第3話 アイドル彼氏の元カノ?
「えっ…と、あの……どなたですか?」
安易に答えず、美羽はその女に尋ねた。
「そっちこそ誰? 裕星の車で何やってんの、あんた」
少しも引こうとしないその大きな態度に、美羽は少し恐ろしくなって、車の中で小さくなっていた。
「誰だ!」
その時、車の後ろから裕星がやって来て声を掛けた。
「あ、ゆうせ~い!」
その女はまるで何年かぶりの恋人のように裕星に向かって走って行った。
裕星が咄嗟に避けたので、女はハイヒールでよろけて倒れそうになった。
そのせいで、裕星が女の腕をさっと掴んで支えてしまったのだった。
美羽はその様子を見ながら、いったいあの女性は裕星とどういう関係なのか、何を話しているのか、居てもたってもいられずに外に出た。
裕星は女が姿勢を立て直したのを見計らって、スッと手を離し「どなたですか? 俺たちに何か用?」と、まるでこの女性を見たことがないというように冷静に尋ねた。
しかし女は裕星に対して馴れなれしかった。
「あらぁ、裕星。何言ってんの? 私のこと忘れてるふりしちゃってぇ。昔の彼女の顔忘れたとでも言うの?」
「昔の彼女?」
美羽は両手で口を覆った。そんな話は裕星から聞いたことも無かった。まさか……、それもこんなところで会うとは──。
すると、遠くで数名の男女がこっちに向かってなにやら叫んでいる。
「おーい、里美~! 何してんだよ~? 帰るぞ~! 誰だぁ、そいつは」
派手な茶髪の男が、車のキーホルダーを人差し指でクルクル回しながら女を呼んだ。
女の名前はマリア
都内のマンションに住んでいると公言しているが、実は地方のアパート暮らしを隠している。男付き合いも派手で、連れて歩いている男がその時々で違う。
その女がなぜ裕星と関係があるのか?
それも、元カノという意味の言葉を裕星本人に言えるほどの図々しさだ。本当に裕星はこんな女性と付き合っていたのだろうか?
素性も知らない、今会ったばかりの派手な姿の女性に振り回されている裕星を見て、美羽はとてつもない不安に襲われた。
「裕くん……」
美羽が口を開くか開かない内に、女は「裕星、また今度会ったら連絡頂戴! じゃあね」
嵐のようにこの場をかき回してさっさと仲間のところへ行ってしまった。
派手なオープンカーには、数名の男女が背もたれに腰をかけ、まるで品がなかった。
取り巻きの若い男たちも、パッと見だけではまるで場末のバーの安ホストのようだった。
美羽と裕星は、彼らの車が大きな音をたてながら猛スピードで走り去るのをしばし呆然と見ていたが、裕星が美羽の方に向き直ると、「ごめんごめん、さあ、行こうか?」と何事も無かったかのように車に乗り込もうとしている。
──裕くん、あの女性と昔何かあったの? 前の彼女だと言っていたのは本当なの?
こんなに気持ちがスッキリしないまま、私、今日は裕くんとお泊りなんて出来ないよ。
美羽はそう裕星に問いただすことも出来ずに、心に大きなわだかまりができていた。
時折チラチラと運転席の裕星の横顔を切なそうな目で見ているだけだった。
裕星がさっきのことなど気にも留めてないかのように凛とした表情で運転しているのが、美羽には余計に心配だった。
「裕く……」呼びかけて飲み込んだ。
レストランに付くと、すぐさまウェイターが裕星と美羽を予約していた個室に案内した。
その部屋は特別窓が外に迫り出していて、海が真下に見える絶好の場所だった。
ワインを選んで注いでもらうと、裕星は美羽を真っ直ぐ見て言った。
「美羽、いつもありがとうな。今日はゆっくり食事を楽しんで俺たちの交際記念日を祝おう。な、そうだったよな? 今日は俺たちが出逢った日だっただろ?」と照れながら鼻の下をこすって言った。
今まで少し沈んだ気持だった美羽がパッと明るい表情になった。
「裕くん! 覚えていたの? ありがとう! 私の方がすっかり忘れてしまっていたわ。
3年前に裕くんに出逢い、そして1年前の今日は裕くんに告白してもらった日ね? そんな大切な日だったのに、ごめんなさい。私、さっきのことでつい嫌な顔しちゃって……」と泣きそうな顔で言った。
「ああ、さっきのやつ? あんなこと初めてじゃないから気にも留めなかったよ。俺はさっきのやつの顔だって見たこともないよ。元カノとかいうけど、俺が正式に誰かと付き合ったのは美羽が初めてだから。
それに、俺なんて今まで会ったこともない元カノを何人仕立てられたか分からないから、ちょっとやそっとじゃ驚かないよ」アハハと笑った。
「そうなの? 私ったら、少しでも裕くんの事疑ってしまってごめんなさい!
裕くんはモテるから、もしかしたら……なんて思って」と頭を下げた。
「美羽、こっちこそごめんね。嫌な思いさせて。俺は簡単に誰彼かまわず女性に声を掛けたりナンパしたりしたことない。
そういう性格じゃないのはお前が知ってるだろ? 好きな女性が現れなければ、一生独りでいようと思ってたくらいだったよ」
とニッコリ笑って話す姿も魅力的に見えた。
「こんな私で本当に良かったの?」美羽はちょっと不安になって聞くと、
「美羽じゃなきゃダメなんだ。他の女に対しては何も感じないし、美羽だけが俺の気持ちを分かってくれると思ってる。
それに、ちょこちょこ危なっかしくて放っておけないし、ずっと大切な宝物だと思ってるよ」
裕星はまだ酔いが回ってないのに、窓の外の夜の闇に心が解放され背中を押されたように本心を話した。
美羽は今までの自分の不安が一掃され、元気を取り戻した。
「裕くん──。私、今日お泊りしてもいいわ」
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