第四話 まもるために



― 少し遡って 十八日深夜 木更津基地 ―


けたたましい警報によって目が覚めた。どうやら緊急事態らしく、自分を含め、皆慌ただしく動き回る。

我々は本部の第二会議室に呼び出され、説明を受ける。


「傾注!」


「ただいまより重大な発表がある。心して聞け。……本日、午前六時過ぎ海軍司令部から重大連絡があった。読み上げる

『哨戒艇ガ敵空母ヲ本土付近デ確認、詳細ハ追テ連絡ス。ナオ、敵乃目標ハ、帝都ト思ワレル』

とのことだ。つまり、敵は、帝都空襲を企んでいると予想される。そして、これに伴い対米国艦隊作戦第三法が発令された。我々を含む周辺艦隊、航空機、対空部隊のほぼすべてが、早期警戒索敵、迎撃の任に着くことになった。」


……ッ!


会議室がどよめきに包まれた。


―敵?しかも帝都だと?

―ありえない。なぜわざわざ帝都を

―なにかのまちがいだろ


「静かに、呑み込めないものも多いだろうが、我々は我々の仕事を果たさねばならん。

今回、母艦は修理中のためここ、木更津基地の部隊と連携して迎撃を行う。敵の攻撃は明日明朝以降と思われそれまで我々は、索敵用の陸攻隊の援護、敵が発見され迎撃が可能になり次第迎撃の任に着く。詳細は追って連絡する。さあ、全機発信準備!敵を帝都に土足で踏み入れさせるな!」


「「「はっ!」」」



「各士官級以上は連絡事項と陸攻隊との打ち合わせのため第一会議室に集合してくれ。では解散!」


なんだろう。この寒気、すごく嫌な予感がする。なんかこう、敵に真後ろ取られた時とは比にならないような……何かを失ってしまうような……


「鈴木一飛どうしたんだ?」

「い、いや、なんでもない。ちょっと寒気がしただけだよ。」

「そうか、皇国の将来がかかっているんだ。風邪なんか引くなよ。」

「ああ、気をつけるよ。」

この時は、予感が的中することになるなんて思ってもいなかった。



―十八日午前十二時過ぎ 太平洋上 加賀飛行隊 Side鈴木―



あれから、陸攻隊とともに索敵に出ることとなった我々は、途中までの護衛と、警戒のために離陸した。索敵のために長距離を跳ぶ羽目になり、疲労困憊していた時だった。


『帝都空襲サル』


唖然とした。

まさか、双発機を空母に乗せ攻撃してくるとは、予想の範囲外だ。

帝都にはさよ子がいる、陛下もいる。

だが、今から行っても間に合わない。

距離が遠すぎる。

いや、でももしかしたら……

左手のスロットルレバーを限界まで引き上げる。

エンジンは唸りをあげ、その性能を限界まで引き出す。

その音で耳が張り裂けそうになるが……

そんなことは関係ない


『…木……何を……る……戻れ……』


何か怒鳴る声が聞こえた気がした、だが……

……ッ!


殺気!

真後ろから突き刺さった明確な殺気

後ろを振り向くとそこには

血相を変えて何かを叫ぶ小隊長の姿があった。


『最後の警告だ!戻れ!その速度で戻っては燃料も持たん!間に合わないんだ。あきらめろ!帝都の者に任せるんだ!これ以上は命令違反で君を撃墜することになってしまう!』


スロットルレバーを下げると同時に甲高く鳴り響いていたエンジン音は少し低く、そして小さくなった


『鈴木一飛、なぜあのようなことをしたんですか!』

『……妻が、さよ子が、東京に来ています。それでいてもったってもいられなくなりました。』


『……それは、私も同じです。帝都には家族もいます。ですが今、我々が急いだところでどうにもならないことはわかっているはずです。本土の部隊に期待するしかありません。それに、帰ったらすぐに敵空母への反撃の任務があるでしょう。それまでは、我慢するときです……多少の処分は覚悟してください』

『……はっ。』


その後は何事もなく木更津基地に着いた。そして、敵艦隊撃滅のため、魚雷を抱えた陸攻隊を護衛し飛び立ったが……敵を補足することはかなわなかった。その上、どこからかやってきた敵迎撃機により、味方の陸攻が二機撃墜、一機が不時着の際大破、零戦も一機が不時着、大破してしまった。


― 十八日午後零時過ぎ 帝都 水元国民学校 校庭 ―


「お?爆撃機だ!かっけーなー、おーい!」


その時だった。

ズザザザザン!

