青と白の宝石箱

 地上に露出していた岩山のサイズからして、規模の大きな村とは思ってなかった。


 イヴの小屋のように、岩をくり抜いて作られたスペースにある集落だと思ってたんだ。



 俺たちは、今地底に大きく穿たれた、巨大な縦穴の縁に立っている。


 対面する逆の縁までは優に500mはあるだろう。


 巨大タンカーが優に入るサイズだ。


 その穴の内側の壁に沿って、白と深い群青色の様々な建築物が並んでいた。


 シャウエンと、アンダルシアの街並みを思い起こさせる風景は、まるで宝石を閉じ込めた巨大なジオードのようだ。


 壁や床はすべて磨かれて滑らかに、蒼い大理石にも見える。


 煌めく金属の筋が不規則に走っているが、手をかざすと、それが光っていることが分かった。




 だが、それだけの光量では、この巨大な洞窟を照らすには不充分だ。


 外と比べても大差ないほどの明るさの源は、中央に浮かぶ巨大な鉱石。


 太陽の代わりと言わんばかりに輝くそれに、この巨大な縦穴洞窟式集合住宅のような村は、照らされている。


 中央の穴には、他にも浮遊している物があちこちにある。


 垂れ下がる緑から察するに植物らしきものもあれば、小ぶりな小屋が乗っているものもある。


 その構造に、その仕組みに、魔法が満ち溢れているのを感じる。


 穴を見おろすと、結構たくさん人がいる。


 オルドなんたらさんに招待されたとはいえ、出迎えられた訳でもないから早めに挨拶したいけど、下に降りるにはどうすればいいんだ。


 おかしな侵入者扱いされたら困る。




 ……でも目を落とすと、足元の見事な彫刻に目を奪われてしまう。


 トルコタイルのように緻密で鮮やかなそれは、絵付けではなく、色の違う石を組み合わせて作った細工のようだ。


 立体的に見えるのに触ると平ら。何かでコーティングしてあるのか?


 うぉお。この技術知りたい!摩滅で濁らないコーティング!


 俺は自然の壮大さにも感動するが、人工的に作られた建造物の美しさも大好きだ。


 だから建築家になったんだよ。



 どこを見てもすごい。



 よく観察すると、全てが磨かれている理由が分かった。


 反射を利用することで、巨大発光鉱物の光を効率よく建物内に誘導してるのか。


 装飾をされた深い色の壁が返す光は、眩しすぎず不思議な模様を描き出す。


 段差も多いが、動線を邪魔していない。なんて緻密な計算をされた設計だ。


 ここは美しいが、見る場所ではなく、人が住む場所と感じさせる。

 



 もう俺ここに住む!ここで、この技術を学んd……


「アベル」


 俺をいつも正気に戻してくれるイヴの声。


 這いつくばって一心不乱に、床を撫でまわしてた俺は、気まずく咳払いをして立ち上がった。


「ん?なに?」


「オルダ・ミーノス・コル・パムス=ハルマスエガ・リディワが来ます」


 なぁもしかして、一回聞いただけじゃ、オルダ・ミーなんたらさんの名前を覚えられないのって俺だけなの?


 彼女の視線を追うと、穴の中腹辺りから一人の青年がこちらに向かってきてるのが見えた。



 空中をスライド移動してるかのように見えたが、近づくにつれ、彼が半透明のプレートに乗っていることに気付いた。


 完全にSFとの区別がつかないな。


「降りてこないので、迎えに来ましたよ」


 いやそんな移動方法知らんもんよ……。


 でも完全に厚意で言ってくれてる彼に、そう告げるつもりはない。


 促されて俺たちもプレートに乗り、下降していく。


 半透明だから真下が見える。高所恐怖症だったら絶対使えないなコレ。



 この竪穴はすごく深い。


 鉱石の光が届かない辺りは真っ暗だ。地の底まで続いているかに見える。


「深いでしょう?たまに落ちる者がいると、迎えに行くのが面倒なんですよ」


「ははは……」


 ひどい冗談に愛想笑いするしかない。迎えどころか死ぬでしょうよ。


 美しい景観でも、落下死と隣り合わせって怖い。


 スーリもこの高さが怖いのか、イヴにしがみついて登りださん勢いだ。イヴは言うまでもなく無反応。



 人々の居住区は上部に集中してるみたいだ。


 閉塞されている空間のはずなのに空気は新鮮に思える。下からどこかに繋がってるのかもしれない。


「客人は久方ぶりなので、みな歓迎していますよ」


 ていうか、この人いつ俺たちの先回りしたんだろう。


 俺たちを見送った後、どうやって住人に俺らのことを伝えたんだ?


「他の入り口があるんですか?」


 これだけの規模だと、村どころか都市に思える。


 出入口が一つとは思えないし、そっちから入ってきたのかな。


「現在使っているのは、あの岩の門だけですよ」


「あなたは、どこから入ってきたんですか?」


「僕?ああ、外でご挨拶したのは、僕の幻影ですよ」


「幻影?」


「外にいちいち行くより早いですからね」


 今話してるのが本体で、外にいたのはホログラム的インターホンな感じ?


「俺たちが来たって、どうして分かったんですか?」


 一応会話をしているが、周囲の建造物に再び目を奪われる。


 どれも複雑な造形で耐久度が低そうだ。出入口が一つな事といい、日本だったら建築基準法を、とてもじゃないが満たせないな。


「ここは僕の領域ですから。来客があれば気付きますよ」


「それって魔法ですか?」


 あそこなんて壁一面、多重彫塑だよ。どうやって彫ったんだろう。すごいなぁ。写真撮りたい。


「……」


 返事が無いのでオルダミーさんを見上げる。


 彼は俺を、まじまじと見ていた。



 やべぇ話に集中せず、お上りさん丸出しで、気を悪くしちゃったかな。


「……アベルはとても不思議な人ですね。あんな魔法道具を作れるのに、まるで魔法を理解していない様な事を言う」


 !!


 そうだ。しばらくイヴとスーリの三人で過ごすうちに、すっかり忘れてた。


 やっちまった。"魔法を知らない奴の発言"


 二人相手なら隠す必要もないから、完全に気が抜けてた。


「それに、その喋り方。まるでミカノを纏って、別の存在がデタラメに口を動かしてるように見えますし」


 あああ!それも忘れてた!


 俺の翻訳魔法は不良品だった!ミカノが何かは分からないけど!


 どうにかして誤魔化そうと、頭をフル回転していたら、オルダさんが笑い出した。


「もしかして、別の理の世界から来ましたか?」

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