釣りをするぞ!

 塩を手に入れた俺は、いそいそと釣りの準備を始めた。


 新鮮な焼き魚は塩だけで絶品だ。口の中に唾がたまる。


 色々やりたいことも知りたいこともあるが、とりあえず後回しだ!


 体が塩分を欲している!



 果樹の近くの川は幅が広いのに、透明度は高かった。


 日本ではあまり見かけない水底に水草が茂っているタイプだ。釣果もおそらく違うだろう。


 透明度が高い川が釣れにくいのは経験済みだ。


 気合が入る。



 森に落ちてた手ごろな長さの枝を拾ってくる。竿にしようと思ったが、湿気ってるしシナリもないし、強度も不安だ。


 しゃあない。手釣りでいくか。


 どのみち五歳児ボディだと、魚に力負けするかもしれないから、木か岩にでもライン繋げて、中途の部分を板に巻いて調節する感じがいいかもな。



 イヴに頼んだ方が早いのは分かってる。それでも俺は、のび太になりたくないので、やれるとこまで自分でやる。




 うん。頼りっぱなしはよくないからな。





「イヴー。丈夫で細くて長い糸ってないかな?」


 ……しょうがないだろ。釣り糸なんて持ってないし。




「あと小さな金属のフックみたいなのとかない?」


 ……釣り針だって持ってない。


 木を削って作る方法はあるが、そもそも削る刃物もない。




 のび太だって映画の時は、めっちゃ頑張るし。俺にはまだ映画化のターンが来てないだけだ。




 一応イヴにも説明したけど、食うっていう概念すらないなら、釣りだって知るわけがない。


 でも希望以上に応えてくれた。


 あの滑らかな布を織る糸だと思うが、糸巻に巻かれた絹のような糸を貰う。強度を確認したところ、かなり頑丈だ。


 釣り針は、もっとすごかった。


 イヴが地面から金属を抽出(多分)して、それを形成してくれた。


 地中から水銀のように煌めく小さな雫が、イヴの手に集まる様子は、不思議だった。


 "まるで魔法みたいだ"っていう感想が通じない世界だから、相応しい表現が見つからない。


 金属の精錬には、高出力のエネルギーと排水が必須だ。


 抽出と過熱と形成を一気にこなしてしまう、そのイヴの魔法は、簡単に見えて複雑なのかもしれない。


「すっごいな。魔法でなんでも作れるの?」


「地中にあったものを取り出しただけです。存在しないものを作るのは、少し難しいです」


「いや、存在しないものを作り出すのは、俺の基準では不可能って言うよ……」


 多分、この世界で"難しい"と"難しくない"の差は、地球での可能か不可能で分かれてる気がする。


 地中から金属を抽出することは、地球でだって不可能じゃない。


 イヴがやったことは魔法によって、その手順を簡略化しただけだ。


 "難しい魔法"は、地球で言うところの"不可能"。


 魔法の存在で"可能"になるわけだ。


 イヴが作ってくれた釣り針を、まじまじと見る。俺の要望通り、糸を通す穴も、かえしまでちゃんと付いてる。


 単一金属ではないと思う。強度が高く少し銅のような色味が入ってる。


「完璧だよ!ありがとうイヴ!」


「はい」


 意気揚々と川へ向かうと、イヴも付いてきた。


 そんな遠くないから一人でも平気と思ったけど、心配されてるのかな。





 じゃあ、いっちょ俺の釣りテクをご披露しちゃいましょうか。



 この世界で、助けられたり頼ってばかりだったから、俺にも出来ることがあるって知ってほしい。



 川岸の石をめくり、河原虫を探す。


 平べったいタイノエみたいなのがいたから、それを釣り針にセット。長持ちしそうな餌だ。


 手頃な石をラインに結んで錘代わりにして、投げ縄の要領で川へ投げ込んだ。


 使い慣れた釣り具じゃないが、この川の魚はスレてないのは確実だ。



 釣ってやるぜ。




 ……




 ………




 ……釣れない。



 どれだけ時間が経っただろうか。


 え?なんで?ガルナって魚が存在しないの?


 餌を変えたり、キャストポイント変えたりもしたが、ぴくりともしない。


 釣りは待ち時間を楽しむスポーツだ。それは分かってる。


 むしろそれを楽しむために、忙しいバス釣りをやらなかったくらいだ。


 でもここまで長時間、まったく反応がないのは辛い。


 少し離れた大きな岩の上に、イヴは座って俺を眺めてる。


 俺が釣り始めてから微動だにしてない。



「おっかしいなぁ。まぁ慣れてない場所だからなぁ」



 ラインをくいくいしながら、俺は独り言のように言う。



「まぁ地球じゃないからなぁ。魚の習性とかも違うのかもなぁ」



 イヴに聞こえるように言ってる。かっこ悪い言い訳を。



「何をしているのですか?」


 分かってなかったんかい。一応さっき説明した気がするけどな。


「釣りだよ、釣り。魚釣るの。この糸の先の針に魚が掛かったら引っ張り上げる」


「それに関して、もっと聞いてもいいですか?」


 妙にかしこまって聞いてくるんだな。と不思議に感じたが、思い出した。


 リマを埋める時、俺の行動にいちいち質問を挟んできた彼女を、怒鳴ってしまったんだった……。



 イヴにとって"釣り"も不可解な行動なんだろう。


 スーリに記憶を読まれた後、俺の行動で分からないことがあれば、ちゃんと聞いて欲しいって言ったことを守ってくれてるんだな。



 いいよ。もちろん答えるよ。


 釣りのテクニックから道具の説明、なんなら川魚のレシピだって教えてあげよう。


「うん。なんでも聞いて」


「魔法を使わない理由はなんですか?」


「………」

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