第3話 悪魔がライトしてた

 次の日の昼休み。

 一人で体育倉庫にいる。


「こんなトコにいたのかよ」


 スラッとした細身に前髪をツンツンたてた頭。

 ぼくの親友の首藤しゅどう仁太じんただ。


「まったく電気もつけずに……」


 体育館の中に倉庫があって、その奥にもう一つ小さな倉庫がある。ぼくがいるのはそこだ。

 日当たりがよくないので、電気を消せば日中でもほとんど真っ暗になる。

 考え事をするとき、ぼくはよくこの場所をつかう。

 ぱちん、と仁太のシルエットの近くで音が鳴って、倉庫の中が一気に明るくなった。

 とび箱の一番上にすわるぼくと、仁太の目が合う。


「で、なにたくらんでたんだ? シラケン」

「魔法の破り方」

「は?」

「……いーよ、聞かなかったことにしてくれ」


 学ランのズボンのポケットに両手をつっこみ、カッコつけて仁太が言う。


「そんなの水くさいだろ。おれとおまえの仲じゃないか」


 セリフはばっちり。これで顔が二枚目ならもっとキマっていただろう。

 風のウワサでこいつのことが好きな女子が何人かいるって聞いたが、たぶんなにかのまちがいだ。


「じゃあ、つつみかくさずに言うぞ」

「おう」

「ぼくは……悪魔と戦ってる――まてまて、はやいはやい!」


 こいつ。言い終わらないうちに、ぼくのひたいに手をあてにきやがった。


「高校受験をひかえてるからな……まあ、いろいろあるさ」

「ジン」

「ただな、ヘンな方向にはいくなよ? たとえば占いとかオカルトとかな。最初、こんな暗いトコにいるから、ほんとに悪魔でも呼び出そうとしてるのかと思ったぞ」


 ふっ、と鼻をならして笑う親友。

 暗い……悪魔……影……。

 影?


 ぼくはとび箱からとびおりた。


「それだ! ジン! ナイス! それだよ!」

「ん? どうしたシラケン」


 首をひねる仁太の横を抜けて、入り口、スイッチの前に移動。

 レバー状のそれを、指一本で下におろした。


「おいおい。暗いって。なんも見えねーよ」

「だからいいんだよ」

「?」


 おとといと昨日。

 どちらも悪魔があらわれたとき、そこにはぼくの〈影〉があった。

 じゃあ、そいつをなくせばどうだ? もしかしたら悪魔を出なくさせられるんじゃないか?


「ジン。わるい、たのまれてくれ」

「いいぜ。なんでもいえ」

「ここに――――」


 トアをつれてきてくれ、とたのんだ。

 悪魔の有無をたしかめるには、あいつが必要だ。

 数分後。


「…………ぜったいにイヤだってさ。かなり怒ってたぞ? シラケン、トアになんかしたのか?」

「やっぱりか」


 目下、絶交の真っ最中だからな。 

 こうなることは予想してたんだ。

 対策ずみだ。朝、駄菓子屋によってきたから。



「これで許してくれっ!」



 五時間目と六時間目の間の休み時間。

 ぼくは幼なじみのトアのところにいき、頭をさげた。


「……」

「トア」

「私をモノで釣る気?」

「おわびのしるしだ」


 トアの机の上に、うまい棒を三本ならべた。追加でヤングドーナツも置いた。


「昨日のは……その……事故なんだ。ほんとは事故じゃないんだが、それはまた、あらためて説明する」

「……どこをどうやったら女の子の胸をワシづかみにする事故がおこるわけ?」


 まわりを気にして、トアは声量を下げてくれた。

 たしかに、あまり人には聞かれたくない内容だ。


「とにかく絶交だけは許してくれ? な?」

「むぅ~~~~~」


 と細めた目で言いつつ、はやくもモッシャモッシャと食べている。 

 二本目、そして三本目を食べきったところで、


「しょーがない。駄菓子にメンじてゆるしてやるか」

「トア!」

「ちょっ顔、顔、近いって、もう……」


 チャイムが鳴った。

 六時間目がはじまる。

 あまり好きじゃない古文の授業だ。

 あり、おり、はべり……。


(――)


