ブチギレ幼女

「これは肉じゃない」


 昨夜と同じように、頭から魚をばりばり食べながら、スーリが言う。


 今回の魚は俺だって、欠片も残さず食べたから同じだけど。


「でもうまいだろ。イヴが創ったんだってさ」


「うん。うまい。魔力が満ちる」


「魔力が満ちる?」


「魔法で作ったものだからです」

 

 まるでわんこ蕎麦のように、次々と魚と持ってくるイヴが教えてくれる。


「そうだとは思ってたけど、魚まで生み出せるなんて驚いたよ。他の食べ物も作れたりするの?」


「はい」


「群れる二つ足は、よく食う」


 スーリが魚を咀嚼する合間に、とんでもなく重要っぽいこと言った。


「群れる?人が沢山いる場所、知ってんのか、お前? ていうか、よく食ってるって? ちょっと待った、ちゃんと話せ」


「むぐっご…ぼーばい…」


 口いっぱい魚を頬張ったまま、答えられても分からん。


 お茶のカップを押し付ける。スーリはそれを、喉を鳴らして飲み切った。


「はーっ。二つ足の体は、食いながら喋れない」


「うん、で、人が沢山いる場所を知ってるのか?」


 お茶と共に、大量の魚を飲み込んだスーリが、次の魚に手を伸ばす前に聞いた。


「うん。しってる。あっちとあっちとあっち。あっちとあっちとあっち。」


 あちこち指さす。全部でたらめに思えるほど方向が違う。


 再び手を伸ばしてくるから、魚の乗った皿を引いた。


「だってお前、ずっと土の中にいて、人間のこと全然知らなかったじゃないか」


「さかな!スーリのさかな!」


「おしゃべりが終わったら、好きなだけ食わせてやるから、先に教えろ」


 テーブルに乗り上げてくる。俺は皿を持ち上げて、高く掲げた。


「さかな!」


 スーリの顔がみるみる険しくなり、その髪が波打つ。


「今たべる!」


うねる髪が、テーブルの上のカップを弾き飛ばし、椅子を壁に放り投げた。


「ちょ…!やめろ!スーリ!」


 イヴもすぐ側にいるんだぞ!お前の髪が、そんな動きをしたら……!




 髪ごと抑え込もうと踏み出した瞬間、ぱらぱらとスーリの金の髪が、力なく落ちた。


「……?」


 スーリは自分の髪を掴んで、引っ張ったり振ったりしてる。その仕草は戸惑ってるように見えた。


「なんで動かない!」


 攻撃が止んだのは、本人の意思じゃないらしい。


 金色の髪は、ゆるく波打ってはいるが、攻撃するような力もスピードも、感じられない。


「魔力制御装具のせいです」


 割れたカップを修復しながら、イヴが静かに告げた。


 え?それって俺用じゃなかったの?


「小娘!お前!スーリの髪の毛!戻せ!」


 勢いよくイヴに向き直ったその髪に、小さな三つ編みが揺れる。


 それを結んでいる紐が、ほのかに光ってるように見えた。




 いやそんなの見てる場合じゃない!髪を使わなくてもスーリは強い!


 今まさに、スーリの拳が、イヴの顔に……




 ゴッ!


 鈍い音が響いた。


 ゴッ!ゴッ!ゴッ!連続で叩き込まれる拳の音。




「スーリよせ!」


 スーリの後ろ姿に隠れて見えなかったイヴが、椅子から立ちあがった。


 その姿は何度も殴られたようには思えない。


 それどころか普段の彼女と、何一つ変わらない無表情。


 歩み寄ってくると、俺の手から魚が盛られた皿を取り上げるイヴ。


「いじわるは、しないであげて下さい」


「あっ…えぇ…?」


「小娘!なんでお前死なない!」


 スーリはイヴを殴り続けてるようだが、そのダメージが入ってるようには見えない。


 

 その拳は何かを殴る鈍い音を立ててる。


 まるでイヴの周りに、透明な壁があるようだ。



 ──結界か!



