第2話 悪魔がクロウさせた
「ア~~~キちゃん、おっはよ……って、えーーーーっ!!!」
そのうるさい声に、クラスメイトが反応する。
ほとんどの視線が、ぼくたちのほうに集まった。
「静かにしてくれよ」
「あ、ごめんごめん」ガーと前の席のイスをひき、女子らしからぬ大股をひらいてぼくのほうに向いて座る。「でもどうしたの? ケンカ? 相手は誰、誰?」
好奇心たっぷりのキラキラした目でぼくを見てるこいつは、幼なじみ。
髪を伸ばしたがらない、まるで男みたいな
だからイヤだったんだよ……こんな派手なガーゼをはって登校するのは。朝、母さんにムリヤリされたんだ。仕事が看護師だから、ほっておけなかったんだろう。
「同じクラス? ほかのクラス?」
「……ちがうよ」
「同じガッコ?」
「だからちがうって」
「じゃあ、このへんだと、ガラのわるいニシ
ちがう、といいつつ、うしろの席にいる彼女が気になってしょうがない。
ぼくをパンチした白雪姫のことが。
(ここは口がさけても言えないな)
「通りすがりにカラまれたんだよ。相手のことはおぼえてない。すぐにどっかいった」
「まじ? アキちゃんそれニュースになるヤツじゃないの? 先生に言う? 言う?」
「言わないよ。いろいろ聞かれてもめんどくさいし」
にかっ、と笑う幼なじみ。
「へー、なんかカッコいいじゃん」
どこがだよ、とぼくは心の中で言い返した。
「どこいくの~?」
「トイレ」
いきたくもないのに、イスから立ち上がる。
正直、こいつとダベっていると、昨日のことをポロリとしゃべってしまいそうでこわい。
「あん。私も」
「おまえは女だろ。女子便いけ」
立とうとするところを頭をおさえつけながら言った。
(さて作戦を考えないとな)
白雪姫こと
そうするには、どうしたらいいか。
「おっ」
教室の出口で肩がぶつかった。ぼくと同じぐらいの身長と体重。はっきりちがうのは、髪の長さだ。こいつは運動部でもないのにスポーツ刈りにしてる。
「ちょうどよかった」
「?」
いきなり手招きされて、仕方ないからついていくと、
「なあシラケン」シラケンとはぼくのことだ。どうして
「あの話か……わるい、今それどころじゃないんだ」
「おれにとっては〈それどころ〉なんだよ」
長い廊下のつきあたり。壁には動物愛護週間のポスターがはられている。
「もう一度いう。さっさとトアにコクれ。トアは100%おまえに気がある。ぜったいにオッケーする」
名前をだされて、さっきの笑顔が頭に浮かんだ。
今日もうしろ頭に少し寝癖をつけていた、女っ気のない幼なじみ。
「ぼくとあいつはそんなんじゃないよ。前に言われたぞ。『アキちゃんが彼氏だとたよりない』って」
「でてくる言葉は、ぜんぶ本音じゃねぇよ」
「さすが作家志望は言うことがちがうな」
「シラケン」ぐい、と正面から肩をつかまれた。「じゃあおれが先に告白しても……ん? どうしたんだその顔?」
今ごろ気づくのかよ。
むかしから……といっても二年生からだが、こいつは思いこんだらまわりが見えなくなる猪突猛進タイプだからな。
とにかく、トアのことは、すべてが片づいてからだ。
教室にもどるとすぐにチャイムが鳴って先生が入ってきた。
ぼくの異変に気づいて、どうした、と心配されてしまった。大丈夫です、と返事した。
(明日にはとれるかな……)
一時間目。
最初の起立の号令のとき、机がゆれて中から何かが床に落ちる。
ピンクの封筒。
(えっ⁉)
この色はもしや女子からの――ラブレターか?
先生の目を盗みながら、そーっとあけて中の紙をとりだす。
[昨日は、ごめんなさい]
というシンプルな文面。
名前は書いてないけど、きっと笹崎さんだ。
やっぱり気にしてたんだな。というか、素直にあやまってくれるぐらいには、まだぼくは嫌われてないってことか。
まてよ……手紙?