 トアと仲直りできた安心感からか、いつのまにか眠りに落ちていた。


 チャイムで目が覚めた。


(あ……寝てたか。ホームルームも終わってる。笹崎ささざきさんは……) 


 ちょうど彼女は教室をでていくところだった。

 あわてて帰り支度をしてあとを追った。


(て、手紙だ。まずはあれを読んでもらわないと)


 昨日わたしそびれたヤツ。

 今日は、なりふりかまわず、尾行なんてまどろっこしいことはしない。



「笹崎さん‼」



 靴箱のところで追いついた。


「あの、これ」

「?」


 めずらしいものをみるような目で、ぼくが書いた手紙をみつめる。手紙といっても、ノートをちぎっただけのものだ。

 なかなか受け取ってくれない。

 そこに、



「はっはー! ゲーセンいくべゲーセン!」



 ヤンキーの白河が通りかかった。

 ガニ股で仲間といっしょに歩いていて、声がひときわ大きい。うるさい。

 ふわっ、と彼女のいいにおいが空中に舞った。

 長い髪をひるがえして、ササッとすばやく靴箱のカゲにかくれたのだ。


「笹崎さん……」

「……」


 ぼくの声など届いちゃいない。

 ほほを赤らめたこの表情は、完璧に恋をしている女の子。

 横入りするスキなんか、どこにもないようにみえる。

 両手の指を靴箱のはしにかけたまま、目で白河を追っているのが、白河をみなくてもはっきりわかる。


(くそっ! あいつは好きでもない男子なのに!)


 もどかしい。

 一刻もはやくこの魔法を解かなければ。

 それは、ぼくにしかできない。

 白河が行き過ぎたあとも余韻でぽーっとした様子の彼女に、声を大にして言う。


「これ! 読んでくれ! 今すぐに!」

「……」


 とまどう彼女に、ぼくはそれを押しつけた。


「たのむ!」


 数秒ためらっていたが、根負けして受け取ってくれた。 

 ぱら、と折りたたんでいた手紙をひらく。


「……」


 ぼくはだまって彼女の顔をながめていた。

 白雪姫。

 もの静かで上品な女の子。

 国語の朗読のときぐらいしか聞けない、あのきとおった声で、できれば一言ぐらい声をかけてほしいと思う。

 その望みは、意外な形でかなった。



「最低」



 え? と問いかけるも、下校する生徒の人ごみにまぎれるようにして彼女は行ってしまった。

 その場に、手紙が落ちている。


「なにーーーっ!!!???」


 うそだろ。

 この文面は…………



[キミ、かわいいね~~~~



 パンツみせてYO♡]



 ちがう。ぼくが書いた手紙じゃない。


(どういうことだ……。あっ! まさか六時間目に居眠りしてたとき、悪魔がぼくの体を)


 そうとしか考えられない。

 ウカツだった。

 こんな調子では、とても魔法を打ち破ることなんかできない。

 しかし、もっとショックなのは、あの白雪姫がぼくにはじめてしゃべってくれた言葉が「最低」という最低。


「どれどれ」


 にゅっと手が伸びてきて、手紙を横取りされた。

 こんなことをするのはトアしかいない。


「おお、これは。ははっ。たしかに最低だなー」

「返せよ!」


 こいつ。

 くるくるくるくるうしろに回って、小動物のようにすばしっこい。

 目が回った。


「きゃん‼」


 よろけて体ごと押し倒してしまった。

 目の前には、なぜかパンツ。うすい水色のしましま。

 目をあげると、トアではなかった。

 知らない女の子だ。メガネをかけてポニーテールの。


「ご、ごめん!」

「いいのいいの。なるほどね。手紙に〈パンツをみせる〉って魔力も仕込んでたか。こりゃ強敵だわ」


 そして聞いてもないのに、彼女はぺこりと頭を下げてこう自己紹介した。


「魔女です。どうぞよろしく」

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