あの夜と同じ闇
無言のまま足を交互に出す。
体のあちこちが痛むし疲れてる。
先を進むイヴが、頻繁に振り返り俺を確認する。
そんな思いやりも持ってるじゃないか。
なんだったんだよ、あんな人の心を持ってないかのような態度は。
「一人で大丈夫だよ」
助けようとするイヴの手を押し返しても、傷つく様子もない。
ほんとに一体何なんだ。
疲れ切った体で、頭だけがなぜかひどく冷静だ。
この世界に来て、イヴに助けられて世話になってる。
それしか選択肢がなかったからだ。
イヴは、食事もとらず排泄もしない。
会話は出来るけどまるで人工知能と話してるかのように空虚だ。
感情を一度も見たことがない。
魔法がありふれている世界、植物や生き物も地球で見たことのないものばかりだ。
常識が違う
理屈が違う
摂理が違う
そんな世界で人間だけは変わらないなんてことがあるんだろうか?
イヴは人間なのか?
その考えにぞっとした。
眩しい光に照らされて、俺の思考は途切れた。
「ここで休みます」
手にランタンを持ったイヴが少し先から声を掛けてきた。
気付けばランタンの光が眩しいと感じるほど、辺りは暗い。
そういえば最初から野宿の予定だった。
巨木の一つの根元に洞のようになっている隙間があり、そこに潜り込む。変な虫とかいたら嫌だな。
二人で身を寄せ合えば、なんとか眠れそうな広さがあった。
イヴは着ていた外套を敷き、果物を取り出していた。
俺がそれを食べている間、湖で汲んできたのか、たっぷりの水が入った紐水筒に茶葉を入れてお茶を淹れてくれた。
紐の状態でもお湯を沸かせるんだな…。なんでいつもポット使ってるんだろう。
俺はちょっとしなびたビワみたいな果物をかじりながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
恐れていた獣との遭遇もなかったし、思ったよりこの森は安全なのかもしれない。
鳥の声が聞こえた。フクロウっぽい低い声だ。
たまに聞こえるそれと虫の声、風に揺れる枝葉の音以外とても静かだ。
途中で寝たせいか眠くない。
陽が落ちただけで、眠くなるほど夜は更けてないんだろう。
俺たちは黙って外の森を眺めてた。
イヴとちゃんと話してみたかった。
でも知れば知るほど、イヴと俺の考え方の違いみたいなのがありすぎて、何を話せばいいのか分からなくなってた。
そっと盗み見ると、イヴはいつも通り人形のように無表情だ。
人形のようだけど静かに呼吸で動く胸や瞬きで、ちゃんと生きてるって分かる。
ちょっと倫理観が俺とズレてて、感情表現が乏しいけど、それだけじゃない。
毎日食べるものや寝床を与えてくれる。
俺の為に改装してくれたり、過ごしやすいように尽力してくれる。
今日の昼、何度も果物を差し出してきたイヴを思い出す。
「ごめん、怒鳴ったりして」
沈黙を破った俺の言葉にイヴがこちらを向く。
「はい」
いつも通りの淡々とした答えだ。
イヴが俺の為に色々してくれてるのはよく分かってる。
だからこそ俺は"人として"の礼節を忘れたくない。
感謝もしてるし悪いとも思ってる。
それでも……。
もやもやした気持ちを抱えて、俺はイヴに背を向けて横になった。
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何か聞こえた気がして目を開けた。
いつの間にか寝てしまっていたらしい。ランタンに照らされる洞の中に、イヴの姿はなかった。
「イヴ?」
応えはない。
洞から顔を出してもう一度呼びかけたけど、やっぱり返事はなかった。
洞の外の暗さと寒さに思わず身震いする。
曇っているのか星明りもない。
あの夜と同じ闇……。
どこかで茂みがざわめいてびくっとなる。
イヴ?……風か?もしかしたら獣が?
しばらく耳を澄ませたけど、それ以上は何も聞こえなかった。
どこ行ったんだよイヴ。
まさか置いて行かれたのか?
嘘だろ。
そんなことはないよな?
そんなことする子じゃないよな?
心臓がどくどくする。
大丈夫だ。きっとすぐ戻ってくる。きっと水でも汲みに行ったんだ。
──そこで思い出す。
イヴが持ってきたランタンはこの一つだけだったはず。
それは今俺が持ってる。
俺の声が届かないほど遠くに行ったなら、灯りが無くて迷ったかもしれない。
小屋から随分離れた場所だ。イヴだって、こんな場所まで慣れてるとは思えない。
「イヴ!」
俺は洞から飛び出した。
落ち着いて考えれば、イヴは魔法で光を出せるし、獣が出ても大丈夫って言ってた。
むしろ俺が洞から動いてしまえば、迷う確率の方がはるかに高い。
でもそんなことは頭を過ぎりもしなかった。
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