魔力検査されちゃう

 俺は咄嗟に返事が出来なかった。


 オルダミーさんは、笑顔のまま俺を見てる。


「住人はどれくらいいますか?」


 イヴが緊張の沈黙を破った。


「今は121人です。ここに居を構えてからの世代は3と4が多いですね」


「オルダ・ミーノス・コル・パムス=ハルマスエガ・リディワは、ここの長ですか?」


 珍しくイヴが、自主的な質問を繰り返す。


 もしかしなくても、俺の窮地を救ってくれたんだろう。


「はい。僕のことはオルダと呼んで下さい。長の立場を押し付けられてから、まだそんなに経っていませんが、この領域を司っていますよ」


 オルダさんは、俺への質問の答えを急かすことなく、イヴの質問に答えている。


 若く見えるのに村長なんだな。

 

 疑問があれこれ湧いてしまうが、それより先に言い訳を考えねば。




 記憶を失っていることにしようか。


 でもそうするとゴルディを作れたことがおかしいかもしれない。


 "別の理の世界"からの来訪は、もしかして前例があることなんだろうか?


 それなら詳しく聞きたいし、俺も無意味に嘘を重ねたくない。





 良い考えが浮かばないまま、オルダさんの家らしき場所に着いてしまった。


 外観は他の建築物と大差ない。


 一歩踏み込んだ時、まず驚いたのは音楽が聞こえたことだ。


 グロッケンや金属で作られた南部風鈴に近い、硬質で涼し気な音楽。


 この世界で初めて人工的な"音楽"を聞いた。


 内部は思ったより広く、30人は寛げるほどのスペースがあった。


 最初に案内されたことを考えても、役場とか集会場の役割の場所かもしれない。


 一つの大きな円卓を勧められて、俺たちは腰かけた。


 やばい。まずい。


 まだ何も弁解を考え付いてない。ひとえにこの場所が、建築家魂をくすぐるせいだ。


 他の住人も何人か入ってきた。彼らも興味津々そうに見える。




「うるさい!」


 突然スーリが叫ぶ。


「この音をやめろ!」


 流れる音楽が気に入らないらしい。


「スーリ!」


 一応咎めたが、時間稼ぎになる。


「すみません。今止めます」


 オルダさんが頷くと側に控えていた一人が柱に触ると、すぐに音楽は止んだ。


「どこから来たの?」「シルの音嫌い?」「すごい魔法道具持ってるってほんと?」「名前教えて」


 スーリの傍若無人さに臆することなく、住人たちが質問攻めしてくる。


「森からです」「スーリは音が苦手なようです」「ゴルディはアベルの物です」「イヴです」


 俺がおろおろしてる間に、イヴがその全てに簡潔に答えている。


 別のベクトルでは会話スキル高いな。


「みんな静かに。お客様を困らせちゃいけない」


 オルダさんの声に、みんな質問をやめたが、そわそわしてる。それには敵意や悪意は感じられない。人の好さそうな村人たちだ。


 皆20~30代くらいで、背が高め。髪に飾りをつけてる人が多い。


 服装はオルダさんと似たような前合わせで、甚平やジェダイの服っぽい。


 俺が着てきた服とは全く違う。少なくともルクはここ出身ではなさそうだ。




「もし元いた場所のことを話したくないなら、構いませんよ」


 俺に向き直るとオルダさんは、何も変わらない穏やかさで言う。


 やっぱりさっきの質問を忘れてなかったか……。でも今、追及されないのは有難い。


「ただここに滞在するのなら、魔力を見せてくれませんか?」


 魔力を見せる?どうやんの?


 見せることによって、どんな情報を与えることになる?



 やっぱ出て行きますーって滞在とりやめても間に合う?




 イヴがすっと手を出す。それはエスコートを待つ貴婦人の仕草に近い。


 紳士然とその手を取ると、オルダさんは、イヴの目を見た。



 少しの沈黙の後。


「なるほど。長く森で過ごされていたんですね。静かで偽りのない魔力です。そしてとても古い魔法を使われるようだ」


 古い魔法?ヒキコモリ系女子だから、トレンドに疎そうなのは分かるけど。


 イヴは俺の不安を察して、先に試してくれたんだろう。どうやら記憶や心を読まれるような検査ではないらしい。


「見せて下さって、ありがとうございます」


 彼女の手をそっと離すと、今度は俺に手を差し伸べてくるオルダさん。


 表情こそ穏やかだけど、その目には拒否させない強さを感じる。



 逆の立場で考えると当たり前だ。


 村に得体のしれない者を招き入れたくはないだろう。


 それは彼の村長としての責任でもある。




 俺は、手を差し出した。


「………」


 イヴにしたのと同じように、俺の手を取りながら、じっと目を見つめてくる。


「ははは。もっと気を楽にして、私の魔力を受け入れて下さい」


 オルダさんが困ったように笑う。


「え?」


 受け入れる?魔力くれるの?どうやるの?


「私の修復魔法の時のように、すればいいです」


 イヴが助け舟をくれる。


 修復魔法の時?


 ……受け入れるって、どういう……。



 よく分からないけど、オルダさんにあの質問を受けてから、ずっと緊張していた自覚はある。


 それでなくとも、初めて来た場所で初めて会う人相手だ。


 小屋での治療の時は、イヴに対する信頼で、確かにリラックスしていたから、俺の心の在り方が違うだろう。



 そういうことで合ってる?


 全身の力を抜いてみた。


「そうそう。そんな感じです」


 俺の脱力ポーズがおかしかったのか、オルダさんがカラカラと笑う。


 その笑い方に、なおのこと気が緩む。


 そして彼は改めて、俺の目を覗き込んできた。


「………」


 契約の時と似てる温かさが、少しだけ流れ込んできたのが分かる。


 ほんの僅かだ。


 スーリの時がナイアガラの滝だとすると、オルダさんは蛇口から落ちる一滴くらい。




 ……あれ?何も言われない。


 沈黙が長い。


 微動だにしないオルダさん。


 気づくと彼の額に汗が浮いていた。


 …大丈夫?なにを見てる?


「……これは一体……」


 独り言のように小さくつぶやく。


 明らかに狼狽えているオルダさんの様子に、俺も戸惑うしかなかった。

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