第5話 大穴
次の宿場町でフィーネとフォルツは駅馬車を降りて、料金を払い戻してもらい、街を巡って装備を整えていった。
フィーネ用に山歩きできる服装を用意し、リュック、毛布、食料などを買いそろえた。フィーネの荷物はフォルツの
準備の終わった二人は、そのまま宿場町を出て一路西の山並みへ向かった。
フォルツが驚いたことに、フィーネは重い荷物を背負っているにも関わらず、疲れも見せず自分について来る。ここ2日半で100キロは進んでいる。1日あたり40キロほどだ。二人はすでに西の山並みの中を進んでいた。
「お嬢さん、今まで体を鍛えていたのかい?」
「いえ、そんなことは全くありませんが、なぜかリュックの重さも気になりませんし、疲れも全く感じません。自分でも驚いています」
そう言うことがあるのか? と、フォルツは思ったが現に目の前の成人したてのフィーネは今も元気に自分について歩いている。理由として考えられるのは、名まえも何も分からないフィーネの謎のスキルだけだ。
宿場町を出発して5日目の夕方には、二人は西の山並みを越えて、その先の盆地に到着していた。盆地の先には台地のようなものが広がっているのが見えた。
二人はその場で野営することにして、野営準備を始めた。
夕食を終わったころには陽は沈み辺りは暗くなり、空には星がきらめいている。
大昔には月と呼ばれる大きな星が夜空に輝き、約30日周期でその大きさを変えていたそうだ。その
フィーネは毛布の上に横になる前に、何となく西の方向を眺めていたら、黒く見える盆地の先に広る台地の上の方が一カ所わずかに青く光っていた。その青い光が夜空に柱のように立ち上がっている。
「フォルツさん」
フィーネが毛布に横になっているフォルツに声をかけた。
「どうした?」
「あそこに、青い光が見えます」そう言って、フィーネは西の台地の真ん中あたりから立ち上がる青い光の柱を指さした。
「確かに。夜が明けたらいって調べてみよう。あの光の根元が、
翌朝。
陽が上り、辺りが明るくなって光の柱は見えなくなってしまったが、台地の中央あたりから立ち上っていたことは確かなので間違えようはない。
台地の高さは100メートルほどでそれほど高いわけでなく、今いる場所からでは台地の広がりはわからないがそれほど広い感じではない。
朝食をとった二人は大地に向かって歩き始め昼前の早い時間に台地のふもとにたどり着いた。
そこから斜面を登っていく。30度ほどのキツイ傾斜だったが、フォルツもフィーネも問題なく登り切った。
登り切った場所から、二人は台地の中央に向かって歩いていく。
500メートルくらい進んだところで、その先にいきなり大穴が現れた。近づいてよく見ると大穴の直径は500メートルほど。形はまん丸だった。
上からのぞき込むと、大穴の側面の数か所から滝のように水が噴き出して流れ落ち、その水煙で煙って大穴の底は全く見えなかった。
水が噴き出している場所は大穴の直径と同じくらいありそうなので、500メートルは下だ。それを考えると、大穴の深さは1000メートルを超えるかも知れない。
「この大穴の底が
「ここから飛び降りれば、途中出っ張りもありませんから底に到達できそうです」
「お嬢さん、いくら何でもそれはないだろ」
かなりフィーネもフォルツに打ち解けてきており、今のはフィーネの冗談だった。真面目な顔をしての冗談だったためかフォルツは冗談とは思わず、真面目に返した。
「今のは冗談です」
「冗談だったのか」
「すみません」
「いや、良いんだよ」
などと、二人でしゃがんで大穴の下の方を眺めながら話していたら、水煙の中から羽ばたきと共に、白古龍が舞い上がってきた。
『娘よ、待っていたぞ。
付き人と共にわれの背中に乗れ』
そう言って白古龍が大穴の外にまでいったん舞い上がり、フィーネたちの近くに下り立った。その後フィーネたちが自分の背中に登れるよう体を伏せた。
白古龍の言葉はフィーネにしか聞こえなかったが、白竜がフォルツのことを付き人といったところでフィーネは思わず笑ってしまった。
「フォルツさん、白古龍は私たちに背中に乗るように言っています」
フォルツはフィーネの言葉に従うしかないので、古龍のうろこを頼りに古龍の背中までよじ登った。フィーネも同じように古龍の背中によじ登った。水煙の中をくぐり抜けていたはずの古龍の背中は不思議なことに濡れていなかった。
『これから飛ぶゆえ滑り落ちないよう体を伏せておれ』
古龍の言葉に従い、フィーネは古龍の背中の上で体を伏せて、フォルツもフィーネのマネをして体を伏せた。
古龍はゆっくり体を上げて羽ばたき空を飛んだ。
フィーネとフォルツは古龍のうろこの隙間に何とか指を入れて背中から落とされないようふんばった。
数回羽ばたいた古龍はそこから羽ばたきを止め、滑空しながら大穴の底に向かって舞い下りて行った。
古龍が舞い下りるにつれて、大穴の壁面から流れ落ちていた滝も止まってしまい、水煙が収まっていった。
最後に数度羽ばたいて大穴の底に下り立った古龍は二人が背中から下りられるよう体を伏せた。
二人は古龍の背中から大穴の底の砂地の上に降り立った。
二人が降り立った大穴の底は大穴の壁面から噴き出た滝の水煙のせいで湿ってはいたが、今は水煙もないので穴底から上を見上げれば青空が見える。
『娘よ、目の前の板に見える黒いものに手を添えるがよい』
フィーネは
フィーネの意識が一瞬だけ遠のいた。だが、それだけだった。
これでいいのか不安に思っていたフィーネに古龍の声が響いた。
『それでよい。
娘よ、上まで送ろう、またわれの背中に乗るがよい』
二人が大穴の外に降り立ったところで、
『さらば、娘よ。
これからはお前の時代だ』
そうフィーネに告げて西の空に飛び去って行ってしまった。穴の側面からはまた滝が流れ落ち水煙で穴の底は見えなくなっている。
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