第三話 船乗りの意地


― 一九四二年四月十七日 千葉県木更津基地 side鈴木 ―




部隊は千葉の木更津きさらづ基地で警戒部隊として錬度を高めつつ過ごすことになった。最近、米機動部隊が帝都を空襲に来るかもしれないと上が警戒しているためである。


「鮫島小隊長、お疲れ様です。」

「ああ、鈴木一飛に青葉一飛、お疲れ様」


南雲さんと一緒に相手小隊を全滅判定にさせるほどの激しい空戦をしたあとなのにあんなに涼しげな顔をしてる……すごい。


「そう言えば鈴木一飛はあまり動けてなかったみたいだから明日は私が相手になってやろう。」


それはありがたくて、勉強になるけど……明日はさよ子さんが田舎から出てくる日だから、ちょっと難しいかな……青葉がんばって!

な、わかるよな、な!


鈴木は目で懸命に語り掛ける。青葉も、それに反応した。

しかし……


「それは、ありがたいです。ぜひ、明日は私と鈴木一飛のご指導、よろしくお願いいたします。」


は?

奴は今、なんといった?

ワタシトスズキイッピノゴシドウ?

青葉、おどりゃあぁぁぁあああ!


「分かった。怪我をしないようしっかり準備しておくように」

「はい。それでは」


あ、

話、終わらせやがった。


鈴木に睨まれ数秒、沈黙が支配する。


「青葉一飛?なぜ断らなかったの?ねえ、絶対訓練地獄が待っているよね。ねえ、なんで巻き込んだんだよ。青葉一等飛行兵、明日は休暇で妻と買い物の予定だったんだよ。人の予定も聞かないで、全く、何を巻き込んでくれいるのかな?」


せめてもの反乱とばかりに殺気を込める。


「鈴木一飛、落ち着くんだ。仕方なかったんだ。誘ってきたのは鮫島小隊長の方からだ。上官の好意を断る勇気は俺にはないよ。それに月月火水木金金だから、な、だから明日の打ち合わせをしよう。これも次の戦場で生き延びて家族と会うためだと思えよ。な。」


家族のため……


「まあ、仕方がないか……一杯奢ってくれるなら、許してあげるよ。」

「なっ!……それは………仕方ないか」


何だかんだ訓練を繰り返し、錬度向上に努め上の警戒が私や、さよ子、みんなのためにも杞憂で終わってほしいと願う。しかし、そんな小さな願いも塵と消えることとなった。




―翌十八日午前二時 太平洋沖 日本より約一二〇〇粁

    米第一六任務部隊空母エンタープライズ

                司令官ウィリアム・ハルゼー中将―



「屈辱の日から五ヵ月。ついに復讐の時が近づいて来た。黄色い猿共め、驚くがいい。まさか双発機が空母から飛んでくるとは思うまい。

ハッハッハッハ 猿共が驚き、泣き叫ぶ姿を見てやりたいよ。

この司令官という身が実に憎たらしい。

ドーリットル中佐……後は頼んだぞ。

奴等に目に物見せてくれ」


隣を並走する空母ホーネットに乗せられた双発の爆撃機B―二五を見ながらハルゼーは高笑いを続けていた。そんな時だった。報告が上がったのは


「ハルゼー中将殿」

「どうした。」

「北東十五キロ、レーダーに二つの艦影ありとの報告です。どうしますか?」


「ドーントレスを索敵に飛ばせ、発見次第撃沈しろ」


― 同 第二監視艇隊 第二十三日東丸 艇長中村盛作もりさく ―



「さて、そろそろ仕事の準備に取り掛かるかな。」


漁船であり、日本軍哨戒網の監視艇の一つ第二三日東丸(にっとうまる)は今日も地引漁にいそしもうと準備を進もうとしていたその時だった。


「艇長!上空に単発の航空機らしきものが……」

「なに?今日はここら辺を味方の航空隊が通過するなんて聞いてないぞ!」


慌ててそいつから双眼鏡をひったくり言われた方向を見てみると


「なっ!あれは敵の爆撃機、しかも艦載機じゃねえか!漁の準備はやめろ!あれは敵機だ総員起こせ!これは訓練じゃねえ!米沢は味方に敵発見を打電しろ急げ!」


「「「はっ!」」」


米沢よねざわ、敵機はどっちからやってきた?」

「はっ!確か、南西の方向だったかと。」


「分かった。進路を南西に取れ、最大船速!」

「最大船速宜候!」


「これより我々は決死の覚悟で敵機動部隊の発見のために前進する。おそらく敵は艦載機を使って本土空襲を狙っているはずだ。

前進するのは祖国のためだけではない、お前たちの家族のためでもある!

