになっていて、オレンジ色の夕焼けが広がっている。

 ここは二階席の二人がけのテーブルだ。


「なんかソワソワしてるけど、心配事?」

「それは……油断してたら体を乗っ取られるかもしれないし」

「安心していいよ。結界をはってるからね」

「ほんと?」


 ほんとだよ~、とおどけて言うと、ポテトを数本まとめて一気に食べ切った。


「ふー、ごちそうさま!」


 ナプキンでふき、指をそろえて両手を合わせる。


「じゃ帰ろっか」

「なっ⁉ ちょっと!」

「どうしたのさ。世界の終わりみたいな顔して」

「悪魔と戦う力を、かしてくれるんじゃないのか?」

「バカいっちゃいけないよ。この世に悪魔に勝てる人間なんかいない」

「え?」

「せいぜい負けないことができるだけ。それすら、常人には至難のワザだけどね」


 彼女はトレイをもって立ちあがった。あ。これってセルフサービスで片づけるシステムなのか。

 ゴミ箱に捨てると、


「握手しよ?」


 と赤坂さんは手をさしだした。

 やわらかい手だ。そして、すこし油がついている。


「はっきり言って、これから白川君や白雪姫がどうなるのか見当もつかない。でもこれだけはおぼえておいて。ぜったいに悪魔に弱みをみせないこと。いい?」

「ああ……うん」

「じゃあここでわかれよう。私と二人でいるとこ見られて、ウワサになっちゃいけないでしょ?」


 バイバイ、と手をふって、せまい階段をおりていく。

 はー、と息をはきながら、ぼくはいったん近くのイスに座った。


(力になってくれるのかどうか、よくわからない子だな……)



「あっ!!!?」

「バカ! なにやって―――ん?」



 カップルの女の人のほうが、ひじを飲み物にひっかけて床にぶちまけるところ……のはずだった。

 そのはずが、逆再生のような動きでテーブルの上にもどった。

「バカ」と言った男の人が、飲み物を持ち上げたりして、不思議がっている。


(まさか赤坂さんの魔法か?)


 ぼくは窓から外をみた。

 いる。背中を向けて歩いている。ポニーテールを左右に、しっぽのようにふって。ふりむく気配はない。

 そのまま視界から消えた。


 次の日。


 もはや時間の余裕はない。


 ぼくは思ったんだ。

 ぼくが恥をかくぐらいですべてが丸くおさまるのなら、よろこんでそうすべきだろうと。


 

「……」



 いつものように、もの静かに教室に入ってきた彼女。

 12月で寒いから、出入り口のドアは開放厳禁だ。

 細い指をかけてスッとあけ、スッと姿勢よく体をいれ、背中を向けてスッとしめる、その一連の動作。


 見惚みとれた。


「さ……笹崎さん!!!!」


 立ち上がったはずみで、イスが倒れた。その派手な音と、ぼくの大声でまわりはシーンとする。


「ぼ、ぼ、ぼくと」

「…………?」


 何度もシミュレーションした。きっと言えるはずだ。いいや死んでも言わなきゃならない。

 悪魔を遠ざける、かつ、彼女に近づくという――――これが唯一の落としどころなんだ。



「お友だちに、なってください‼」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る