第2話


 盛大に街の人々に見送られて俺と相棒はエルゴリー狩りの旅に出る事になった。街の見物とかろくに出来なかった。俺は石造りのわりに豪華絢爛な街並みを見て回りたかったのだが相棒が「善は急げです!」とかなんとか言って身支度を済ませてしまったのだ。俺は革の衣装から絹で織られた旅装束に着替えさせられ、馬車の荷台に乗せられた。俺はその時に相棒の手を掴み引きずり込んだのだった。彼女は目を白黒させながら「え? 私も行くんですか!? だ、誰か止めて!? なんで誰も止めてくれないの!?」などとほざいていたのも気にしないで馬車に揺られる事にした。


「今日から俺達は義兄妹だ」

「はぁ……」

「よろしくな相棒」

「言っときますけど! 私、後方支援くらいしか出来ませんからね! 前線に出さないでくださいね!」


 この様子なら旅路の平気だろう。俺は一つ疑問を口にする。


「なぁ、あの街の守りはいいのか」

「ああ、聖都の事ですか。それなら心配いらないというか、これからその心配を消しに行くというか」

「消しに行く?」

「つまりは魔獣の巣を叩くという事です。魔獣は巣からしか出て来ません。昨日の襲撃でこの付近にいた魔獣は最後だというのは分かっています。つまり、残りは巣から出て来る分しかいないのです。そして私達は今、魔獣の巣への最短コースを走っています」


 俺は少し考えるような素振りをするが、答えはすぐにわかっていた。つまり、聖都を、俺達がいたあの街を襲うエルゴリーが来るであろう道順を逆走しているという事だ。しかし、どこか説明したそうにしている少女の言葉を俺は待つ事にする。


「つまりですね、私達は今、魔獣の襲撃ルートを逆走しているのです。そうこれは迎撃なのです!」

「なるほどな、理にかなっている」

「でしょう!」


 無い胸を張る銀髪碧眼の少女、真っ赤なローブが目に毒だった。俺はそれから目を背けると馬車の御者に語りかける。


「あんたは、そんな危険な旅路にどうして付き合ってくれるんだ。金か?」

「あ、あっしですか。あっしは志願したんですよ。ぜひ勇者様の魔獣討伐に連れていってくれ! と」

「どうして」

「そんなのかっこいいからに決まってます!」


 俺は絶句した。すると相棒である少女がやれやれと首を振ると御者を叱りつける。


「トマス! あなたは浮かれ過ぎです! 勇者様……いえ兄貴はあなたの命を心配しているのですよ!」

「ヒェッ! ごめんなさい! でもお二人が守ってくれるでしょう……?」

「そういうところが危機感が無いと言っているのです!」

「ヒェェェ」


 俺は相棒に「そこら辺にしといてやれよ」となだめすかし、落ち着かせる。いまだに肩を怒らせていたものの少しは落ち着いたようだった。


「勇……兄貴は優し過ぎます」

「優しくなんかないさ、ただ俺は――」

「俺は?」


 そこで口ごもる。俺は、昔のようにエリートで、一番で、先頭で、誰かを守っていたいだけなのだ。しかし、そんな本音、恥ずかしくて言えない。だから「なんでもない」とだけ言い返して横になった。


「兄貴?」

「目的地に着くまで仮眠する。着いたら起こしてくれ」

「……分かりました。おやすみなさい」

「おやすみ」


 ――夢を見た。あの頃の夢だ。壊人と戦っていた頃の夢、特務機関に所属し専用のバトルジャケットを装着し、下部組織を先導し、前線で戦っていたあの頃、部下に指示を飛ばし、必殺技で壊人を倒してまわった。しかし、壊人に上位個体が現れ始めてから歯車が狂った。俺はその上位個体と激戦の末に自滅覚悟で相打ちを狙った。そこに新型のバトルジャケットが割り込んで来た。機関の上層部も知らない新型を装備したソイツは上位個体をものともせずに一蹴し一撃で倒した。実力差は明らかだった。俺は専用のバトルジャケットを剥奪され、下部組織へと降格になった。そして壊人との戦いが激化する中、ワンオフのバトルジャケットを身に着けたソイツ――後から太陽進という名前を知った――は壊人どもを一撃のもとに屠りながら最前線を切り開いて行った。いつしか下部組織の仲間はヤツを羨望の眼差しで見るようになり、降格した俺を蔑むようになった。そして壊人と人間の最終決戦、終ぞ俺はその場に居合わせる事も出来ずに路地裏で不貞腐れていた。そして太陽進が壊人の巣を破壊した一報を知ると、居ても立っても居られずに特務機関に忍び込んで量産型バトルジャケットを盗み出して太陽進へと戦いを挑んだ。挑もうとした。しかし、もう日本に太陽進の姿は無く、行方をくらましていた。俺は途方に暮れていた。復讐相手もなくし、特務機関から追われる身となり、路地裏で再び不貞腐れる日々に逆戻り、雨が降って来た。

 そして今に至る。太陽進は常にこう言っていた。「俺は世界を救おうだなんてお前らみたいなお題目は抱えちゃいない。妹を守るために戦っている」と、だから異世界に来て、目の前で世界を救ってくれと己に願った少女を義妹にした。我ながら滅茶苦茶な理屈だ。分かってはいた。だけど、太陽進に近づくには形から入るくらいしか思いつかなかった。

 俺は揺すられて目を覚ます。川のせせらぎが聞こえる。起き上がり馬車の荷台から少し顔を出して見るとそこは森の中だった。


「ここは?」

「人呼んで、魔獣の森、魔獣に制圧された土地の一つです」

「エルゴリーの中継地点ってところか」

「はい、その認識で合ってます」


 相棒はどうやら説明好きらしい。毎回、説明がちゃんと伝わったのを確認すると満足気な笑みを浮かべるのだ。俺はただ、ただなんとなく、相棒の頭を撫でた。


「わふっ、なんですか!?」

「あ……悪い」

「い、いえ……いいですけど……」

「あーお二人様、魔獣の気配が無いみたいですけど」


 御者のトマスがそんな事を言う。不思議に思った俺は馬車の荷台から飛び降り、念のためにバトルジャケットの装着リストバンドにオモチャをセットする。すると相棒が声をかけてくる。


「もしかしたら気配を消す魔法を使う魔獣かもしれません!」

「エルゴリーってのもエルゴリズムってのを使うのか」

「はい、人間とは体系が違いますが、私達は理性で魔法を使いますが、奴らは本能で魔法を使います」

「それは具体的に何が違う」

「理性で分類が出来ない魔獣は一種類の魔法しか使えないという事です」


 なるほど、つまり気配を消すエルゴリーは気配を消すエルゴリズムしか使えないという事だ。ならば初撃を避けて標的を見つけさえすればいい。難しい事じゃない。そういった壊人の相手をした事もある。

 俺は臨戦態勢を取った。『revolution』バトルジャケットを身に纏う。

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元特務機関、現る。 亜未田久志 @abky-6102

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