欲しかった地図

「飴」


 そう。砂糖を加熱して溶かし、丸めただけのものだ。


 複雑な味がなく純粋に甘い砂糖。そして加熱で溶けやすいっていうシンプルすぎるものだから、イメージも容易かった。


 市販されているものは、もっと他に色々添加物が入ってるんだろうが、これは単純に砂糖だけの飴だ。


 いわゆるベッコウ飴。


 香りはマスカットにしてみた。イヴの果樹園にないから、きっと目新しさがあるだろう。


 香りだけで味覚は変わる。


 かき氷のシロップは全部同じ味だが、香りと色だけ違うっていう、あの理屈だ。


「ほら。食ってみ」


 一粒差し出すと、スーリは秒速でひったくっていった。


 そのまま口に放り込む。


 この飢えた餓鬼のような動き、どうにかならんもんかね。


「……おお…おおお……!」


 目がまんまるになって、頬に赤みが差す。


 次の瞬間、ガリィッと飴が噛み砕かれる音がした。


「いやこれ舐めるもんd…」


「すごい!あまいが多い!うまい!あまいのに固い!間違ってる!」


 俺の言葉を遮り、飴の欠片を口から飛ばしながら、興奮している。


 間違ってるってなんだよ。


 スーリは味覚がなかったなら、蜂蜜なんかの味も知らないだろう。


 塩と砂糖は、程度は違うが似たような現象を起こすってことは、黙っておこう。


 なめくじは塩だけじゃなく、砂糖でも縮む。


 塩が問題なかったんだから、知らない方がいい。


「イヴも食べる?」


 差し出した飴は、イヴが受け取る前にスーリの口の中に消えた。


 食い物絡むとマジでハンパないな、お前は。


 新しく作り出した飴を、今度はちゃんとイヴに渡す。


「噛む人もいるけど、本来は舐めて長く楽しむものだよ」


 飴を口に入れ、教えたとおりに口の中で舐めてるようだ。


「気に入った?」


「は…」


 返事をしようとしたイヴの口から、飴が零れ落ちた。不器用さんか。


 食事という当たり前の行動をしなくなると、"食べながらしゃべる"っていう動作すら、人は失うらしい。


 うまい!あまい!固い!とバリバリ飴の欠片を飛ばしながら喚くスーリと、コロコロ転がる飴を追いかけるイヴ。


 飴一つで、ちょっとしたカオスだ。


 そして俺は疲労感がひどい。


 飴玉10個程度作っただけで、この有様だ。魔法はコスパ悪いな。



 ──でも"創れた"。



 無から有の発現だ。


 地球では不可能だったこと。


 この世界でも、そんな簡単なわけがない。


 不可能が可能になる魔法。感動するには充分すぎる。


「スーリ。他の人がいる場所を教えてくれないか?」


「うん」


 賄賂成功。テーブルに飛び散った飴の欠片を、犬のように舐めながら快諾してくれた。


 機嫌を損ねると面倒だから今は放置するが、こいつの躾も今後ちゃんと考えなきゃだめだな。


 あらかたテーブルを舐め終わると、スタスタと外に出て行った。


 俺も付いていく。




 小屋から少し離れた場所でスーリは地面に手をべたっと付けた。


 土が盛り上がり、奇妙なオブジェのように何かを形作っていく。


 上と下が欠けた球体のようなものだ。


 使われた分の土が減ってるんだろう。地面がクレーターのように穿たれてる。


 近づいて見てみると、そのオブジェは、表面が少しボコボコしてる。


 下部は土についているから、中途半端なワールドカップトロフィーみたいだ。


 スーリの背より少し高いくらいの大きさの"それ"の表面に水が走る。


 全体を覆うわけじゃなく、凸凹に沿って広がる水。




 ……!


 これは惑星模型だ。


 広がる水は、海を表現してる。表面の高低は地形だ。


 ものすごい緻密な模型。



 ──欲しかった地図!



「これは、この星の模型か?」


「星?これはガルナだ」


 ガルナが星であると認識してないような、スーリの返事に違和感がある。


 まさか天動説を信じてたりしないだろうな。


 どう見てもガルナは惑星だ。まさか"ガルナ"が地名じゃなく、星の名だったなんて。


 最初にイヴに聞いた時は、そんなはずないと思ったが、既に答えを得ていたのか。

 

「すごいなお前!こんな模型が作れるなんて!」

 

 俺の率直な感動に、スーリも得意気だ。


 いやだって、これはすごすぎるだろう。


 ただ、その模型は完全な球体ではなく、上下も大きくえぐれてるし、それ以外に欠けている部分もかなりあって歪だ。


「ガルナは球体じゃないのか?こんな感じであちこち欠けてんの?」


 重力によって星が丸くなるのは常識だが、魔法がある世界だ。


 物理法則自体すら通じないかもしれない。


「分からないところは作れない。冷たいところと、水の下と、魔力が違うところと、乾いてるところと、熱いところ」


 スーリが挙げた場所は、菌や微生物が少なそうな場所だな。


 魔力が違う場所っていうのは分からんが。


 この模型は、この周囲の状況を知るのには規模がでかすぎるが、それでも"この世界"を知るには、必要な情報だと思う。


「俺たちがいる場所はどこだ?」


 規模が大きすぎて現在地なんて分かりようがない。


「ここ」


 スーリが無造作に一か所に指をぶすっと指すと、ボロボロとその部分の土が零れ落ちた。


 そんなもろいのかよ、この模型!


「ちょ、触らないでいい!壊れる!」


 突然怒られてムスっとするスーリ。


「いやお前すごいな!こんな模型を作れるなんて!ほんとすごいよ!壊しちゃうのもったいないから、触らないでおこう!」


 すかさず褒めちぎる。


「スーリはすごいか?」


「うん。すごいすごいマジすごい」


 機嫌がいい間に、知りたい情報を聞き出さねば。


 いつの間にかイヴも小屋を出てきていて、興味深げに惑星模型を見ている。


 口が少し動いてる。まだ飴舐めてるのか。


「これ平面地図に出来ないか?紙に描き移したり、こう、持ち歩けるように」


「ヘイメンチズってなんだ?カミってなんだ?」


 まったく通じなかった。地球の常識を覆すことを当たり前のようにするのに、地球で当たり前の常識が通じない。


 もどかしい。


 だが俺は建築家。


 畑違いだが、2Dと3Dに慣れ親しんできた人間だ。


 球体のデータから平面地図に変換くらい出来るだろう。


 ……多分時間は掛かるが。

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