重たい連続した音が響き渡り、直後、空気を切り裂いた鉛玉が彼に直撃した。

水元国民学校 高等科所属 石出いしで 巳之みこれすけ 即死

その他にも各地で軍事施設を目標とした爆撃が起こった。だが、それら以外に命中する爆弾や銃弾も多く、中には故意に非戦闘員に攻撃した機もいた。これは、米国初の無差別爆撃とされている


帝都、東京を中心としていたが他にも、川崎、横須賀、名古屋、神戸も爆撃された。

これにより民間人含む死者八七名、重傷者一五一名、内後日死亡一、軽傷三〇〇名以上、家屋全壊・全焼一八〇以上、半壊・半焼五〇以上という悲惨な結果となった。だが、これは本格的な空襲ではなく、味方の戦意向上や、日本の戦意低下、国民の疑心暗鬼を狙った宣伝的作戦であることは明らかであった。

実際、その後しばらくは味方機への誤射や敵誤認が相次ぎ司令部は混乱、死傷者も相次いだ。


日本もただやられたわけではなく、一機を撃破、戦死一、行方不明二、中国に不時着した機を拿捕し捕虜にしたもの八人だけであり、どう考えても見合うものではなかった。


―帝都空襲より数日後―


それはその日、鮫島さんに呼び出されて、会議室に向かったときのことでした。


「入りなさい。」

ドア越しの返事を確認して部屋に入る。

「失礼します。」


部屋に入ると、簡素な椅子と、その向かいに小隊長が部屋に一人座っていた。その目は何か申し訳なさそうな、憐れむようなそんな目でした。


「鈴木一等飛行兵、ただいま参りました。」

「うん、まずは座ってくれ。」


椅子に座り、改めて面と向かう。先ほどの目とは違い、何か据わった眼をしていた。


「落ち着いて聞いてほしい。先ほど判明したことなんだが……君の奥方が亡くなられた。」


小隊長が何を言っているか、わからなかった。


「鮫島さん、冗談はよしてください。私は忙しいんです。手短にお願いしますよ。」


冗談ではない。そんなこと、小隊長の雰囲気で分かっていた。でも、信じたくなかった。あんなに元気なさよ子が死ぬなんて。


「はぁ……鈴木一飛、冷たいようだがこれは冗談ではない。君の奥方はなくなられた。死因は、爆弾の破片が直撃したためだ。即死だそうだ。」


淡々と告げられたその言葉を少しずつ飲み込んでいった。

そして……理解してしまった。


「……ぁぁ、ぁぁ、ぁぁああ!あの時、あの時小隊長が止めていなければ間に合ったかもしれない。帝都の上空にいたなら守れたかもしれない。せめて、せめて、敵を、敵を、討てていたのなら……クソ、クソ、クソ……」

「冷たいことを言うだが、あきらめてほしい。もう、鈴木一飛の奥方はなくなられたのだ。どうしようもない。次の戦闘までゆっくり休むといい。」


小隊長が部屋を出た瞬間泣いた。ずっと泣いた。声と涙が枯れるまで泣いた。

葬式の時には涙が枯れてしまって、もう何も感じれなかった。

時間が経つにつれだんだん感覚が不明慮になって、悲しみに沈みそうになった。

だが、そうなるわけにはいかなかった。

どろどろとした悲しみの感情を燃料として復讐の炎を燃やし動力とした。

厳しい訓練を受け、その技術を貪欲に吸い取り、己を鍛え上げた。


時々小隊の皆から復讐に熱中しすぎて死ぬのではないかと心配されるが


戦死上等!


より多くの敵を巻き込んでから死んでやる。

そして、ついに研ぎ続けた牙が役に立つ時が来た。


上も復讐をしたかったのか、大規模な攻勢を仕掛けたのだ。


ミッドウェー作戦 通称MI作戦である。




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