転送魔法こわい

 

 日本語も理解してるスーリは、端数がない数字で教えてくれるのは助かるが、13000キロって言ったら、日本から、アメリカ通り越してジャマイカ行っちゃう距離なんですけど?


 俺が聞いたのって、一番近い村の位置だよな?


「ここから獣がいた場所の湖までは、どれくらいの距離だ?」


 質問を変えてみる。


「32キロくらい」


 現実的な数字を答えられた。


 イヴが俺を連れて行ってくれた時に、夜を超えると言ってた事と見合う距離だ。


 5歳児連れで平坦でないルートなら、そんなもんだろう。


「……」


 万が一、13000キロが正しい数値として、飛行機もないこの世界で、どれくらいかかるかと言うと、約1年半。


 一日の移動距離を30キロとして、もちろん舗装された道路を使う想定をした数値だ。




 眩暈がした。今回はスーリに魔力吸われたせいじゃない。




 改めて地図を見てみる。


 大陸や海の形が分かるくらい縮小すると、イヴの小屋と最寄りの村は、距離が近すぎて完全に重なる。あんなに大きかった湖が点ですら見えない。


 地球と同じサイズの惑星とは思ってなかったが、ガルナってどんだけデカいんだ。


 太陽レベルか?いや太陽の直径は確か1400000キロ。比率に合わない。


 ガルナは太陽より遥かに大きい。




「……詰んだわ……」




 この森に人類の痕跡が一切なかったこと、イヴのバグった距離感と曖昧な説明、地図見ても規模が推し量れなかったこと。


 全部納得がいった。


 樹木や獣のサイズが違うのも、引力とか大気圏の高さとかのせいかもしれない。




 そこで俺はハッとした。


「ワープ?とか転送魔法みたいなのはないの?」


 そう。ファンタジーではよくある、転送魔法。


 まず魔法で可能かどうかを考えるなんて、柔軟な考えが出来るようになってきたんじゃないか俺。


「以前はあったそうです」


 やっぱあるんだ。流石魔法世界。


「なんでなくなったの?」


「いくつかリスクがあるからです」


「着地失敗とか?」


「それもあります。大地は球体なので、遠い場所を直線的に指定すると空中か地中に出ます」


「それはこわい」


「座標を指定する形もあったそうですが、対象の体積分の粒子の消滅と発現が伴うので、僅かですが領域が歪みます」


「それもこわい」


「そのどれもを解決する魔法も編み出されましたが、もう使われていません」


「え、なんで?」


「誰かが言ったそうです。『転送されてきた彼は、本当に彼だった存在なのか』と。そして、それを誰も証明出来なかったので、使われなくなったそうです」


 スワンプマンみたいな話だな。


 "使わなくなった"だけなら、その魔法技術は、まだあるんだろう。


 あるとしても俺は、そんな話を聞いたうえで使う気にはなれない。





 ワープの夢が崩れ去り、地道に足で移動するしかないと分かった。


 他の人類に会いに行って情報を集めるっていう目的を捨てて、ここでのんびり暮らすか?


 年単位の旅なんて──しかも文明の利器が一切ない状態で──そうたやすく決断出来ることじゃない。


 そもそも、その村に行けば確実に成果があると分かっているわけでもない。


 この世界には魔法がある。


 きっと俺が理解している以上に便利なものもあるだろう。


 もっと魔法を理解してからなら、他のいい案が浮かぶかもしれない。


 俺は今、5歳児だぞ。


 少なくとも、もう少し成長して、魔法も熟練度上げてから出発するのが合理的じゃないか?






 ……だめだ。俺の体が成長するってことは、ルクの時間を奪うってことだ。



 行動しなきゃ物語は動かないって言ったが、そうじゃない。


 これは物語じゃないんだ。俺の人生。


 リアルタイムで生きてる時間だ。


 ページをめくって"さぁ18歳になったぞ!旅立とう!"なんてわけにいかないんだ。




 日本でだって、もっと早く始めればよかったって何度も後悔したろ。


 もっと早く勉強しておけばだの、もっと筋トレしておけばだの、もっと早く告っておけばだの。




 明日死ぬかのように生き 永遠に生きるかのように学べ、ってガンジーも言ってた。





 なら俺が行動を起こすのは、今だ。









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 出来ることから始める。


 スーリとイヴに地図のブラッシュアップを任せて、俺は一人、小屋の外へ出た。



 イヴに作ってもらった釣り針を出し、イメージする。


 思い描いた通りに、真っ直ぐな針状の金属が出来た。


 この程度の変形なら、もう気軽に出来るようになったな。


 次は熱だ。指先で針を詰まんで、熱を送り込む。


 ポットの水や石を熱した時と同じ感じで、これももう手慣れたもんだ。


 赤くなるほど針を熱し、そして冷ましてから水に浮かべた葉の上に置く。


 しばらくゆっくりと舳先を回した針葉船は、一方を指し静止した。


 何度か試して同じ方向を向くことを確認する。


 

 これで熱残留磁気を利用した、手作り方位磁石の完成だ。

 


 鉄分が少なかったら、上手くいかない可能性もあったが、どうやら成功したようで良かった。


 ガルナが惑星である限り、磁場はある。


 南北どちらを指しているかは不明だが、名称なんてどうでもいい。


 指標となる方向さえ分れば、今のところ問題ない。


 ガルナの太陽が地球と同じ軌道か分からないが、とりあえず日没を西として、北をあっちと定めよう。


 記憶が確かなら、ちょうど湖の方面だ。


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