俺、赤ちゃんでした

 やべぇ。ここまで歓迎されて食い物までもらったのに、今更金(魔力)ないですって、どうすんだよ。


 イヴは俺の隣に座って、俺たちの会話に耳を傾けてる。危険があれば、すぐ反応してくれるだろう。


 スーリは……。


 柱に抱きついてベロベロ舐めてる。何してんだよ!瓦煎餅の味でもすんのか?


 …すぐ連れ出せるだろうか。



「…俺たち、そんな沢山魔力持ってないよ…?」


 おずおずとそう告げながら、俺は周囲に目を走らせ、逃走経路を計算する。どう考えても村人たちに出会わずここから出て行くのは不可能だ。


 この村に出入口が一つな理由は、旅人を逃がさない為か……!?




 一瞬固まった後、弾けたように笑い出すコルソさん。


「あっはっは!ごめんごめん忘れて~。そんなに警戒しないでよ~。旅を続けるなら魔力は大事だしね~」


「…え?」


「すごい魔法道具を三人だけで動かしてたって聞いたから、余裕あるのかなって思って聞いちゃったの。長には言わないで~。怒られちゃう」


 三人っていうより、ゴルディ動かしてたの俺だけなんだけどな。



 彼女が言ってることが本当なら、見返りは求めないってことか?


 でもこの村全部を内部の魔力で賄っているなら、思ったより生活は大変なのかもしれない。


 魔力製造機として利用されたり惨殺されないなら、出来るだけお礼はしたいとは思う。


「もし魔力が足りていないようなら、少しだけでも協力するよ」


「足りなくなったりは、しないわね~。ただ魔力の質が均一になりすぎないように、たまに旅人に分けてもらうけど、望むなら同じ量をお返しするわ」


 燃料にされるっていうより、血が濃くなりすぎないように外から子種貰う的な感じ?




「……アベルって、すんごい良い人ね!」


 彼女の手が俺に伸びて、ほっぺをプニプニされる。


 や、やめてくれよぅ。


「長がミカノじゃない本物の子供っぽいって言ってたけど、ほんとだ~。変な喋り方してるのに~」


 驚いたように言われる。偽物の子供っているの?…喋り方は言い訳出来ない。


「ミカノって?」


 オルダさんも言ってたやつだよな。


「これよ」


 コルソさんが自分の髪飾りに手を触れると、彼女の頭に真っ白な二本の角が生えた。牡鹿のように枝分かれしている。


「おお」


 思わず声が出てしまう。


「コールフの民は、ほとんど岩鹿の種族なの」


 角を隠していた髪飾りを見せてくれた。変形を解いた今は髪飾りというより、丸餅みたいだ。


「ミカノっていうのはコレ。魔力を消費して、物の形の大小を変える魔法道具よ。たまに全身に使って、自分の見た目を変える人もいるわ」


 思ったより軟度がある。ゴムやシリコンに近い?大きさを変えられるってことは、圧縮と膨張のみなのかな。


 地球ではフリーズドライは可能だったけど、この世界は物を構成する"粒子"とやらがあるし、もしそれの密集度を変化させられるなら、サイズを変えることが出来るのかもしれない。


 多分全身に纏ってる時は、触れるとミカノっぽい触感なんだろう。


 俺──ルクの体──のほっぺたは、マシュマロくらいぷにぷにだ。


 ミカノじゃないと判断された理由はそれだな。



 岩鹿の種族っていうのは獣人?なのかな。よく見るとコルノさんの瞳孔は、横向きの楕円だ。有蹄類の草食動物に多い特徴。


 スライム幼女と暮らしてたから今更だけど、"人間ぽいのに人間じゃない"その姿をまじまじと見てしまう。


「出しっぱなしだと、アチコチにぶつけちゃうから、いつも仕舞ってるのよ。でも頭に何も付いてないと居心地悪くってね~」


 角は1メートル以上ある。確かにこの村でみんな出しっ放しなら生活に困りそうだ。村人たちが髪飾りつけてる理由ってそれか。


 触ったら失礼かな?いや、俺もほっぺプニプニされたし、よくね?


「触ってもいい?」


「いいよ~」


 俺に向かって頭を下げてくれる。


 固くて冷たい角の中腹から、根元に指を滑らせると、頭皮に近い部分はほんのり温かい。


 角と皮膚の境目はなく、上部に向かい徐々に柔軟性を失った皮膚が角と同化していた。


 ぐらつきも全くなく頭蓋骨から直に生えているのが分かる。生え代わりはない感じかな。


 表面は随分すべらかだ。野生の鹿のように木や岩にこすりつけることはなさそうだから、手入れしてるんだろう。


「あはは、くすぐったい~」


「あっ、ごめん」


 根元の方には感覚があるらしい。俺は角から手を離した。


「すごい綺麗で立派な角だね」


「…そう?うふふ!」


 めちゃくちゃ嬉しそうな顔で笑う。角を褒められるのは嬉しいことなんだな。




 角を褒められて上機嫌×100くらいになったコルソさんは、他にも色々教えてくれた。


 周囲の豪奢な装飾は、村人たちが好き勝手に彫ってるらしい。職人村かよ!


 住人のほとんどが無職──食料も住む場所も問題ないせいだ──だし、基本的に暇なんだそうだ。


 楽園かな?


 暇を持て余した村人たちは、彫刻や音楽を作ることに傾倒してる。


 みんな無職とはいえ、埃一つ落ちてないことを考えるに、掃除人という職がなくとも個人個人が、この村を清潔に保つ責任感があるんだと思う。


 音楽についても、その建物内のみでしか聞こえない。集合住宅ならではの騒音対策も万全なようだ。


 この村は村人たちの善意と規律で、平和が保たれている。



 絶対困ると思ってたトイレ関係は、前回で学んだから早めに聞いておいた。子供の頃は飲食もトイレも必要だから、ちゃんとあるそうだ。良かった。


 ……それにしては、子供を見かけないな?



「この村に子供いないの?」


「一番若い子が今72歳だったかな?次の子供がそろそろ生まれると思うんだけどね~」


 ……なんて?


「すごい少子化なんだね」


「あはは!"少子化"なんて変な言葉使うのね~」


 どう翻訳されたんだか分からないけど、笑われた。


「コルソさん年いくつ?」


「私は210くらいよ~」


「……」


「アベルはいくつ?」


「……5歳」


「ええええええ!赤ちゃんじゃない!なんで旅なんかしているの!?」


「えーと…色々あって…」


 コルソさん、すごい驚いてますけど、俺の驚きはその比じゃないからね!?


 前世の年齢を加えてもなお、コルソさんより全然年下なんだけど!どういうことだよ!


 寿命は!?


 ていうか"赤ちゃん"って比喩じゃなく、ガチなの!?

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