(これだ!)
文字で伝えればいいんだ。
悪魔のことや、魔法のこと、白河への恋心がウソなこと、告白したら不幸になること。
(文芸部の
[大事な話があります。
じつは悪魔が笹崎さんにわるい魔法をかけて、
好きになるはずじゃなかった人のことを好きになっているんです。
本気です。
ぼくはこの手紙の内容に、命をかけることができます。
どうか、いま片思いしている男子に告白するのだけはやめて下さい。
悪魔や魔法のことは、ぼくが必ずなんとかします。]
こんな感じか? わるくないだろう。へんに刺激しないように〈白河〉っていう名前もだしてないし。
あとは、どうやってこれを渡すかだ。
教室でわたされるのは、まあ、目立つからイヤだろうな。
結局、その日一日、学校ではチャンスがなかった。
(やむをえない)
帰り道の尾行。
ターゲットは、ずっと向こうを歩いているセーラー服の女の子。
やってることは確実に不審者だ。
(なかなか人がいなくならないな……)
でも徒歩通学ってことは、家はそう遠くないんだろう。根気よくいくしかない。
?
耳元でなんか、スーッって息をすいこむ音が・・・・
「いけないことしてる~~~~‼」
わーーーっ‼⁉ と猫背ぎみに丸めた背が一気にのびて、数センチ地面から飛んだ。
「アキちゃんは変態さんだった? ん? ねぇねぇ」
「……バカ! いきなり大声だすやつがあるかっ!」
やばい。白雪姫に気づかれた。
(あー……)
小走りに去っていく背中。
「笹崎さんのことが、好きだったんだ?」
ここで言いわけしても、ややこしくなるだけか。
ぼくは正直に「そうだよ」とこたえた。
「ふーん……そうだったんだ」
「言いふらしてもいいぞ、べつに。白雪姫を好きな男子なんて、どうせ山ほどいるんだから」
「協力してあげよっか?」
「え?」
両手をうしろで結んで、つん、と胸をはる。もっともはれるだけのものはない。これから成長するのかどうかはわからないが、現時点ではトアの胸はぺったんこだ。
「ほんとか、助かるよ」
悪魔との戦いに、味方は一人でも多いほうがいい。
「……………………」
トアがうつむいてなにかつぶやいた。
小声すぎて聞き取れない。
「
ぐわっ、とトアの斜め後ろにあるぼくの影が盛り上がった。
昨日と同じだ。口の部分がうごき、影にツノが生えている。
「これは見過ごせないな~。女心を利用しようとするなんて男の風上にもおけないネッ!」
「利用? ぼくが? なにをいってるんだ?」
「ほ~~~~れ、お仕置きだべぇぇぇぇ~~~」
あっ⁉
か、体が……思うように動かない。
悪魔にあやつられてるのか……。
「アキちゃん?」
「トア! にげろっ!」
「あはは。それなんの冗談?」
両手の手のひらをトアにむけ、指の関節を曲げてニギニギしている。そういうポーズをとらされたまま、一歩二歩とすすみ、じょじょにこいつとの間合いがつまっている。
突然、間合いはゼロになった。
「あ」
「あ」
つかんでいる。
セーラー服ごしに、幼なじみの胸を。ワシの爪のようにした両手で。
唯一、すくいだったのは、
「ごぁばっ!!!!???」
つかもうにも、そこにはなにも〈なかった〉ことだ。たぶん、ふれたのは表面の
思いっきり急所をけられた。
「スケベ!」
ばしん、とうずくまるぼくの頭を学生カバンでたたき、走ってはなれていく。
と、タタタ、とダッシュでぼくのほうに引き返してきて、
「もう絶交だからねっ!!!」
「トア」最後の力をふりしぼって、ぼくは顔をあげた。「あの、協力してくれるって話は……」
「するかっ!」
これは悪魔にあやつられたせいなんだよ、という言い
「ぷっふふ」
ぼくの影が、口元に手をやって、うれしそうに笑っていた。
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