ハリバノってなんですか

 川で水浴びしたあと、俺たちはゴルディの場所に戻って明日の準備をしていた。



 水浴びがどうだったかって、至って普通。


 別に何かを期待していた訳じゃないけど、何もなかった。



 水も操れるし透明度を変えられるし結界も使える子が、プライバシーを守る方法は、いくらでもあるんだ。


 うっかり見えちゃった☆ みたいな天の悪戯すら、彼女にその効力を発揮することはない。




 別に何かを期待していたわけじゃないけど、イヴはそういう子だ。





 というわけで、明日の準備をしている。


 なんてったって人がいれば、この世界で初めて集団生活の文明に触れることになる。


 穏やかな挨拶と笑顔、第一印象で"二番目"に大事なことだ。


 一番は見た目。

 

 女一人に子供二人の旅は、この世界であっても奇妙に映るかもしれない。


 だから齟齬が出ないように、ある程度自分たちのことを、どう言うか決めておいた。


 俺たちは森で迷い、瀕死のところをイヴに助けられた兄妹で、家族の元に帰ろうとしている。


 本当は兄妹ではないってこと以外は、ほとんど事実だ。


 そして服装。


 俺はビジネススーツの効果を、よく知っている。身だしなみは大事だ。


 ルクが着ていた服はボタンが付いてて、イヴが作ってくれる服とは、少し違うデザインだったんだ。


 身元を探す頼りになるかもしれないし、俺は一応、そのルクの服を着ることにする。


 イヴとスーリは、シンプルなワンピースだから、文化関係なく、多分どこでも通用するだろう。





 一通りの準備と打ち合わせが済んだから、あとは体力と魔力の為に休むだけだ。


 元から、夜間は進まない予定だった。


 ゴルディにライトは取り付けたが、視界は広くない。


 速度から考えても夜の視野だと、見えた瞬間に事故ってる可能性すらある。


 万象対策のつもりだったが、ヨーリドのような動物がいるのなら尚更だ。


 スーリの魔力充電も一晩中掛かるわけでもないし、夜はのんびりキャンプ的に過ごせばいい。



 そう、夜は長い。


 キャンプファイアはないけど、静謐な森で自然に囲まれて、お互いの事を語らっちゃったりさ──……




 ………


 ……………




 5歳児ボディで、長距離移動後の夜更かしなんて不可能だった。






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 目覚めたのは夜明け前。地面の上で寝てしまった。


 相変わらずスーリは、俺の腕にしがみついて寝てた。


 その拘束から抜け出る。



 イヴ先生の講義によると、魔粒子は自然に蓄積するらしいし、多分スーリが夜の間に、俺に魔力を詰め込んだだろう。



 とりあえずゴルディの操縦に、問題はないはずだ。




 俺は自分の魔力を認識できても、魔力量ってのがよく分かってない。


 魔力が少なくなった時だけ、疲労感みたいなものは感じる。


 魔力が多いって言われても、普段何もしてない時に、体に魔力が満ちてる感じがするわけでもない。



 体力的には、完全に回復した感じがする。


 地面で寝るなんて地球だったらしたくないけど、結界のお陰で虫は寄ってこないし、外套に万能紐と同じ魔法をかけたら、反重力でフワフワクッション状態だ。


 それ敷いて寝るんだから寝心地は最高。



 ぶっちゃけこんな楽しい野宿なら、ゴルディにベッドいらなかったな。気合入れて作ったのに。


 イヴがゴルディから降りてきた。もしかしてイヴはベッド使ってくれたのか。……優しい。


「ベッドの寝心地どうだった?」


「私は使っていません」


 そうか…。ごめん、君に対する期待のハードルを、上げすぎてたよ。


「って、もしかして寝てないの?」


「はい」


 いくら結界があるとはいえ、人里離れた夜の森だ。何があるか分からない。


 寝ずに見張っててくれたのか。


「出発したらゆっくり休んでね」


「はい」


 黙って仕事をこなす。本気で部下に欲しかった。だが、いくら美人でもコミュ障すぎて、営業には回せないな。


 俺専属の美人秘書でどうよ。







 スーリも起こして、ゴルディに乗り込む。


 ナチュラルキャンパーとして、一晩過ごした場所を出立前に確認する。


 火もテントも使わないから、後始末の必要すらないな。ガルナのキャンプは、楽すぎる。

 


 不測の事態を予測して、運転中はずっとコクピットにいることにした。


 昨日は、たまたまレバーを握っていたから、迅速に逃げることが出来たが、運が良かっただけだ。


 最初から回避行動の準備が出来ていれば、ヨーリドだって、もっと楽に振り切れるだろう。





「小娘は、ハリバノ好きか?」


 後部でスーリとイヴがなんか喋ってる。


 仕切ってあるとはいえ、静かな走行中で距離も近いんだから、全部筒抜けだ。


「分かりません」


「小娘は、わからないことだらけだな」


「はい」


「赤ちゃんなのか?」


「いいえ」


 真逆な二人だし、まともな会話が出来てると思えないのに、不思議と仲が良く見える。


 だいたいがイヴの忍耐力の上に、成り立ってる気がするけど。


「小娘は、アベルが好きか?」


 ここにいる本人に、丸聞こえなんですけど?何てこと聞いてくれちゃってんの?


 思わず耳を澄ませちゃうじゃん。


「はい」


 その肯定の意味は、きっと深い意味はないんだろうけど、すげー嬉しい俺がいる。


 俺もイヴが好きだよ。


「ハリバノより好きなのか?」


「はい」


 ……ハリバノって誰?いやスーリは他の人間を知らないはずだから、動物かなんかか?


「それは間違ってる!」


 おい。動物と比較されてる時点であれだけど、間違ってるってなんだよ。


「スーリはハリバノが好きだ!」


 お幸せにどうぞ。


「アベルより好きですか?」


「うん」


 ……。


 だからハリバノって何?





 聞くともなしに、二人の嚙み合わない会話に耳を傾けていたら、目的地が近くなってきた。


 遠くに森の終わりが見える。村は森と岩山の境目にあるはずだ。


 既に減速体制に入っている。地形が変わっていないなら、ゴルディを着陸させるだけの場所があると思う。


「もう着くよ」


 そう知らせると、二人とも前部にやってきた。


「シャラハの領域が終わってる」


 途切れた森を指さして、スーリが言う。


 森の王とは知ってたけど、13000キロ離れた森もシャラハ様が統べてるのか。そりゃ、おいそれと呼び出せる精霊じゃないだろうな。


「高度下げるから、二人とも座ってて」


 村に人がいるなら、突然ゴルディで間近に乗り付けると、警戒されるかもしれない。


 でも着陸した後、何時間も移動したくないから、なるべく近くで降りよう。


 上空から見たら分かりにくかったが、森から木々がまばらになった草原を超えて荒れ地、その先が村のある岩山だ。


 かなり開けてる。


 狙い通りの場所に着陸して、俺たちはゴルディから降りた。




 おお視界が明るくて茶色い。森にずっといたから新鮮d……


「こんにちは」


 突然、男性の声がすぐ側から聞こえた。

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