第2話 シェア
「辞めたんだ、会社。あの…いろいろあって」
「辞めたかったわけじゃないけど、でもさ…いろいろあったんだよ。だから…だから、辞めたんだ」
「わかったよ」
その時沙羅の注文した物を持って、先ほどのウェイトレスが来た。ネームプレートを見ると、『
「
「あ、本当だ。ありがとうございますって伝えてくれる?」
「了解しました」
右手で敬礼をすると、奥に戻って行った。伊藤は、思わず笑ってしまった。
「あの子、面白いね」
「そうでしょ。いい子でね。私にも平気で話しかけてくれるし、あんまり気にしない性格みたい。明るくて、ここの男の子たちに人気がある。いとーちゃんもあの子を気に入った?」
「三上さんと仲良くしてくれる子を、気に入らないわけないだろう」
伊藤の言葉に、彼女は首を傾げた。伊藤は、自分の気持ちを沙羅が全くわかってくれていないことを、残念に思った。伊藤は肩をすくめてから、
「ま、いいか。ところでさ、そのケーキ、おいしそうだね。一口欲しいんだけど」
沙羅が断るだろうことはわかっている。が、あえて言ってみた。彼女は一瞬ためらったような顔になったが、ケーキの皿を伊藤に差し出し、
「いいよ。食べなよ」
「え? いいの?」
ありえないことが起きた。驚き過ぎて動きが止まってしまったが、
「あ。じゃあ、一口もらうよ」
フォークで少しケーキを切ると、口に運んだ。ちょうどいい甘さだった。
「おいしいでしょ。甘すぎないから、私でも食べられる」
彼女は伊藤が食べたのを見届けると、ボタンを押した。すぐに『吉本さん』が来て、
「ご用でしょうか」
「悪いんだけど、フォークを一本お願い」
「すぐに持ってきまーす」
そして、持ってきてもらったフォークを使って食べ始めた。それでも、今までのことを考えると、すごい進歩だ、と思った。
彼女は、女の友人とですらシェアできなかった。決して彼女が意地悪でそうするのではない。心の問題があって、人と分け合うことができないだけだ。他人の触った物が食べられない。人の飲みかけに口を付けることはできない。それだけだ。が、今、伊藤が一口食べた物を食べている。
一口目を食べる時は、少し顔が強張っていた。が、だんだんいつもの顔に戻ってきた。自分のことでもないのに、ほっとした。頑張っている彼女をじっと見ていると、
「そんなに見られてると食べにくいんだけど」
「ごめん。嬉しくて」
「何言ってるんだか」
冷たく言ったが、口許には微笑みが浮かんでいた。
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