「私はスーリより強いからです」


 そうだったの!?


「うそだ!スーリは強い!」


 スーリは、その格付けに納得がいかないようだ。


「はい。スーリは強いです。食べますか?」


 差し出された魚に、ちらっと目をやってスーリは殴る手を止めた。


「なんなんだよぉ~…お前ぇ~小娘ぇ~」


 でも納得はしてないらしい。精いっぱい、ドスきかせてるらしい声で威嚇してる。


「りんごも沢山あります」


「たべる」


「はい」


 イヴに促されて、すとんと椅子に腰かけると食べ始める。


 瞬間沸騰に、急速冷却すぎる暴力幼女。


「スーリの髪の毛もどせ。小娘」


「いいえ」


「なんでだ!」


「髪を使うとまた魔力が無くなって、その姿も保てなくなります」


「うぅ~……」


 髪を動かすには、かなり魔力を消費するってことか。


 スーリは唸りながら、差し出された林檎を、むしゃむしゃ食べ始める。


 三つ編みの紐が制御装具だと気づいたのか、つまんで引っ張ってる。


 取れないのか?いや本気で取ろうとしていない。


「これしてるからスーリは、こんなに魔力が満ちる?」


 イヴを見上げて、三つ編みを差し出しながら聞いてる。もう敵意は消えている。


「はい」


 イヴの方も、悪鬼の形相で殴りかかってきた幼女に、普段通り接してる。


 どっちもなかなか、いい根性していると思う。


「そんな効果もあるの?それって魔力制御するだけじゃないの?」


 魔力制御自体、どういう性能なのか知らんけど。


「スーリの種族は、自と他の境界が曖昧なので、魔粒子を蓄える力が強くありません。消費を抑える補助効果をつけました」


 横から口出した俺の疑問にイヴは答えてくれたけど、いまいち理解出来ない。


 自と他の境界?俺は自我が強くて魔力が多いって言ってた。


 でも俺よりスーリの方が"我"は強そうなんですけど。


「アベルの魔力制御装具の材料の一部で作りました。構いませんか?」


「うん。スーリの為にもなるっぽいし、全然いいと思う」


 そもそも材料も加工も、お任せしてるんだから文句言う筋合いはない。


 俺の制御装具は、まだもらってないけど。


 スーリ自身も受け入れたようだ。


 三つ編みをクルクルさせて眺めてる。


「よかったな、スーリ。似合ってるぞ」


 声を掛けたら、めっちゃ睨みつけられた。


 俺に対する怒りは収まってないご様子。


 "いじわる"のつもりはなかったけど、そうとう怒ってんな。


 見た目は幼女だが、中身が化け物って知ってるから、正直どう接すればいいのか、こっちだって戸惑ってんだよ。


 本物の幼女相手なら、流石に食事取り上げたりせんわ。


「いじわるして悪かったって」


 無言で俺を睨んだまま、口をゆがめて林檎のヘタをペッと吐き出す。


 まるでチンピラの仕草。


 ……他の人たちの事について今は聞き出せそうにないな。


「……あー、えーと。魚どうやって作ったの?」


 一つ、思い付いてイヴに聞いてみる。イケナイ大人の交渉術。


 謝罪がだめなら、賄賂でGOだ。


「イメージしただけです」


 だいたいの魔法の説明ってそれだよね。


 イメージねぇ。…イメージイメージ。


 俺はテーブルに手をかざして魔力を集めてみた。


 食いしん坊の女の子が好きそうなものといえば、ケーキとかパフェか。


 試そうとしたが、うまくイメージ出来ない。


 なんか内部にカリカリしてるのあったよな?フルーツっぽいのも、入ってたっけ?生クリーム自体の味ってどんな味?と全然具体的に浮かばない。


 作ったことがある人でもない限り無理じゃね?


 なんかまとめて口に放り込んで食ってたから、個別のイメージが無理。






 そして俺が作り出したものが、コロコロとテーブルに転がった。


 既に甘い香りが漂ってる。当然スーリが興味津々に身を乗り出す。


「なんだそれ?」

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