トンネル効果

「こんにちは」


 すぐ側で聞こえた、その声に飛び上がる。


 声の主は、にこやかに微笑む青年だった。


 ちょっと待て。上から見た時は、誰もこの周辺にいなかったぞ。


 どこから湧いて出たんだ、この男は。


「こ、こんにちは」


 引きつりをこらえて、笑顔で挨拶を返す。


 何にせよ、おそらく第一村人だ。悪印象を与えてはいけない。


 彼は普通の人間に見える。ファンタジーによくいる、エルフや獣人ではない。ちょっと期待してたんだけどな。


 20代後半くらいだろうか。


 茶色の髪と目で、背が高い。顔立ちは線が細い感じだ。


「旅の方ですか?」


 俺ら全員に丁寧に挨拶をくれてから、イヴに穏やかに問いかける。


「はい」


「どちらから?」


「森からです」


「どこの森ですか?」


「分かりません」


 そりゃこの三人組だったら、イヴに聞くよな。俺とスーリは子供だし。


 だがしかし、イヴは会話スキルが低い。


「村があると聞いて来たんですけど、この辺りの地理が全然分からなくて」


 俺は会話に割り込む形で答えた。


「村はありますよ。ご案内しましょう」


 旅人が珍しくもないのか?


 青年の物腰は、落ち着いていて丁寧だ。年齢にそぐわない貫禄すら感じる。


「ありがとうございます」


 礼を言いながら、何とも言えない不安感が消えない。


 スムーズすぎない?


「その前に、見せて貰ってもいいですか?」


 ゴルディを示す青年。


「あ、どうぞ」


 駐禁取られたりする?


「ほう。これはすごい。魔法道具のようですが、どこで入手されました?」


「えーと、俺が作りました」


「ますます、すごい!君は技師ですか?」


「いえ、そういうわけじゃないんですけど…」


 何も分からない現状で、正直に言うか迷ったけど、こういう部分で嘘吐くと、後々困ることになりかねない。


 あと俺のゴルディを褒められて嬉しかったのも、ちょっとある。


「こいつは、なんでこんなに大きい?」


 空気読むスキル0のスーリが、青年を指さしながら聞いてくる。


「こら!…すみません!」


 スーリの頭をぐりぐりしながら謝る。


 ていうか、お前は自覚ないかもしれんが、イケメン姿になった時は、この人よりデカかったからな?


「はっはっは!気にしないで下さい。長く生きてると大きくなるんですよ」


 豪快に笑う青年。


 俺の緊張が少しほぐれた。こんな風に笑う人は、悪い人じゃない気がする。


「何者だ、お前」


 更に無礼に言葉を続けるスーリ。躾が間に合わなかったな……。


 ほんと申し訳ない。うちの粘菌ペットが。


「失礼しました。あまりに素晴らしい魔法道具を目にして、自己紹介が遅れてしまいました」


 スーリの態度に気を悪くした風もなく、朗らかに笑って逆に詫びてくれる。


 めっちゃいい人っぽいじゃん。


 ゴルディをすげー褒めてくれるし。ちょっと照れるわ。


「オルダ・ミーノス・コル・パムス=ハルマスエガ・リディワと申します」


 なんて?


「俺はアベルと言います」


「イヴです」


「スーリ」


 俺たちの名前の短さよ。


「……」


 オルダなんたらさんが、笑顔のまま黙ってしまってるじゃないか。


 名前の続き待ってんのかな?


「なるほど……。随分遠くから、いらしたようですね」


 考え込むような仕草で頷く、オルダなんたらさん。


「長旅でお疲れでしょう。話は村で伺いたいです。あの岩の門が村の入り口なので、どうぞこのまま進んで下さい」


 え?俺たちだけで?


 オルダなんたらさんは、その場から動かず、門に向かう俺たちを手を振って見送る気のようだ。


 なんかよく分からないまま、示された方へ向かう。


 振り向いたら彼は消えていた。マジでなんなの?


 雲隠れの魔法?幽霊だったとか、そういうオチ?





 人間が得る情報の八割以上は、視覚からだ。


 出現方法は謎だが、彼は背こそ高くても、肉体労働をしているような体格ではなかった。


 鎧を着ているわけでもなく、武器らしきものも携帯しておらず、手にタコや傷──武器を使うならあるはず──もなかった。


 そして皺ひとつないシンプルな服装。




 その"外見"から推し量れることは、少なくとも平和と清潔さを保てる文明の住人だと思う。


 それに何より会話のやり取りで、地球人程度、あるいはそれ以上の洗練された社会性を感じた。



 まぁ普通だったら、そう思う。


 でもここがガルナということを加味すると、いくらでも見た目を整えられそうだし、あまり過信するのはやめておこう。


 とにかく、やっと人類のいる場所に来たんだ。ご招待をお受けしようじゃないか。


 ゴルディのことが気になったけど、持ち運べるサイズじゃないし、相手が神出鬼没なら、どこに置いておいても無関係だ。


「オルダ・ミーノス・コル・パムス=ハルマスエガ・リディワは、敵か?」


 スーリが聞いてくる。お前の記憶力すごいな。


「敵ちゃうわ……多分」


 そう言いつつ一抹の不安を抱えたまま、門の前に立つ。


 …門って言ったよね?ただの岩壁ですけど?


 地図で見た時は、細かいディティールが描かれてないから、入口が見えないんだと思ってたけど、実際見てもバカでかい一枚岩が、鎮座しているだけだ。


 両サイドにも直立した岩がある。崩れてないストーンヘンジ的な感じだ。


 スーリがその岩壁に無遠慮に、ベタっと手をつけようとして、すり抜けた。


「ええっ!?スーリ!?おい!どこ行った?大丈夫か!?」


「なんだ」


岩の中からひょいと顔を出してくる。


「なんだって、お前、どうなってんの?」


 頭と体半分が、岩から生えてるみたいになってんぞ。


 俺もおそるおそる岩壁に触れてみたけど、まんま岩壁。ざらりとして冷たくて固い。


「通れるとイメージすれば、通れるようです」


 イヴも岩壁に吸い込まれていく。スーリもまた岩の中に消えた。


 いや、待ってよ。二人して俺を置いてくなよ。


 岩を通るイメージって、どうやんの?俺がぺちぺち叩いても硬いままだ。

 

 ──ガルナは魔法の世界。不可能が可能になる世界。ガルナは魔法の世界。地球で無理でもガルナなら出来る──


 呪文のように念じて、俺も岩の中に踏み込もうとした。


 鼻をぶつけた。痛い。



 イメージを変えよう。


 確か量子力学で、トンネル効果ってあったよな。超低確率で壁をすり抜ける現象の話。


 詳しくは知らないが、可能性としてあり得ることなんだ。


 そうだ。


 俺は岩壁を越えられる。




 …もう一度触れると、岩は俺を受け入れた。



 岩の内部には光はなく、少し圧迫感がある。


 地味に怖い。だって岩の中にいる時に、魔法が解けたら、どうなっちゃうんだよ。


 そんな考えは杞憂で、一瞬で向こう側に出た。


「うおぉ」


 そこにある世界を見て、俺は思わず感嘆の声をあげた。

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