世界が広がる予感

 スーリと俺のやり取りを聞いていたイヴが俺の横に来て、スっと指を空間に走らせると、そこに光の膜が現れた。


 それに描かれる複雑な線を、スーリの球体と見比べる。


 「平面化してくれたの?」


 イヴがこくりと頷く。飴が飛び出さないように、口は閉じたままだ。


 かわいい。

 



 地球全体の地図は沢山あるが、その方法は数多ある。


 地球で一番よく目にするのは、横長の四角のメルカトル図法だ。距離の歪みが大きく極点が描かれないが、角度やクローズアップした形は正確。だから航海図によく使われる図法。


 イヴが作ってくれた地図は、モルワイデ図法に近い。楕円形で描かれるそれは、俺が今、一番知りたい距離感や面積を知るのに向いている。


 図法なんて知らないだろう彼女が作ったそれは、光る膜の両面に描かれていた。


 正面から見た円形と背面から見た円形を、そのままシンプルに写し取ってある。


 等高線ではなく、色の濃淡で高低を表現してあるから、地形を読み取ることも出来て完璧だ。



 イヴがその地図の一か所を指さす。


 その点を中心に地図が拡大される。おおお!SFっぽいな!


 ……ものすごい高速で拡大されたあと、ぽつんと何かが見えた。


 イヴの小屋だ。


 惑星全体の図から一つの建築物まで歪みなく、クリアに焦点を変えられるこの地図は、現代の地球の技術に並ぶものだ。


 衛星もなくデータを受け取る機器もない、わずかな時間で作られたこの模型と地図の技術に驚くしかない。



 ただ一つ難点があるとすれば、小屋の周辺は森を表してるであろう緑で彩色されているが、遠く離れた場所は、全て土色の濃淡のみで作られてる。


 多分イヴが、この小屋の周辺の森のエリアしか知らないせいだろう。


 全部分かってるスーリが作った模型は土色一色。


 もし地図全体を色分けしたいなら、二人の知識と技術を寄り合わせる必要がある。


 まずはそのタッチパネル的な地図の扱いを覚えたい。


「俺もその操作出来るかな?」


「おい!スーリの"モケイ"を見ろ!」


 イヴの地図に夢中になってたら、スーリがめんどくさいこと言いだした。


「スーリの模型はすごいな!そのお陰でイヴが地図作ってくれたぞ。一緒に見よう!」


 こいつは食欲以外に好奇心も旺盛だ。狙い通りテクテクと寄ってくる。


「お前が作ったすごい模型を、イヴが地図にしてくれたんだ。すごい正確だなぁ!お前の魔法はすごいなぁ!」


 ダメ押しで褒めちぎる。


「これが"ヘイメンチズ"か」


 自然界でも、物を配置したり組み立てたりする生物は多い。巣とか。


 でもそれはみんな立体物。


 平面に何かを描くのは人間だけだ。


 そもそも平面を為す"直線"自体が自然界には、あまり多くはない。


 イヴの小屋にあるものも、だいたい細い枝や樹皮を編んだもので、ありのままの曲線を使っているものが多いし。


 "自然は直線を嫌う"なんていう、大昔の誰かさんが残した言葉を、スーリの反応でふと思い出す。


「風のない水みたいだ」


 地球で過ごしていると、人工物はだいたい直線だったから、俺には珍しくもないが、スーリにとっては新鮮だったようで、まじまじと地図を見ている。


 液体が重力で大地に張り付いて作り出される水面は、確かに直線に近いな。


「他の人間がいる場所を教えてくれ」


 この質問を改めてするまで、どんだけ時間かかったんだ。


 スーリは、すいすいと地図の上に指を走らせる。


 もう使いこなしている。俺より適応力が高いな。


 でも驚くことじゃない。地球でもスマホを使いこなすチンパンジーがいた。


 ……俺はチンパンジー以下だったのか……。




「ここだ」


 目を離している間に、地図の表示が変わってた。


 そこに映ってるのは確かに人工物のようだ。


 折り重なった岩に見えるが、その積み上げ方に人為的なものを感じる。


 でも予想してたより小さい。


 そして高度な文明も感じるような建造物でもない。


 失望を禁じ得ないが、他にも村はあるらしいし、まだ望みはある。


「ここが一番近い。二つ足が沢山いるところ。岩だから中は見れない。スーリ達は阻まれる」


「どういうこと?っていうか、お前どうして離れた場所のこと分かるの?行ったことあんの?」


「シャラハに聞いた。"わかる"こと」


「シャラハ様?会ったのか?」


「うん。牙持ってくる時、しゃべってきた」


「そうなのか。で、わかることって?」


 シャラハ様は、スーリの事を知ってそうだった気もするけど、そんな通りすがりに世間話するような仲なのか?


