第2話 伝説のサーファーか
美羽が笑顔で手を振りながら車に近づくと、裕星はサッと助手席のドアを開けて美羽を乗せてくれた。
「はぁ~、まだ慣れないわね、ここ。すごく緊張しちゃった。悪いことしてないのに、警備員さんを見ると、ちょっと怖かったもの」と苦笑いした。
ハハハ、と裕星が笑いながら静かにアクセルを踏みこんだ。
「美羽、これからちょっと遠出するよ。楽しみにしててね! それじゃ、出発しよう!」
裕星がやたらと元気なので、美羽はさっきまでの不安も一瞬で吹き飛んでしまった。
車は都内の渋滞を避けて海岸沿いの道を走った。気持ちのよい天気だったので、美羽は思わず窓を開けそうになったが、イケない、と手を引っ込めた。
「なんか、芸能人って大変ね。普通にドライブも出来ないみたい」としょんぼりした顔で言った。
まるで他人ごとのようなことを言う美羽に、裕星はくすりと笑いながら、
「でも、俺はこの世界で仕事を始めたお蔭でこうやって美羽に逢えたんだ。それに頑張れば、ずっと好きな音楽の世界で生きていける。一概に悪いとこだとも言えないよ。
もちろんかなり窮屈な世界ではあるけど、俺たちにとっては運命的な出逢いの場所だからね。生活だってありがたいことに、随分豊かに暮らせるほど貰えてる。
その分、妬みや批判にも我慢することが多いんだよ。
俺は随分この世界のためにいろんなものを犠牲にしてきたんだ。
それは言い訳にならない努力かもしれないけど、努力は自分を裏切らないからね」今まで以上に大人の返答だった。
美羽はちらっと裕星を見て、「裕くんって、本当に前向きになったよね」と笑った。
「なんだよ、上から目線で言ってるなぁ。俺だって成長してるんだよ」
二人は車内で顔を見合わせて笑い合った。
「美羽にも苦労かけるね。忙しくなるとなかなか逢えないし、やっと逢えてもこうやって大変な思いまでさせる。それに何も悪い事してなくても隠れなくちゃいけないときもある。
だけど、俺たちの付き合いは、そんな障害くらいでダメにならないくらいに、しっかり気持ちが繋がってると思ってるよ。
だから、しばらくは、俺たちが晴れて一緒になれる日が来るまでは、辛抱と言うか、こういうことにも慣れてほしいんだ。こんなことで、俺は気持ちが揺らいだりしないし冷めたりしないよ。
だから、分かってほしい。俺の気持ちはこの先も美羽以外には無いから」
恥ずかしそうに前を向いて話す裕星の言葉に美羽は深く頷いた。
「わかってる。私だって、裕くんの事誰よりも大好きよ! 離れているからこそ、もっと理解し合おうという気持ちも湧いてくるしね。
いつもベッタリ一緒にいるだけが恋人じゃないもの。
ちゃんと相手の気持ちを理解しようと努力することが一番大事だと思ってるわ。
私、裕くんとは、ずっとお爺ちゃんお婆ちゃんになるまで一緒に居ても愛情が少しも冷めない自信がある。
それどころか、どんどん好きな気持ちが大きくなって行くみたい! 裕くんもそうだと良いなって思って……」
美羽も裕星の言葉に応えて、自分の気持ちを正直に吐き出した。
車内は二人の告白大会のように少し重くなってきたので、裕星は思わずコホッと咳払いした。
「ま、お互いの気持ちは変わらないということが分かったところで…今日はどうする? お泊りする決心は付いた?」と話を核心に戻した。
美羽は「それなんだけど……、もう予約を入れちゃってるの?」と、恐る恐る聞いた。
「ああ、実はもう取ってある。もし明日の予定が無ければ、そのまま泊まれるようにって。
予約したレストランが、そのホテルの最上階なんだよ」裕星の用意周到にもほどがあった。
美羽の答えを待つ内に、レクサスは白く広々とした浜辺を見下ろせる場所に着いた。
「さあ、海に着いたよ! 小一時間くらいサーフィンしてきてもいいかな?今年やっと時間が出来たんだ!」とそそくさと海の近くの駐車場に停めて、道具を後部座席から降ろし始めた。
美羽は「じゃあ、私はこの近くにいるわね! ちゃんと裕くんのこと見てるから、気を付けて行ってきてね!」と、ウェットスーツに着替えた裕星を笑顔で気持ちよく送り出した。
裕星はボードを抱えて波打ち際から滑るように海に入ると、あっという間に沖までパドリングしながら波間に消えて行った。
大きな波が来ると一気にボードに立ち上がり、バランスを取りながら岸と平行に波の上を滑った。
ときどき、ボードから落ちてはプハッと波間に頭を出し、またボードに乗ってはパドリングして波に乗る。
裕星が波を滑る様子を初めて見たが、自分で運動神経が無いと言っていたことが嘘のように、カッコいいポーズで、馴れたようにスイスイと大波の渦の中を水しぶきを上げて滑って行った。
そんな裕星の新たな魅力を発見して、美羽は浜辺から時間が経つのも忘れて見とれていた。
美羽はしばらく見ていたが、とうとう日頃の疲れのせいか、車に戻ると、本を開くことなくうとうとして途中から深い眠りに落ちていった。
誰かが窓をコンコンと叩く音で美羽は目が覚めた。
「あ、ゴメンなさい! 私寝ちゃってたみたい」
美羽は、裕星だと思って飛び起きて慌てて窓を開けると、そこには見知らぬ女性が立っていたのだった。
「ねぇ、この車、
馴れ馴れしく声を掛けてきた女は、一見モデルのように洗練されたスマートな外見と、その垢抜けた美しさには似つかわしくない眉間を寄せた険しい表情で、美羽の開けた窓から車内をジロジロ眺め回している。
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