ナチュラル上目線

 結界のお陰で、かろうじてゴルディの体勢を立て直し、俺たちは空の獣を振り切って、森に着陸──というか不時着──した。


 カーチェイスならぬスカイビーストチェイスで、俺は大量に魔力を失うし、加速のせいで、スーリはスライムになるし、ゴルディに穴開いちゃうし、散々だ。


 そして俺は、とても大事なことを学んだ。



 イヴの"冷静"を信用してはいけない。


 多分この子は太陽が落ちてきても冷静だろう。



 しかし奴らもスゲー早かったな。マッハ超えても食らいついてきてた。


 でもそのお陰で、自分の操縦テクにちょっと自信持てたわ。


 穴空いた機体を水平に保ちながら攻撃を躱すって、エクストラレベルのフライトシミュレーションなんて目じゃない難しさだった。


 しかも残機ゼロの緊張感。


 三人とも無事だったのは、ほぼ奇跡と言える。




 着陸地点を選ぶことも出来なかったから、周囲は木々しかない森の中だ。


 イヴの小屋の周りとは、また違った趣の森だな。


 完全に陽は落ちてないだろうけど、もうずいぶん暗い。ランタンを灯す。


 ゴルディの横っ腹の布ガラスが壊れて、穴が空いている。圧力に強く靭性が高い分、ピンポイントの衝撃には弱いんだ。


 結界があって良かった。なければ、外に放り出されてたはずだ。



 修理をイヴに任せて、俺は地図をなぞってルートを確認する。


 方向を確かめる余裕も無かったから、進路は大幅にズレたと思ってたのに、目的方向への歪みは僅かだった。


 最悪なUターン状態も想定してたから、これは不幸中の幸いだ。森の暴発の時といい、俺って無意識コンパス持ってんじゃね?


 今日と同じスピードで進んだら、明日の日没までには、村に着けるだろう。


 問題はヨーリドだ。また絡まれたら敵わない。


 最初は、奴らに敵意はなかったと思う。気持ちよさそうに、ゴルディの風で戯れてた。


 突然襲ってきた原因があるとするなら、まぎれもなくスーリ。


 当の元凶本人は、俺の近くで激しく地面を転げまわっている。


「明日はヨーリドに会っても、煽ったりするなよ。黙って大人しくしとけ」


「なんでだ?」


「また襲われるからだよ!」


 顔含む全身、泥まみれの幼女は、今回の事故で何も学んでいないらしい。


「襲ったんじゃない。ヨーリドはスーリと遊びたかっただけだ」


「そうだったのか?」


「だからゴルディを壊そうとした」


「それを襲うって言うんだよ!ゴルディ壊れたら、俺たちは死ぬんだぞ!」


「スーリは死なない」


 どんな理屈だよ。生き物はなんだって死ぬんだよ。


「じゃあ俺とイヴが死んだら、お前ひとりで旅すればいい」


「……」


 イヴがお茶を持って、俺の隣に座った。


 彼女のお茶は、毎回味が違って薄い。何故なら、そこらへんの葉っぱを煮だしてるだけだからだ。


 積み込んだ荷物に、茶葉はなかったから、これも現地採集したものだろう。


 ずっと飲んでるけど、不味いと思った事も飽きる事もない。何か魔法をかけてるのかな。


「穴は塞ぎました」


「もう終わったの?さすがだね」


 早く布ガラスの作り方を教わらないとな。自分で修繕出来ないのは、かっこ悪すぎる。


 暗い森の中で温かいお茶をすするって、キャンプっぽくていいなぁ。


 焚き火でもやりたいけど、照明はランタンで充分だし、加熱調理する必要もないんだよね。


「他にも何か危険な動物っている?」


「様々な者たちがいます。どれも危険な時は危険です」


「例えば?」


「空腹であったら襲います。好奇心で攻撃してくる場合もあります」


「えぇえ…それじゃどうすればいいんだ…」


「出会うこと自体、多くないはずです」


 まぁ地上を移動してたら、出会ってないかもしれないな。


 ヨーリドにエンカウントしたのだって、数千キロ移動した後だ。範囲と確率を鑑みると、かなり低い数値といえる。


「じゃあ出会わず明日、無事に到着出来ることを願うしかないか」


「はい」


 ねちょっとした感触が腕に触れた。


 泥だらけのスーリの手だ。


 さっきからずっと黙ってると思ったら、こんな嫌がらせしてくるとは。


「おま…そんな泥まみれの手で触んなよ……」


 俺の服まで泥がついた。


「スーリは、もう煽ったりしない」


「え?まぁ、それは助かるけど…?」


「うん」


 珍しく神妙な顔して、どうした。


「アベルは死なない」


「お前が大人しくしててくれたら、俺が死ぬリスクは減るよ」


「アベルは赤ちゃんだからな。スーリが守ってやる」


「……」


 思い返すとコイツって、出会ってからずーーーっと上目線だよな。


 実際強いらしいけど、いまいち俺はその強さが分からない。


 毎日スーリの暴力を受けてても、もうほぼ完ぺきに回避出来るし、当たらなきゃどうってことない。


 魔法だって土饅頭作ることと変身くらいしか出来ないくせに、何故そんなに自信たっぷりなんだ。


「そんなことより、お前その泥まみれの恰好で、ゴルディに乗るなよ」


 クラッシュしかかったとはいえ、まだ新車ほやほやなんだぞ。


 スーリは自分の惨状の自覚がなかったのか、不思議そうに自分を見おろしてる。


「風呂どこだ?」


 風呂設備なんて、ゴルディにはない。


「ねーよバカ」


「バカっていうな!」


「一緒に水がある所に行きましょう」


 俺とスーリが殴り合いを始める前に、イヴが提案してくれた。



 そんな都合よく水場あるのかな?


 地図を見ると、そう遠くない場所に川があるみたいだ。地図を作った二人も知ってるんだろう。


 川の方向へイヴがスーリの手を引いて、森に入っていった。やっぱり場所は分かってるらしい。汎用性高い能力だな。




 地面転がる幼女ならまだしも、俺は風呂なんぞ数日入らんくらいじゃ死にはしないから、二人を見送った。


 ていうかそもそも誘われなかった。 


 結界張ってあるから大丈夫だけど、暗い森で一人お留守番って、5歳児(中身35歳独身)が可哀想だと思わんのかね。





 ……もしかして、イヴも水浴びしたりするのかな?


「……」


 俺はおもむろに立ち上がると、二人を追いかけて駆け出した。


「俺も行く!」


 いやほら、5歳児とはいえ、スーリに泥も付けられたし、やっぱり清潔さって大事な気がしてきたからさ。

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