初めての契約

 十数秒でイヴがやってきた。


「知り合いの子ですか?」


 イヴが金髪幼女に視線を向けて俺に聞く。


 状況を見るなりそれ。冷静もたいがいにして欲しい。


 おかしいでしょ!これ!この場面!


「たっ…たすけて」


 イヴに言いたいこと沢山あるけど、とりあえず緊急に助けを乞う俺。


 ベッドに歩み寄ると、俺の足にしがみついている幼女をじっと見るイヴ。


 幼女もやっとイヴの存在に気付いたのか、彼女を見上げる。


 視線を外されると、俺にかかっていた緊張もある程度解けて、さっきよりちゃんと観察出来るようになった。


 最後に見たあの無残な姿は微塵もなく、イヴの手のランタンに照らされる幼女は、ごく普通の女の子に見えた。


 傷一つ見当たらないし、金色の髪はふわふわしてる。それは埋葬したあの子よりずっと長くて、緩いカーブを描いてシーツの上に広がってる。



 ただ似てるだけで別の子なんだろうか?でもなんでここに?


 ていうか。


 全裸だよね。


 え、全裸ってことはやっぱり夜這いだったの?


 俺は気まずくなって目を逸らした。ごめん流石に子供は射程範囲外だわ。


「深奥の方の御使いですか?」


「それってイヴがシャラハ様と話してたこと?」


「はい」


 イヴと俺のやり取りが聞こえているのかいないのか、幼女は黙ったまま、ゆっくり俺とイヴを交互に見てる。


 つぶらなその瞳からは感情が読み取れない。


 この世界って表情筋死んでる率高すぎない?


 シーツを肩からかぶせてあげても反応なし。俺はロリコンじゃないが、幼くても女は女だ。全裸はいかん。



 幼女は、その後も俺たちの言葉に応えることはなく、だいたい俺をじっと見つめてた。


 目的を聞き出すことはおろか、森で死んだあの子との関係性も分からない。


 イヴが差し出したお茶も飲み方が分からないらしく、見つめているだけだ。


 手も出さないから、イヴがそっとその手にカップを持たせてあげた。


 ついでに俺の服を着せてあげてたが、体格が違うからブカブカで短いワンピースみたいになってる。


「深奥の方って?」


 幼女から聞けないなら推測するしかない。とりあえず俺よりは事情分かってそうなイヴに聞く。


「地底を統べる方です。大地ある場所は全てに在る存在です」


 とんでもねーお方だな。遺体を埋めたことと関係あるんだろうか?


「この子って、あれ…ほら…あの子とそっくりだよね」


 あまりに凄惨な出来事だったので、死という言葉を無意識に避けてしまった。


 今生きてるような姿で目の前にいるせいもある。


「姿を借りたのかもしれません」


 胸がちょっとチクっとした。姿を借りた別の存在なら、あの子が生き返ったわけじゃないのか。


 少し、いやかなり、そっちを期待してたから残念だ。


「姿を借りるって…。君さぁ。勝手に人の遺体を真似るのは…」


 もやもやした感情のせいで、少し言い方がきつくなってしまった。


 幼女は相変わらず俺をじっと見ていたが、俺が話しかけると同時に手を差し出してきた。


「なに?」


 差し出された手と、幼女の顔を交互に見る。無反応。


 このちいちゃい手をどうしろっての?


 握手的なつもりで、俺も手を差し出し幼女の手を──…。


「アベル」


「ん?」


 俺の手と幼女の手が触れる直前に、イヴが声を掛けてきた。


 幼女から目を離した一瞬、幼女の髪が空を切って伸び、俺の体に絡みついた。


「うわー!なに!ぎゃー!」


 わめく俺に、更に絡みつく。


 拘束されているが痛みはない。絞め殺すとかじゃないっぽい。


 でも特に多く髪が絡まった俺の手が、幼女の手に徐々に引き寄せられる。

 



 強制握手させられるの!?


「アベルと契約したいようです」


 イヴは飽くまで冷静だ。


「けっ契約!?契約ってなに!?」


「様々な契約があるので、一概には分かりません」


「ええええ!じゃあしない!契約しない!これ外して!」


 しゅるっと軽い音がして、俺を拘束していた金髪が外された。


 …焦った。訪問販売よりタチ悪いぞ、この幼女。


 イヴを見ると、腰にいつも携帯しているナイフの柄に手を置いていた。金髪ぶった切るつもりだったんだろうか。



 初めて見るイヴの"警戒ポーズ"に、俺もおのずと警戒心が高まる。




 息を整えてから、幼女に向かい合った。


 俺の拒否の態度を汲み取って、拘束を解いてくれたってことは、敵意は無いんだと思う。


 そして意思の疎通も可能。

 

 ならまず対話だ。


「あのなぁ。目的は分からないけど、突然契約とか言われても困るよ」


 幼女は無言。


「そもそもなんでその姿?夜中に突然ベッドの中に現れるのも非常識だぞ。ていうかその髪なに?なんで動くの?」


 無言。


「はぁ…なんで俺と契約したいの?」


 無言。


 でも金髪が触手のようにまたうねうねと動き出した。


 また捕らわれるかと思って後ずさって身構える。


 でも絡みつかれることもなく、波打つ金髪はさわさわと俺の腕や足を柔らかく撫でただけだった。


 悪意はないと伝えたいのか?


