第七話 失ったもの



―同 日本時間八時二〇分 現地時間一一時二〇分

          太平洋上空 第一次攻撃隊 side南雲―




あれから着艦した後、俺はこうして攻撃隊に参加している。先導は重巡筑摩(ちくま)の水偵だ。

編隊にいるのは艦爆と護衛の艦戦のみ、魚雷を抱えた艦攻はいない。艦爆も数機は陸用爆弾のままだ。

だがしかし、外しさえしなければ確実に大小なりとも奴等に損害を与えられるだろう兵器だ。


『隊長機より小隊各位へ。

我々の任務は彼ら艦爆隊の護衛です。我々が彼らを護れるかどうかにこの作戦の意義、そして今や皇国の存亡がかかっています。

我々は主力空母を三隻もすでに失いました。ここで敵に損害を与えなければこちらは一気に劣勢になるでしょう。

生きて帰れないかもしれません。

しかし、最後まで戦いなさい

たとえ弾が尽きたとしたら体当たりしてでも艦爆隊を護りなさい。そして、生き残って。

絶対です。死ぬことは許しません。それが、私からの命令です。各員一層奮励努力してください。以上』


矛盾した命令。だがしかしそれは奴の確固とした意志だった。

俺、いや、俺等はそれに応えなければならない。


敵を沈める。


その上で、


全員で生きて帰る。


なに、いつも通りの簡単なことじゃねえか。


『右下方に敵編隊確認、敵の攻撃隊と思われる。』

『了解、青葉機は私に続け、他の機は護衛を継続せよ。』


横を飛んできた鮫島と青葉が編隊を離脱し、下方に見える敵編隊の攻撃に向かう。

これ以上艦隊の被害を増大させるわけにはいかない。六機中二機が抜けた分の穴は俺の腕で埋める。


さて、これで奴の命を達成するのが難しくなってしまった。だが、やり遂げる。やり遂げるしかない。


『此方艦爆隊、敵空母発見、同時に正面に敵戦闘機部隊を確認、数は一二。護衛を頼む。』


「了解、任せとけ!貴官らの背中は俺等戦闘機隊が護る。」

『感謝する。』


啖呵切っちまった以上は……


「やるっきゃねえなぁぁああ!!」

『はい!』


数ではこちらが負けている。

だが、相手はグラマンだ。

性能は圧倒的にこちらが上、錬度も恐らくこちらの方が上。


いける!


敵機の真後ろに捻りこみ、ギリギリまで近づいて銃弾を浴びせる。

多少固いが、二〇粍機銃の前になすすべはねえ

機体は粉々になり、黒煙を吐きながら落ちていった。

艦爆に近づこうとする奴の真後ろに回り込み

鉛玉を浴びせる。


するとたちまち敵は落ちていく。

これなら余裕と思ったその時だった。

目の前を跳んでいた鈴木の真横に敵機がいつの間にかいやがった。

鈴木は気づいてねえ!


「鈴木ぃぃぃい!」


とっさに割り込んだ。

いや、割り込んじまった。

愛機に銃弾が叩きつけられる。

風防は割れ

ガラスの破片と銃弾が身を引き裂く。

エンジンはおかしな音を立て始め、

両翼は穴だらけ

右翼に至っては先っぽが吹き飛んでやがる。

あ~あ、これじゃ護れねえなあ、精々ヨタヨタ飛ぶのが関の山だ。

だが、俺を攻撃するその隙に敵は鈴木が落としてくれた


『南雲さん!大丈夫ですか!』


「んあ?大丈夫なわけねえよ。足に二発腹に一発、操縦席が真っ赤だ。母艦までは確実に持たねえ。

飛んでるうちに出血で死ぬ。機体もボロボロだし、俺以上に持ちそうにねえ。

すまねえな。命令、守れそうにないわ。せいぜい、華々しく散るとするよ。」


『そんな、そんな。悲しいこと言わないでくださいよ。南雲さん。さあ、一緒に帰りましょう。みんな、待ってますから。』


はあ……


「鈴木!」

「軍人の責務を果たせ」


へっ、守れなかった奴の言うことじゃねえかもしれねえがな。


『ッ!……了解』


「さ~て、いっちょやってやろうじゃねえか!」


揚力のバランスで機体が落ちないようそーっと操縦桿を倒し、敵艦隊の方に機体を向ける。


突っ込んでくる機体に気付いたのか対空砲がこちらを狙ってくる。


次々と俺の周囲には黒煙吹き荒れ、機体を激しく揺さぶる

そのうえ時折、敵戦闘機がやってくる。

だが、そのたびに鈴木が叩き落とした。艦爆隊に襲い掛かってくる奴も落としていった。


無線から泣き声が聞こえる気もするが気のせいだろう。


奴は強い。


今のあいつは下手すると俺たちよりも強い。

だから、大丈夫だろう。

安心して逝けるってもんだ。

さて、そろそろだな。


「鈴木、ありがとな。お蔭で無事逝けそうだ。艦爆隊の成果も相まって、対空弾幕は薄いが、これ以上は危険だ。随伴、感謝するぜ!じゃあな鈴木、強く生きろよ!」


「南雲さん……!」



― 太平洋沖 駆逐艦磯風いそかぜ艦内 side 青葉―



その日、第一次攻撃隊の中、俺たち以外で帰ってきた機体は鈴木一飛と艦爆が五機だけだった。


南雲さんはを庇い被弾、

敵艦に体当たりし、散ったそうだ。

そして、我々が帰還すると飛龍も燃えていた。

俺たちじゃ、すべてを止めることは出来なかった。


こうして、我々は

空母四隻と重巡洋艦一隻

三〇〇機近い航空機と

三〇○○名以上の戦友を失った。


対してアメリカは空母一隻と駆逐艦が一隻沈んだだけという、大いに割に合わない結果となった。


小隊長は南雲殿を失った悲しみからか大いに荒れた。

当然だ。

南雲さんは小隊長の少年時代からの親友だったのだから。


その夜、狭い駆逐艦の中で星空の下、小隊長の叫びが木霊したのだった。






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