ぼくは心を悪魔にして彼女の「好き」をとめよう

嵯峨野広秋

第1話 悪魔がスキをついた

 白雪姫、というおおげさなあだ名の女の子がいた。

 しかし、彼女を一目見れば、誰もが納得するのだ。

 きれいな長い髪。物静かで大人びた雰囲気。し目がちにしていてもはっきりとわかるととのった容姿。貴族のように上品な、その立ち姿とすわり姿。


(はあ……)


 ある日の国語の時間。

 ぼくは窓際の席で、ひとつうしろの席の彼女が教科書を読み上げる声を、ほおづえをつきながら聞いていた。

 聞きれていた。


(なんてきれいな声なんだ!)


 白雪姫は、めったにしゃべらない。

 友だちの輪の中にいても、いつも聞き手に回っている。

 だから彼女の美声びせいは、親しい友だちかクラスメイトにしか知られていない。


(すべてにおいて完璧だ。いるんだな世の中には、こんな子が――)


 べつの日の放課後。

 なんとなく校舎をブラついていると、


(……! 白雪姫だ!)


 一人でいるのか? めずらしい。

 廊下で、窓の外をみつめている。

 さみしそうな横顔にみえるが、あるいは、ふだんからこんな感じだったかもしれない。


 ここは三階。

 いまは十二月。

 ぼくも彼女も中学三年生。もうじき卒業だ。


「あ、あの」


 自分で自分におどろいた。

 ぼくは一度も、白雪姫に話しかけたことなんかないのに。


「?」

「し……じゃなくて、あの」あやうくあだ名で呼びかけるところだった。「さ、笹崎ささざきさん!」


 目が合ってるだけなのに、心臓がバクバクする。

 それよりも、ぼくは、なにをしようとしてるんだ?


「?」

「いや、その」


 目をそらして、ぼくはごにょごにょと言葉になってないことをつぶやいた。

 チラッと様子をうかがうと、意外や意外、彼女は微笑んでいた。が三つぐらいつく微妙な顔つきだが、たぶん笑っていると思う。


(こまらせるのは彼女にわるい。可能性ゼロの告白なんか迷惑なだけだ)


 じゃあ、とぼくはそこからダッシュで逃げた。


 そこからかなり記憶がアイマイだ。


 結果だけをおぼえている。


 彼女――白雪姫――は、悪魔の力で〈シラカワアキラ〉を好きになってしまい、

 ぼく――白川明――は、彼女が〈シラカワアキラ〉に告白しようとするのを止めなければならない。



「あーーーーーーん?」



 ぼくは、もう一人の〈シラカワアキラ〉と対峙していた。 

 体育館の裏。そこにたむろするヤンキーの一人が、彼。


「だからですね、もし、これから笹崎っていう女子が告白してきても、ことわってほしいんです」

「なんでそんなことおめーに言われなきゃなんねンだよ」

「てかこいつ、なんか言ってることおかしくねーか」

「笹崎ってあのバリ美人の女のことだろ?」

「もうほっといていこうぜ、白河しらかわよぉ」

「あ……」


 いってしまった。

 思った以上に、聞く耳をもってくれない。


「あーっ、女とセックスしてー!」


 まわりにひびく大声で白河が言う。ぎゃはは、と仲間が笑う。


(だめだ。絶対にだめだ。あんな最低なヤツに笹崎さんを……)


 背後に気配がした。

 ばっ、とふりかえるが誰もいない。



「キミが心から望んだんだ。そうだろ? 彼女が自分のことを好きになったらいいのに、ってね」



 ぼくの影の口のところが動いている。

 しかも頭のところには二本、ツノのようなものがある。


「悪魔は人々の〈無念〉に反応するんだよぉ? すなわち私をこの世界に呼び寄せたのはキミなのだー! 多少、手ちがいというか、奇跡的な偶然で〈同姓同名〉の対象が近くにいたせいで、アタシの予定は狂っちったけどネッ。ぷっふふ」

「笹崎さんを元にもどせ!」

「もうおそいなー。あの女の子は日を追うごとに、あのヤンキーくんを愛するようになるよん。で、ヤンキーくんが告白を受けいれたそのとき、〈想い〉は永遠化するのであーる」

「ふっっっざっけるなっ!!!!!」


 かためたこぶしで地面をたたいた。

 まわりから冷たい目で見られているのがわかる。

 ぼくはその場をあとにした。


 ――翌日。放課後。



「このとおりだ!」



 白河と仲間たちの前で、ぼくは土下座した。


「またおまえかよ……おまえ、頭おかしいンか?」

「笹崎さんは魔法の力であやつられてるんだ! だから、人助けだと思って、もし笹崎さんが告白してもフッてくれっ!!!」

「魔法だとぉ~~~? いまそう言ったか~~~?」


 白河と仲間の何人かが、こめかみのあたりで人差し指の先をくるくると回す。


「あ、ちょっとまって。ちゃんと話を……ぼくは真剣なんだ!」

「るっせ。むこういけや!」


 がん、とおしりを蹴られた。

 くそっ。

 でもたとえぼくにケンカでこの場の全員をぶちのめせる力があったとしても、無意味だ。


 大事なのは白河にきちんと納得してもらうこと。


 そう遠くない日に果たされる、笹崎さんからの愛の告白をしっかりことわってもらうこと。


(どうすればいいんだ……)


 遠くから流れる吹奏楽部の演奏をききながら、ぼくは途方とほうにくれる。

 校舎とグラウンドの境い目あたりで、夕陽で長くのびる自分の影をぼんやりとながめる。


「え」


 その影と重なったもう一つの影。

 ふりかえると、笹崎さんがいた。

 茜色あかねいろの光を全身に受けてあざやかな陰影がついた彼女の立ち姿は、この世のものとは思えないほど美しかった。


「笹崎……さん」

「……」


 彼女は小さく首をふる。何度も何度も。


(!)


 よくみると、大きな目に涙をにじませていた。

 ひとつぶ、キラキラと光を反射させながら垂直におちていった。


「……」


 彼女は無言で細い腕を伸ばした。体の斜め前のほうへ。指の先の延長線上を目でたどったら、さっきまでいた不良のたまり場があった。

 もう一度、首をふった。

 そのまま顔の角度を下に下げ、ふたたび上げたとき、やや表情が変わっていた。


(おこってる)


 たぶん、そうだと思う。

 もしかして彼女はさっきの一部始終を見てた?

 告白してもフッてくれといった、ぼ・・・・



「ぶほっ!!!!????」



 くるのがわかっていてもかわせない、みごとな攻撃だった。

 女子の本気グーパン。

 右のほっぺにクリーンヒット。どうやら彼女は左利きらしい。


「しゃ、しゃしゃざき、さん……」

「……」


 ぼくは悪魔の言葉を思い出す。「日を追うごとにシラカワアキラを愛する」という内容を。

 恋する乙女の邪魔をする者には、これはしょうがない仕打ちなのか?


 身も心も、痛いほどヒリヒリする。

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