「大地の種族は、接触のみでしか交流出来ません。地中に住まうからです」


 ああ、なるほど。土の中じゃ声はおろか表情なんか意味ないもんな。


 そもそも姿を借りるってことは、本来は別の姿なんだろう。


 人間の姿を模したからって、人間の体の扱い分かるわけじゃないのかもしれない。


「これってどんな意味があると思う?」


 穏やかに俺の肌を撫でる幼女の金髪を指してイヴに聞いてみる。


「好意的な行動に見えます」


「だよね」


「もしくは捕食の予備行動かもしれません」


「ひぃ。不穏なこと言わないでよ。てかこの子肉食なの!?」


「私にはそれ以上はわかりません。アベルの翻訳魔法なら読み取れるのではないですか?」


「え」


 そういえば俺の翻訳魔法はジェスチャーも翻訳出来るはずだ。


 勝手に発動する魔法じゃないのか?俺がこの子の行動を"言語"として認識すればいいのか?


 犬が尻尾振るのは喜んでる動きとか、猫が耳伏せてるのは怒ってる動き、みたいな。


 相手の感情を読み取る感じで…。



 そう思ったと同時に、何かが頭に流れ込んできた。


(知識)(空腹)(好意)(種族)(寒い)(空腹)(早く)(人間)(好意)(力)


 なんだこれ。断片的な感情みたいなのが流れ込んでくる。


「なんか(好意)とか(人間)とか、よく分からない感情?思念?みたいなのが頭の中に出てくるんだけど」


「思考は言語化することによって理論的な構成になるので、言語化されていないものは、そのような感じなのではないですか?」


「うーんこれじゃあイマイチよく分からないなぁ。まぁ、とりあえず悪意はないっぽい」


「アベルの発する言葉も翻訳されるはずなので、分かりやすい質問をしたら、それに呼応した思考が読み取れると思います」


「分かった。やってみる」


 俺は幼女の目を見ながら問いかけた。


「君は俺に攻撃したりする意志はないんだね?」


(好意)


「ならよかった。俺と契約したいのかな?」


(好意)(力)(好意)(早く)(好意)


「待って待って」


 分かろうとすれば単純な話だった。


 言葉じゃなく感情がダイレクトに伝わってくるから、好意の嵐に照れくさくなる。


 当の幼女は微動だにしてないが、髪だけは柔らかく動き続けてる。


「君が俺に友好的なのは分かったんだけど、契約ってのがなんなのか分からないんだよ」


(早く)(好意)(不満)(好意)(早く)(人間)(不満)


「あーまぁ不満だよな。うーん。ねぇイヴ、契約することによるデメリットってなにがある?」


「特にないと思います」


「ないんかーい!」


「今のアベルには、ということです。アベルは弱いので、強い深奥の種族との契約は、良いことだと思います。それに契約をすることによって言葉の疎通も出来るようになるはずです」


「え、俺強いんじゃなかった?」


「この子よりは弱いです」


「うん…そっか。分かった」


 身も蓋もないこと言われた気がするけどおいとこう。


 ていうか、契約ってファンタジーでいう所の従属だよね多分。


 強い召喚獣をゲットみたいなノリでいいのかな。


 そう考えるとラッキーじゃんこの状況。


 名前とか付けたりするのかな?なんか良さげな名前考えちゃおう。


 可愛い子だから可愛い名前とかがいいよね。クラリスとかアリスとかどうだろ?


(契約)(人間)(好意)(早く)


 腕にさわさわと触れる髪から、思念が伝わってくる。


 改めて見るとやっぱりあの子にそっくりだ。



 契約して、ちゃんと話せるようになるなら、何故君がその姿なのか聞きたい。



「オッケー。君と契約するよ。どうすればいい?」


(喜び)(好意)(早く)


 幼女がまた俺に手を伸ばしてきた。


 俺も手を伸ばして、その手に触れた。


 こんなに素直な子なんだから、きっと仲良くなれるはず。


 知能はやっぱり獣レベルなのかな?まぁブレインポジションはイヴでもう埋まってるから丁度いいか。


「それでどうすればいいの?なんか呪文とk…」


 俺と幼女の手が触れあってる部分が光りだした。


 思わず目を細めてしまうほどの輝きだ。


 一瞬遅れて熱がきた。熱いくらいだ。幼女の手が熱い。


 そしてその熱が流れ込んでくる。


 これは、魔力か?


 ものすごい勢いで、その熱が体の中でのたうち回る。


 痛みこそないが、自分のものでない熱が体内で暴れる感覚に戸惑う。


 ものすごく快感に近い高揚感が…。



 ばっと幼女が手を引っ込めた。


「え…終わり?」


「……」


 幼女が俺を睨んでる。あれ?ずいぶん表情豊かになりましたね?


「お前!すごく弱い!!」


 幼女が叫ぶ。


「…はい?キミ喋れたの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る