魔力制御装具

 ゴルディの改良に関して、どうしても欲しい魔法があった。


 "結界"だ。


 使えたら機内の温度も、機体の氷結も、そしておそらくGにも対応出来るはずだ。


 短時間のフライトでも、スーリが形を留めることが難しくなった。


 だから適度に休憩を挟むか、速度を抑えるしかない。


 休憩を挟むことを考えると、やっぱりスピードは欲しい。


 ゴルディの構成上、どうしても初期加速で、魔力を多く消費してしまう。


 森の木々の上を走る想定だから、樹下に降りたら再出発の上昇もきつい。


 水平移動じゃなく、上下移動の魔力消費はマジでハンパないんだ。


 飛行機に出来なかった理由もそれ。


 そもそも、みっちりと巨木がひしめく森だ。


 地上を走るには、障害物が多すぎるし、そうそう降りられる場所があるとも思えない。


 だから結界の張り方をイヴに教わった。


 だいたい、いつも通りの「イメージするだけです」だけなんだが、とりあえず教わろうとしたんだ。



 結果から言うと、俺はイヴのようには、結界を張れなかった。



 結界ってのは、魔力で代わりにダメージを受ける。


 しかも対象が高速で移動しているなら、その消費量は倍増する。


 それを維持し続けるのは、あまりに非現実的──魔法世界であっても──だった。


 もっとこう結界!って張ったら、コストなしで継続させられると思ってたから、がっかりだよ。




 仕方ないから、その分重くなってしまうが、機体を二重構造にして、温度の確保をした。


 外部のダメージは問題なかったから、結界は内側に張って、Gをある程度抑える。


 一人でキツかったらイヴに手伝ってもらおう。


 完全にGを感じなくなったら、つまんない気もするから、まぁいいや。




「アベル」


 ゴルディをいじる手を止めてイヴを見ると、手にランタン持ってる。もうこんな暗くなってたのか。


「ありがと」


 ランタンで手元を照らされて、作業がやりやすくなった。


「明日出発しますか?」


「うん。まずルクのルーツを辿ろうと思う。家族がいるなら探したいんだ」


「はい」


 13000キロ離れてるとはいえ、一番近い村だから、何か情報があるかもしれない。


 会話が途切れた沈黙の中、イヴは小屋を見上げてた。俺も一緒に見上げる。


 ひと月足らずだったと思うけど、もっと長く過ごした気がする。


 そこで、俺はやっと気づいた。




 完全に自分のことしか考えてなかった。


 イヴにしたら、俺に付いて来る理由なんて無い。


「いいの?ここを離れても」


 正直、ここに戻ることは全然、考えてなかった。


 行先の村がダメなら、その次の村へと移動していくつもりだった。


 そしてそれは、この場所から、彼女を引き離すことに他ならない。

 


 旅の先で何が起こるかも分からないし、ずっと遠くまで旅することになったらどうする?


