エンカウント

 旅の準備は、あっけないほど簡単だった。


 だって飯は魔法で作れるし、燃料は魔力だ。そもそも持ってくものが多くない。


 着替えとスーリ本人のたっての希望で、森の土を少し積み込んだ。


 故郷の土を棺桶に敷いて旅する吸血鬼かよ。



 イヴ曰く、子供は魔法食だけだと肉体が育たないらしくて、果物もいくらか積んだ。


 行先の村が無人だった場合、いつ補充できるか分からないからな。


 あとは水くらい。


 いざとなったら不味さを我慢して魔法精製水飲めばいい。

 


 それと内装も、ちゃんとこだわった。


 備え付けたベッドとソファは、三人で寛ぐには充分だ。


 ちょっと豪華なキャンピングカー然としてる。


 どこもかしこも、ピカピカの新品。


 惜しむらくは、新築とか新車特有の新鮮な匂いが無いことだ。


 無臭。






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 俺たちは次の日、陽が昇り切らないうちに出発した。


 俺やスーリはともかく、イヴは長年過ごした小屋に、さよならしたんだ。


 もう木々の合間に見えなくなった小屋の方を、まだ見つめてる。




 シャラハ様にも挨拶してから出発しようと思ったが、森に呼びかけても出てきてくれなかった。


 イヴが言うには、人の前に姿を現すことは、滅多に無いらしい。


 スーリは「また森を燃やせばいい」と物騒なことを言っていた。やるわけないだろ。


 デコピンしといた。




 ゴルディは例のごとく、直進オートパイロットで放置してある。


 速度はマッハに届くかどうかって程度。


 改良によって、Gもさほど気にならないし、気温も下がってない。


 俺ってば有能すぎ。自分で自分を褒めるのは、俺の得意技。


「はやい!もっとはやくしろ!」


「充分早いんだよ」


 スーリも絶好調だ。


 これ以上早くすると、お前ネバネバし始めるだろ。


 それに結界にも自信がない。


「ここ!開けろ!風がない!」


「他のお客様のご迷惑になるので、大人しく座ってやがれ下さい~」


 叫ぶ幼女を諫めつつ、俺だってすごく楽しい。


 全ての景色を置いていくこの爽快さに、楽しくならない奴っている?


 まぁ試運転の時ほどじゃない。スピードもそこまで出てないし。




 自分の手に目を落とすと、指輪が鈍く光ってる。


 俺はアクセサリーをするタイプじゃなかった。なのにこの指輪が、しっくり指に馴染んでるのが驚きだ。


 自分でも説明しにくいが、この指輪は"俺の物"って感じがする。まぁ実際俺に作ってくれたんだから俺のものなんだけど。


 このガルナで何一つ持ってなかった俺が、初めて所有したものみたいな感覚。小学校入学の時のランドセルみたいな?

 



「オルーナビスだ」


 スーリの言葉に、窓に目を向ける。


 かなり遠くに点々と、コバエの群れみたいなのが見える。この距離なら、実際はクジラくらいのデカさだろうか。


 万象を見て、大きさの解釈が大幅にバグってるが、クジラサイズが大量に群れてるってのも凄いな。


「オルーナビスって?」


「オルーナビスはオルーナビスだ。あいつら空で生きて空で死ぬから、スーリはちょっとしか食ったことない」


 翻訳されないってことは、俺の知識でイメージに合う動物がいないんだろう。


「へぇ。お前めっちゃ目いいのな。俺には何か居るな程度しか分からん」


 操縦してないと景色を楽しむ余裕がある。試運転の時、二人が外に釘付けだったのも頷ける。


 スーリが時々指さす先に、色んな生物がいるらしいが、残念ながら近いと速すぎて見えないし、遠けりゃ遠いで見えないから、どれも形状がよく分からなかった。



 きっと地球では想像出来ないような見た目のやつもいるんだろうな。



 小屋に住んでた時は結界もあったし、あまり生き物がいない世界なのかと思ってたが、そうでもないらしい。


 でも地球ではハンターですら、獲物を探すのに苦労すると言うし、自然環境で野生動物を目にする機会は多くはない。


 ガルナの広さを考えると、きっとゴルディの速さで走ってるから、こんなに様々な生き物を見れたんだろう。

 

「グリフィンだ」


「どれだ!?」


 知ってる名前が、やっと出てきた。


 グリフィンって、あれだよな。鷲の頭に獅子の体の空想生物。それを見れるのか!


