ゴミの定義

「うっま!」


 俺は香ばしく焼いた魚を頬張っていた。


 久々の新鮮なたんぱく質は涙が出るほど美味かった。


 覚えのある川魚の味だが、見た目は結構違う。


 胸鰭が肉厚でウロコのでかいシーラカンスみたいなのもいたし、尾が二股になってたり、体表が硬質で岩みたいなやつとかもいた。


 視覚ってのは食事においても大事なもんで、奇抜すぎる見た目の魚はそのまま逃がしてきた。




 釣果は、あのままゼロだった。


 ワタを抜いて紐籠に入れてある魚は全部、イヴと一緒に魔法で取ってきたものだ。



 ポットを直そうとした時に試した、網状のイメージの魔法だ。川に網を想像して引き上げる。


 それだけで、ものすごい大量の魚が捕れた。



 俺の釣り餌を完全スルーしてたくせに、こんなに魚がいたのか思うとちょっと切ない。



 腹を開くのに刃物が欲しいって言ったら、釣り針と同じ要領で、小さなナイフを作ってくれた。


 親指程度の大きさだが、五歳児の手には丁度良くて、扱いやすい。



 火を起こして早速焼こうとしたけど、そもそも小屋には火種はない。


 イヴはいつも熱のみを利用してる。


 オール電化ならぬ、オール魔法化の生活だ。


 俺は火の魔法は使えるからやってみても良かったが、ふと思いついて石を熱してみた。


 火と違って燃焼によるエネルギーの拡散が少ないから、効率がいいと思ったんだ。


 熱を送り込んだ石はカンカンに熱くなり、置かれた魚をこんがりと焼き上げてくれた。


 魔法の石焼きバーベキューだ。


 炭火の香りが移らないが、充分美味い。


 ちょっと溝のある石を選んだのも正解だった。余分な脂が落ちて皮がパリパリ。


 マジうま。

 


 そして塩!太古の昔より、人類に寄り添ってきてくれた調味料の王!



「イヴも食べなよ」


 彼女の分も焼いたのに、手を付ける様子がないので勧める。


「はい」


 俺は落ちてた枝を洗って箸として使ってたが、イヴはちょっぴり指でつまんで口に含む。


 しばらくもぐもぐして飲み込んだみたいだ。


「どう?美味しくない?」


 感想がないので聞いてみた。


「わかりません」


「あはは、そっか」


 味覚がないわけじゃないし、食べることが不可能でもないのは知ってるが、食事自体に興味がないのかな。


 まぁ無理に食べさせることもない。


 それにしても折角作ってもらった釣り具の出番がなかったのが残念だ。


 糸から針を外してイヴに渡す。


「糸、返すよ。針は使い道ないだろうけど、糸は再利用できるかもしれないから」


「はい」


「この糸は、どうしたの?」


 この森で買える店があるとは思えない。


 もしかして行商人とかたまに来たりするのかな?


「主のいない蜘蛛の巣からもらっています」


「蜘蛛の糸!?」


「はい」


 そいうえば地球でも、スパイダーシルクって、絹に代わる繊維として研究されてたっけ。


「これだけの糸集めるの大変じゃない?」


 この糸一本作るだけでも、複数の蜘蛛の糸を、より合わせてあるんだろう。


 布を織るとしたら、もっと必要なはずだ。


「いいえ」


「服とかシーツとかで、いっぱい使わせちゃったと思うし、もしまた採集に行くなら手伝うよ」


「まだ沢山あります」


「ならいいんだけど。あ、このゴミどうすればいい?」


 俺は食べた魚の頭や骨に目を落とす。


 ワタは川に流してきた。これもそうした方がいいかな。


 少ない生ごみだから、それで問題なさそうだけど。


 ていうか埋めるだけでもいいんじゃないか。埋める場所なら、いくらでもありそうだし。


「森に置いてきます」


「森にゴミ捨て場があるの?俺も行くよ」


 食後の運動だ。







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 ゴミ捨てには、また"魔力を通した紐"が大活躍だった。


 中身と直に触れるわけじゃないから汚れることもなく、何度も使えるっていう万能紐。


 しかも匂いも全く漏れない。


 イヴも果物の皮や茶滓なんかを持ってきてた。


 こんなシンプルな暮らしでもゴミはやっぱり出るもんだね。



 小屋での生活のことを、ずっと自然と共にある原始的な暮らしと思ってたが、いざ何かをしようとしても、そもそも魔法があるから道具が不要なことが多い。


 そう考えると、現代日本とガルナは、どっちが文明が発展してるって言えるんだろう。


 地球には、沢山の物があって、夜も明るくて、娯楽にも困らない。


 もしも、その全てが魔法で賄えるようになったら、こういうシンプルな生活になるんだろうか。




 俺はなんとなくそうはならない気がした。




 "もっと楽で贅沢な暮らしを"


 "もっと過激な娯楽を"


 "もっと他の人より強い魔法を"


 そう考えてしまうと思う。





「ゴミ捨て行くより燃やす方が早くない?」


「燃やせば灰しか残りません」


「うん、だから後処理が楽になるよ」


「灰を糧とする者は多くありません」


 その言葉の意味は、すぐ分かった。


 僅かに陽が差し込む少し開けた場所でイヴが立ち止まると、その足元に小鳥が舞い降りてきた。


 灰と黄色の斑模様で、ちょっと派手なスズメみたいだ。


 ちょんちょんと飛び跳ねて、チルチルと鳴く。


 人間をまったく怖がる様子がない。


 続いて数羽やってきた。


 それにネズミだかリスだかっぽいげっ歯類。


「この森に、こんなに生き物がいたんだね」


「樹下は暗いので、彼らはあまり地上には降りてきません」


「なるほどね」


 見上げると太く長い幹の上の方は濃く茂ってる。


 陽が差さないせいで地表には苔と、わずかなシダ系植物しかないし、新しく育つこともないんだろう。


 紐籠をほどいて中身をばら撒くと皆せわしなく、それをつつきだした。


 なんとも可愛らしい光景だ。


 イヴが持ってきた果物の種子。果肉と共に、それを咥えて飛び去る小鳥。


「彼らも種を運んでくれるんだね」


「はい」


 俺も紐籠を解いて、ゴミをばら撒いた。


 すかさず、リスだかネズミだかが魚の頭を手に持って、齧りだした。


 君は雑食なわけだ。立派な前歯の為に、たっぷりカルシウムを摂りたまえ。



 白い小鳥がイヴの肩に停まった。


 薄暗い森の中、僅かに差し込む陽の光の中で、小動物に囲まれてるその姿は、さながら宗教画のように神々しかった。



 イヴの手が静かに、されど無造作に鳥を振り払う。


「え、ちょ、鳥嫌いなの?」


 雰囲気ぶち壊しの、その仕草に笑ってしまう。


「いいえ」


 慣れ合う気は無いだけらしい。


 ディズニーのお姫様にはなれないタイプだね。


 きっと残りのゴミ…いや俺らの食い残しも、虫やらスーリの仲間やらに食われて、そのうち無くなるんだろう。


 そして最後には森の一部に還るんだ。




 みんな食って出して死んで、食物連鎖は繋がってる。




 そう思うとその輪から外れた人間──イヴのような──の方が異端に思えてくる。

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