 一番近くて13000キロだぞ、この世界。


「アベルの側にいると約束しました」


 確かに君は、そう言ってくれた。


「そんな約束だけで?」


「はい」


 誰かを道連れにするってことは、相手に対して責任が生じるってことだ。


 それを負える自信がない。


 このガルナでは、俺は無力だ。


 でも、この先ガルナの旅で、イヴなしでやっていく自信もない。


 俺は厚意に甘えるしか出来ない。


「ありがとう」


 君がここに留まる理由が、なかったんだと思いたい。





 イヴが俺に向き直って、手を差し出してきた。


「ん?」


「魔力制御装具を渡します」


 彼女の手に光が現れる。


 細い指に誘われて、フレアを纏うリングの形になった。


 枝で編まれた直径30センチくらいの細い輪だ。


 孫悟空みたいに頭に嵌めるのかな?緊箍児だっけ。


「よく使う手はどちらですか?」


「右利きだから右かな」


 リングは、くるくると光をまき散らしながら小さくなり、俺の左手の人差し指に嵌った。


 光を失ったそれは、金属と木の中間のような質感で、木目がゴシック模様のように浮き上がる、幅の広い指輪になった。


 熱そうに見えたのに、ひんやり冷たい。そしてぴったりフィットして、ゆるくもきつくもない。


 デザインは気に入ったけど、子供の手にはちょっとゴツい。


「出発に間に合って、良かったです」


 スーリの装具より、かなり時間が掛かってたんだな。


「ありがとう。これって、どんな効果があるの?」


「意識のない時に、魔法を発動させない為のものです」


「あーね。寝てる時とかに、魔法ぶっ放したら怖いよね」


 夢の中で魔法使ったら、現実でも使ってた、なんてなことがあるかもしれない。


 もちろん俺がやらかした、森での暴発みたいなのも防げるんだろう。


「イヴもつけてるの?」


「私はつけていません」


「アベルは、バカな赤ちゃんだから必要なんだ」


 スーリが割り込んでくる。


 はい、また出た。お子様扱い。もういいよ。慣れたわ。


「ていうか、お前もつけてるからな?同類だからな?」


「スーリはバカじゃない!アベルのせいで弱くなった!アベルが悪い!」


 繰り出される、ちっちゃな拳。


 見た目に騙されちゃいけない。こいつの素人パンチは、ヘビー級チャンプのストレートに匹敵する。


 一発でも食らうと治癒魔法が必要なレベル。


 俺はスイスイとかわして、スーリにデコピンする。


「大人になるとコレ使わなくても、制御出来るようになるの?」


「トリガーを決め、それが馴染めば、不要になります」


 ますます怒り狂ったスーリの攻撃を避けながら、会話を続ける。


「トリガーて?」


「魔法陣であったり、複雑な呪文であったり、魔法具であったりと人それぞれです」


「色々あるんだね」


 呪文唱えたり魔法陣使うのとかって、ファンタジーって感じでかっこいいな。


 拳を振り回し続けるスーリが、いい加減うざくなってきたので、腕を掴んで持ち上げる。


「はなせ!おろせ!アベルのバカ!」


 ぎゃーぎゃーわめく粘菌幼女。


 だいたい、お前は上半身に動きを集中させすぎなんだよ。


 足も使え、足も。


「イヴのトリガーってなに?」


「展開、接触という二段階での発動です」


 イヴが指を小さく、くるりと動かした。


 その指の軌跡に、光る球がいくつも並ぶ。


 そしてその一つに触れると、小さな水流が空中に渦を巻いた。


「これが私の魔法です」


 そういえばイヴが魔法使う時って、いつも光の欠片っぽいのが先に出てたな。


 スーリが、またあの目でイヴの魔法を見てる。


 人間の魔法を学んでいるのか。


 俺も負けてられない。


「複数のプロセスを経ることで、誤発動を避けてるって感じ?」


「はい」


「なるほど。俺もそのうち、発動方法を決めた方が良いんだね」


 思っただけで放てる魔法だからこそ、危険があるんだろう。


 ショットガンの引き金に、いつも指を掛けてるのと同じことだ。


 腕も痺れてきたし、スーリを下ろす。


「もっとだ!もっとやれ!」

 

 地面に足が付くと、ぴょんぴょん飛び跳ねて喚く。


 降ろせつったの、お前じゃん。


 その姿は高い高いをねだる幼児にしか見えない。俺だって子供バージョンなんだから、腕ツラいんですけど。


 しょうがないから、また持ち上げて乱暴に揺する。喜ばせただけだった。


 甥っ子思い出すなぁ。元気にしてるだろうか。


「アベルは魔力が強すぎるので、大人になるまでは、付けておいた方がいいです」


「スーリより弱いって言ってなかった?」


 高い高いされて喜ぶ幼女より弱いっていうのは、割とへこむことだよな。


「魔力を大量に保有するアベルは強いですが、大地に触れているスーリは、更に強いです」


「ああ、だからコイツ空にいると弱くなるって言ってたのか」


「スーリは蓄えられる魔粒子が多くないので、大地から得た力を、アベルに渡しています」


「そうなの?」


「必要な時に、アベルから吸収しているようです」


「……お前、俺を蓄電池代わりに使ってんのかよ…」


 粘菌幼女を、更に揺さぶる。


 犬だったら嬉ションしてるレベルで喜んでいる。



 こんなおバカそうな粘菌幼女でも、大地の魔力を直接使える時は、すげー強いわけか。


 蓄電池というより、ミツバチの巣箱とも言えるな。


 こいつは俺に魔力を溜め込んでるが、その魔力は俺も使えるわけだし。


 お互いメリットがあるなら、まぁいいか。

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