敵部隊の場所が分かればより迎撃の精度が高まるはずだ。

我々が一秒粘れば一人が救われると思え、我々は祖国の礎にならんと突撃する。もう一度言う、生きて帰れるとは思うな、ならば少しでも祖国に報いろ!

……総員、戦闘配置につけ!」


「「「はっ!」」」




そこからは、敵に近づくにつれ攻撃に耐える一分一秒が地獄のように長い時間となった。

敵機が時折来襲し、爆弾と銃弾をありったけばらまいて帰っていく、爆弾は命中どころか至近弾もなかったが、いつ当たるんじゃないかとひやひやした。


だが、その駄賃として敵を海面に叩きつけることができた。

何よりなぜか心の奥底は高まっていたそして、冷静だった。アドレナリンが出ていたのかもしれない。だが何か違う気がした。何かはわからないがいける気がした。


「艇長!」

「どうしたー!」

「前方に艦影多数!敵機動部隊と思われます!」

「でかした!数は!」

「空母二、駆逐三と思われます。」


「分かった。米沢、今の聞こえたな!とっとと味方に打電しろ!各自の判断で変更を加えつつ何度も伝えろ。

玉井!弾はあとどれくらいだ!?」

「あと四弾倉分です!」


「分かった。もう一機ぐらい落とせよ!」

「もちろん!もう一機どころか全部落としてやりますよ!」

「そのいき―――


その時だった。

ズッゴォォン!

爆弾とは比べ物にならないほどの水柱が近くで起こった。


「敵駆逐、発砲しながら急速接近中!」

「クソ、もう撃ってきやがったのか。」


敵は駆逐、載っけてるのは戦艦に載せるにしては小さな砲だ。

しかし駆逐はもともと俺らみてえな小型船を駆逐するために作られた軍艦。こちとら機銃を載せただけのただの漁船だ。その砲は俺らを叩き潰すには十分だ。


「回避運動、時間を稼げ!」


果たしていつまでもつことやら、だが、悪くねえ。


― 二〇数分後 ―


ズガァァアン!

「せ、船体前部に被弾、亀裂発生、浸水火災発生主機出力低下。もう、これ以上は……」

「弱音吐いてんじゃねえ!まだ、あと少し……」


そんな夢もはかなく消え一九四二年四月一八日午前七時二三分


第二三日東丸沈没、攻撃を行っていた軽巡ナッシュヴィルが遠目から生存者二名を確認するも、到着した時にはすでに海の塵と消えており、艇長中村盛作兵曹長以下十四名全員戦死という結果となった。

対する米艦隊側にもドーントレス一機と一五糎砲弾九五〇発十二・七粍機銃一二〇〇発という損耗を強いられた、しかし、最大の被害は日東丸の撃沈に時間がかかってしまい、何度もなんども電波を発信する余裕を与えてしまったことだろう。



― 十八日午前七時半過ぎ 空母エンタープライズ

         司令官ウィリアム・ハルゼー大将 ―



「敵哨戒艇らしき船の撃沈を確認しました。」

「遅い!どれだけ時間をかけている!電波は!?」

「発信されました。」


「やはり、か。ばれてしまった以上、これ以上詳細な情報を黄色いサルどもに渡すわけにはいかない。周辺の敵哨戒艇を撃滅する。ドーントレスを上げろ!放射線状に戦闘索敵を行え。」

「はっ!」



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日本本土初空襲、別名ドゥーリットル空襲は米空母ホーネットに搭載されたB-25によって行われました。

双発機による発艦はとても難易度が高く機体選考は慎重に行われました。

最終的には、離陸距離が短く、航続が長いB-25の特別改造版が使用されました。


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