「あれだ」


 うん……。はるか遠くの樹上にアリンコみたいなのが見えたわ。かろうじて生き物っぽく感じるシルエット。


 ちゃんと見たかったなぁ。


 四肢以外に翼を持つっていう地球の生物の構造では、ありえない姿。


 六肢だぞ、六肢。昆虫から進化でもしたのかよ。


 巨大な蛇が空飛ぶ世界で、進化に疑問を持つのも変な話か。



 早く行動したいからゴルディを作ったけど、じっくり旅するとしても、この世界なら退屈しないだろう。



 ゴルディの速度が落ちてきた気がするから、コクピットに戻る。


 魔力を送って加速しようとしたら──…




 巨大な真ん丸な目が、外から俺を見ていることに気付いた。


「!?」


 巨大な生物が、ゴルディと並行して飛んでる。


 速度が落ちたとはいえ、600キロはまだ出てるはずなのに、だ。周囲を見ると他にも5.6匹見えた。


 体格は細長いが、目には瞼があって哺乳類を感じさせる顔つき。胴の大きさだけでも、ゴルディと並ぶデカさだ。


「な、なんか外にいるんだけど!」


 後部の二人に叫ぶ。


「ヨーリドがきた」


「ゴルディの風で遊んでいます」


 イヴの落ち着きぶりに、俺も冷静になる。


 危ないものじゃないらしい。


 その言葉通り、ヨーリドと云うその生き物は、ゴルディが生み出す風に触れて、クルクルと回り、遊んでいるようだ。


 ボートにじゃれるイルカに、そっくりな行動。



 よく見ると、なかなか可愛い顔してる。キツネみたいな鼻の高い顔が毛に覆われて、細長い体には透明な三対の羽。


 それは虹色に光って、まるでステンドグラスだ。


 なんだかツギハギっぽく感じるその容姿に現実感が薄れるが、俺を見つめるその目には意思を感じるし、羽を巧みに操って風に乗る動きは、明らかに動物だ。


 確か最速のトンボの大きさを人間に置き換えると、2000キロ近い速さと聞いたことがある。


 重力を無視出来るガルナで、この巨大さなら、どれだけのスピードが出るんだろう。


 こいつらとゴルディを競わせてみたくなる。


「ヨーリド!ヨーリド!」


 動物園のガラスを叩く幼児そのものの体で、スーリがわめく。


 騒ぐ幼女に興味を引かれたのか、スーリが叩いている窓側にヨーリド達が集まって、代わるがわる覗き込んできている。


 ガラス越しに動物と交流しているかのような、その姿は微笑ましい。


 突然、ぐわっとヨーリド達が口を開けた。


 開かれた顎にびっしりと並んでいる牙は、やっぱり獣だな。


 大きく口を開いたまま、彼らはゴルディと並走し、何故かどんどん大きくなってきた。


「なに?なんかデカくなってない?」


「風を飲んでいます」


 風を飲むってのも分からないが、大きくなるってどういうこと?コイノボリみたいになってるけど?


 イヴの実況は無駄がなさすぎる。


 イルカがジャンプするみたいなパフォーマンスを、やってくれてんのかな?ずいぶん人懐っこい連中だ。


「おそらく襲ってきます」


 イヴの言葉と同時くらいに、空の獣たちが機体に体当たりしてきた。


 同時に爆音と衝撃を全身に感じる。


 ただでさえ高速走行中だったゴルディは、まるでコマのように、スピンして吹っ飛んだ。


「そういうことは!!!早く言ってくれよ!!!」


 遠心力とGを全身に受けながら、俺はそう叫んだ。

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