「シャラハが"知識"と"知恵"を繋げって言った。スーリは兄弟たちより賢くなったから、"知ってる"を"分かる"に出来るようになった」


 はい、意味不明。


「ガルナの土はスーリの兄弟たちがいる。もっと下には、かーちゃんもいる。スーリは、もう二つ足の頭を持ってるから、知ってることを、分かることが出来る」


 地面を足でぺたぺたしながら言う。


「大地全体にいる、兄弟たちの知ってること……つまり情報を引き出せるってことか?」


「うん」


 それって、とんでもないことじゃね?


 だって惑星規模だぞ。


 粘菌だか精霊だか知らんが、スーリの種族は大地に大量にいるらしい。


 それとリンクして遠く離れた場所の情報を得ることが出来るって、規格外だろ。


「イヴ、俺ここに行きたい」


 スーリが示した、集落らしき場所を指す。


「はい。アベルはもう体力を回復しています」


 飴をなめ終わったらしく、いつも通りに返事をくれる。

 

「スーリも行く!」


「えぇ…お前はこの森から出たことないんだろ?ていうか、ちゃんと人間のルールを覚えないなら、連れていけないぞ」


「覚える!」


 返事だけは調子がいい。


 でもどうせ付いてくるとは思ってたし、躾の理由が出来たとポジティブに考えよう。




 こいつは、あの獣ですら無傷で倒せるほど強い。きっと役に立つだろう。


 そう、俺の考えは理論的かつ合理的だ。情にほだされてるわけじゃない。


 慣れない人間の姿を得たばかりで、この森に独りぼっちにさせても、別に全然可哀想とか思わないし、気にならないが、メリットがあるから連れて行く。


 うん。そうだ。








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 具体的な目的が決まったなら、準備に取り掛かろう。


 ほとんど寝てたけど、森での長距離移動は経験済みだ。甘く見るつもりはない。




 地図で確認したが、かなり遠いことしか分からなかったんだ。


 何故ならイヴの作った地図のサイズは、オフィスデスクサイズだったけど、切り株小屋を確認できる大きさに拡大すると、周囲には森しか表示されないんだ。


 縮小すると全面緑すぎて小屋が見えなくなるし、岩の集落も見えない。


 点と点で印をつけても周囲が広大な森すぎて、距離感がさっぱり分からない。


 地図って距離見るためのもんじゃなかったっけ…?



 そういえば長さや大きさですら、数値化する方法がないことに気付く。


 阿部陽一の体だったら身長や指尺で、ある程度は基準を持てた。


 でも俺は今5歳児。ルクの身長が分からないんだから算出できない。


「この世界で、長さや距離はどうやって測ってる?」


 ダメ元でイヴに聞いてみる。


「5.7kmを基準として、倍数と分割数で測っています」


「んん?」


 聞きなれた単位が出てきたぞ。あ!翻訳魔法か!


 単位名称自体が翻訳されてるから、それに合わせて数値も地球のキロ単位になってるらしい。


 1マイル=1.6kmみたいに、ガルナの1単位=5.7kmで計算されている。


 ややこしいな。単位名称も分からん。欠陥翻訳魔法めが。




 そもそも測った距離自体は不変なんだから、端数が気になるが、このままでも問題ないと言えば問題ない。


 にしても1の数値デカくね?


「スーリ、人がいる場所までの距離は分かるか?」


「んー…」


 ちょっと考え込んでる。


「だいたいの距離でいいよ」


 あまりに長く考え込んでるので、助け舟を出す。


「13,000キロくらい」


「なんて?」

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