コールフ村
オルダさんのその目は、俺を見ているようで、焦点が合ってない。
マジで何見てんの?
周囲の村人も不安げに囁き合ってる。今のオルダさんの反応が、普通じゃないのは明らかだ。
「……あの、オルダさん?」
呼びかけると、彼はぴくりと動いて、その目が"ちゃんと"俺を見た。
「大丈夫。意外なものを見て、少し驚いていただけですから」
……意外なものってなに。性癖バレしたとかないだろうな。
「皆、彼らは良い客人だ。丁重におもてなしをして、旅の疲れを癒やしてもらうように」
オルダさんの言葉に、村人たちの顔から不安が消えて、笑顔が戻る。長の言葉に対する絶対の信頼を、そこから感じる。
「君について、疑問だらけです。でも、僕とアベルの魔力のズレは大きくない。見せてくれてありがとう」
そう言って立ち上がった彼が、よろめいた。
俺は咄嗟にそれを支えようとしたけど、5歳児に大人の体重はキツいっ…!
見上げると、オルダさんの顔色めっちゃ悪い。
「ははは…僕も一休みしないと、いけないみたいです」
俺のせい?
「大丈夫ですか?」
「ただ酔っただけですから、大丈夫ですよ」
他の村人たちが寄ってきて彼を支える。歩くのも難しそうだ。
「皆、くれぐれも彼らに失礼のないようにな。僕はちょっと休んでくる」
彼はそのまま支えられて別室に行ってしまった。
……すれ違う時「良かったら別の世界のことも、後で教えて欲しいです」とコッソリ言われた。
言わなくていいって言ったじゃん!バレてんじゃん!
でもその言い方は、何か疑いを持ってる感じではなく、純粋に興味っぽかった。
何も分からないまま、俺たちはその場に残された。歓迎してくれてるみたいだから、悪いことじゃないよな?
「じゃあまずは、ゆっくり休める場所にご案内するわ」
ほかの村人を押しのけて、一人の女性が俺たちに声を掛けてきた。さっき音楽を止めた人だ。
立ち位置からして村長補佐とか、そういう立場の人だと思う。
ポニーテールで笑顔が可愛い。
「私は、コルソ・リディア・ルム・コルソ=エイマスエガ・ギナ。付いてきて~」
また名前ながっ!
コルソなんたらさんに付いて移動する俺たちの後を、ぞろぞろと村人たちが追いかけてくる。
まるで大名行列だ。20人くらいはいるぞ。
道すがらイヴは質問攻めにあっていた。
対応を代わってあげたいけど、またボロ出したら困る。
少なくともイヴは"本物のガルナの住人"だ。多少世間知らずであっても、ガルナの森のヒキコモリ女子以上の、奇妙な発言はしないだろう。
だから申し訳ないけど、村人の対応は、全部任せてしまった。
案内された場所は、同じ階層にある民家らしき場所だ。他の建築物に比べると、いくぶんシンプルに見える。
滞在中は好きに使っていいとのこと。
「旅の方々はお疲れなんだよ!そんな寄ってたかって騒ぎ立てていたら、後で長に言いつけるからね!」
コルソさんが村人たちを一喝したあと追い出す。それから俺たちに屈託のない笑顔を見せてくれた。
「ごめんね。みんな客人が珍しいの」
「いえ、歓迎してもらって嬉しいです」
生返事にならないように頑張った。だってこの部屋も、すっげーかっこいいんだよ!
彼女が柱に触れると、そこから透明な容器が現れた。
「都会に比べると味は自信ないけど、よかったら食べて」
都会?もっと大規模な人類の町があるのか!
差し出されたものは、ガラス細工の飾り皿に乗った土色の何かだ。薄い鉱物を乱雑に叩き割ったかに見えて形も不ぞろいだし、香りもない。
食べ物……?
柱から取り出したことといい、なんか解体作業でよく見た、壁の破片みたいなんですけど…。
小さな手が横から伸びて、ひったくる。
もちろんスーリだ。うん。お前なら問題なさそうだし、毒見よろしく。
「うまい!もっとよこせ!」
「スーリ!まずは"ありがとう"だろ!」
「うん!ありがとう!うまい!もっとよこせ!」
「……すみません……。こいつまだ躾終わってなくて…」
俺はコルソさんに謝ったが、本人は暴食するスーリを見て、楽しそうに笑ってた。
「いいのよ~!子供は元気が一番。そんなに喜んでもらえて嬉しいわぁ!」
この人も良い人そうだ。
俺もイヴも少し食べた。味の薄い瓦煎餅のようなもので、食感は良かった。味は…正直土っぽかった。
ここでも大人は飲食を必要としないらしい。
だから出された瓦煎餅モドキは、魔法食であり、生きるための食事ではなく"食べる"という行為を娯楽に落とし込んだものだろう。
不要だとしても"食べる"っていうのは楽しいしな。
「私はいつもお客様の接待をさせて貰ってるから、何かあれば気軽に聞いてね」
オルダさんと違って、コルソさんの言葉遣いは、とてもカジュアルだ。
タメ口でも一切無礼に感じないのは、彼女の人柄のせいだろう。接客係として、いい人選だと思った。
旅人は珍しいらしく、彼女も興味津々にゴルディや森での生活について聞いてくる。
俺とスーリの出生(?)以外は、隠すこともないから、だいたい正直に答えた。
その気安い会話のお陰で、俺の緊張も、言葉遣いもほぐれて、彼女からも色々情報を得た。
この村の名前は、コールフ。
村の住人の名前が長い理由は、親世代までの血縁の名前と、生まれた時期、過去に住んだことがある集落、得意とすることを、一気に名乗るからだそうだ。
名乗るだけで、おおよその自己紹介が済んじゃうんだから、効率的と言えば効率的。
子供がいたり家系に役職がいたりすると、更に長くなるらしいから覚えるのが大変だろうな。
そして彼女から聞いた話で一番驚いたのは、この村の構造。
この村自体が、あの鉱石と村人との間で循環される魔力で賄われている。岩の中を通らないと入れないほどの気密性もそれが理由。
外からのエネルギーを必要とせず、この内部に"在るもの"だけで、まわってる。
ここは、テラリウムなんだ。全てのサイクルが、この岩の中で完結している。地球で言うところのシェルターのようなもの。
でも当然、地球で全く同じことは不可能だ。
名実ともに閉鎖的な村に思えるのに、特に出入りは禁じられていないらしい。
内部にいる時だけ問題を起こさなければ、誰でも迎え入れるし、時々旅立つ者もいるそうだ。
だからだろうか。こんな隔離されたような生活をしているのに、村人には鬱屈とした印象は全くなかった。
終始楽しく進んだお互いの質疑応答が一区切りした時。
「良かったら、あなたたちの魔力を貰えない?」
「え…?」
彼女は笑顔のままだけど、その言葉の不穏さにぎくりとする。
…………追いはぎ村?ここって山姥の村だったりする?
彼女の目が俺たちを値踏みして、舌なめずりしているかのように思えてきた。
"人里離れた集落に迷い込んだら歓待されたけど惨殺されて食料にされちゃった"
的な、よくあるスプラッタ映画を連想してしまう俺。
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