地球人なめんなよ

 コンパス作りをしていただけで一日が終わってしまった。


 仕事してた時は、3徹くらいはいけたけど5歳児にはきつい。


 体力ってのは年と共に衰えるだけじゃなく、培われる面もある。


 そう思うと人間の体ってMAX状態の時代って、ものすごい短いよな。




 イヴとスーリに任せておいた地図は、精度がかなり上がっていた。


 森や川も描きこまれ、これなら出発前にルートを確認しておくことも出来そうだ。


「イヴはこの村?集落?知ってるんだよね。前言ってたやつ」


 出会ったその日に聞いた気がする。


 あれ?でも方向が違う気がする。


「その村とは違います。私が知っていた村は、もう滅びたそうです」


「そうなの?」


「スーリがそう言っていました」


 一つの村が滅ぶって、おおごとじゃないか。


 病気、災害、過疎、現代日本なら考えられないが、あんな獣がいる世界だ、獣害もありえそうだな。


「その村には馬車とか使って行ったの?」


「馬車とはなんですか?」


 やっぱり歩きしかないのか……。


 まぁこんな起伏の激しい森じゃ、馬車なんか使えるわけもないし、それは予想してた。


 ルクの記憶では馬車が使われてたから、もしかしたらと思ったんだけどな。




 ……ちょっと待て。


 ルク達は、人里から13000キロも離れた場所に、どうやって来たんだ?




 何一つ解決しないまま、謎だけが増えていく。


 とにかく少なくともコンパスさえあれば、いつでも戻ってこれるだろう。


 今は行動することだけ考える。うん。


 針が出来たから、市販のコンパスと同じように支えを作って、小さな透明な容器に入れてみたら、スーリに奪われた。


 それを振ったり回したり、噛んだり(なんでだよ)しながら、ずっと遊んでる。


 万が一、壊されてもすぐ作れるから、放っておいてる。


「スーリ、この村以外にほんとに近くに集落はないのか?」


「スーリは知ってることを教えただけだ。知らないことは知らない」


「無駄に哲学的なこと言いやがって…。じゃあお前が知らないだけで、他にも人がいる場所があるかもしれないんだな?」


「うん」


「うーん。だとすると…。温泉地みたいな場所があったら、スーリ達は熱すぎて知らなかったりするのかな。もしくは高い山とか……」


「空のこともスーリは知らないと思います」


「……空?」


「空に住まう人たちです」


 ちょっと考えれば分かったことだ。


 物を積んだ紐を浮かせられるんだ。空に人が住んでいたとしてもおかしくない。


 そうだよなぁ。魔法の世界だもんなぁ。


「それはどこにあるの?近い?」


「わかりません。移動しているそうです」


「そうか…」


 空なんて、どうやって行くんだよ。移動してるならコンパスも無駄だし。


「やっぱり人が確実にいるって分かってる、この村を目指すのがいいな」


「今もいるかわからない」


 スーリも地図を覗き込んでくる。


「はい?だってお前がここに人がいるって言ったんだろ」


「うん」


「うん、て」


「固い岩に阻まれるってスーリは言った。中がどうなってるかスーリは知らない」


「沢山人いるんだろ?そうそう全員で、お出かけなんてしないだろ」


「二つ足の命は短い」


「…待った。お前の情報って、いつの?」


「んー…」


 また考え込みだした。


 すっげ嫌な予感がするんですけど。


「300年前くらい」


「だーーーあーーーーー!そうきたかーーー!!」

 

 絶望に叫ぶ。


 だって俺が一生懸命あれこれ考えているのに、それを前提から覆してくることが多すぎる。


 スーリは大地の兄弟たちとやらから情報を集めてるだけだ。


 情報の共有であって、通信システムのようなものじゃないとすると、いわゆる伝言ゲームみたいなものと推測できる。


 その情報が古いことは予想しておくべきだった。




 300年……。少なくとも村がそのままの可能性は低い。




 やるせなさを抱えて、ほとんど不貞寝のように、その日はベッドに入った。









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 朝になっても、気力が湧かなかった。


 目標定めるごとに、新しい要素が出てきて出鼻をくじかれる。


 イヴとスーリも、ここ以外の場所の知識では頼りにならない。


 そもそも粘菌だった奴と、人と関わらず森で隠者のように暮らしてる子だ。地球だったら、どっちのタイプもいないわ。


 スーリの地図は確かに役に立った。


 でも地中の微生物が認識できる程度の情報だ。国やら文化やらの情報はゼロ。せいぜいそこに住む生物が分かるくらいだ。



 もしかしたら、この森もどこかの国に属してる土地の可能性だってある。


 地球でなら"持ち主がいない土地"なんてありえない。


 でもガルナだからなぁ。


 人類はあればあるだけのリソースを使いまくるような気もするが、そんな強欲な生き物が、ガルナを食いつくしてない。


 ってことは、やっぱり文明はあまり発展してないんじゃないか?




 やる気が起きなくて、ベッドでゴロゴロしてると、スーリが俺を揺すってきた。


「なんだよ」


「スーリは空行かない」


「はぁ~?」


「大地から離れるのはいやだ」


「ああ、空の村の話か。どうせ行く方法ないから心配すんな~」


「空にいるとスーリは弱くなる」


「ちょっと~今~これ以上めんどくさいこと~考えさせないでくれ~」


「アベル死ぬのか?魔力いるか?」


「……」


 俺は顔を上げて、幼女の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。


「死なねーよ。ちょっと頭がいっぱいで疲れただけだ」


 起きるまで揺すってきそうだったから、仕方なくベッドを降りた。


「おはよう、イヴ」


 いつもと同じくイヴは窓際で外を眺めてた。


「はい」


 食事を済ませて、何をするでもなくテーブルに突っ伏してた。


 やる気って大事なんだよ。そしてやる気を出すには具体的な目標って大事。


 うるさい幼女に、飴玉一つ出してやる。


 噛まずに舐めると長く楽しめることに気付いたらしい。


 カラコロ歯に当たる飴玉の音がうるさい。お前マジで何しててもうるさいのな。


「いつ行くんだ?二つ足のところ」


 力なく突っ伏す俺のおでこを、ぺちぺちと叩きながら聞いてくる。


「俺だって早く行きてーよ。でも人がいないかもしれないんだろ?それにすっげー遠いし、いい方法が思いつかねーんだよ」


 13000キロってのは、ちょっと行って確認してこよー、なんて出来ない距離なんだよ。それすら分からんのか。この粘菌。


「新幹線で行けばいい」


「だからぁそれは地球の場合だろー。ガルナには……」


 言葉を途切れさせた俺をスーリが首をかしげて見てる。


 俺は勢いよく立ち上がった。


 その拍子に、ガタンと音を立てて椅子が倒れた。


 イヴが驚いた顔で振り向く。


 …気のせいだった。いつも通りの能面。






 俺は外に駆け出ると、地面に設計図を描き始めた。


 無けりゃ作ってやるよ!"移動方法"を!


 俺はこの世界では確かに無知だが、何も知らないわけじゃない。


 既に知ってる地球の知識と、ガルナで得た僅かな知識だけで、やれることはある。




 ──重力を無視出来る魔法…万能紐のように


 ──エネルギーを充填できる物質…ランタンの芯のように


 ──柔軟で丈夫で透明度を調節出来る素材…小屋の窓のように




 ……そして俺の技術。建築家の腕が鳴る。




 魔法弱者の地球人なめんなよ。

 

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