第1話 普通のデートがしたい

|一般社会から見ていると、著名人たちの世界では、悲しいかな、仕組まれる罠と妬み、嘘の噂が蔓延しているという気がします。

 そんな罠に翻弄されながらも、純粋で真剣に愛を貫く裕星ゆうせい美羽みうの二人と、彼らを取り巻く人間たちを様々な側面から描いてみました。






 ☆☆☆☆☆☆☆







 今日も朝から相変わらずの雨。美羽は一日中大学の寮の自分の部屋の窓から外を眺めたり読書をしたりして過ごしていた。


 裕星は今日新曲のPV撮影が入っていてなかなか逢えなそうだった。

 美羽が読み飽きた本をテーブルに置いて簡易キッチンに行こうとすると、リリリリリ──と携帯の着信音がした。


 あっ、振り返って携帯を見ると、『裕くん』と画面に表示されている。


 嬉しさのあまり飛び付いた。

「はい、もしもし、裕くん!」美羽は慌てていたので携帯を落としそうになりながら、おっとっとと持ち直して答えた。





 <美羽、今日は休みだったよな? 今からデートしないか?>

 裕星の明るそうな声が聞こえてきた。


 美羽は驚いて「裕くん、だって今日はPVの撮影があったんじゃ……。もう終わったの?」と不思議そうに聞いた。



 裕星が言うには、どうやらプロデューサーが急な都合で来られなくなったとのこと、そのせいで今日のPV撮影が出来なくなり、結局3日後に延期になったということだった。

 まあ、あちらの世界は予定通り何でも進むとは限らない。こういうイレギュラーも多いと聞く。





 <とりあえず、俺が迎えに行くけど、俺たちのこと見つかっちゃまずいから、地下道から俺が使ってる駐車場に向ってくれる?


 だいたい着くのが30分くらいだから、美羽はそれまでに用意して降りておいで! ドライブで海に行ってみないか?>






「わかったわ。でも、海で何するの?」


 <俺がサーフィンするのを見て欲しい。もう夏真っ盛りの気候だし、サーフィン日和だからね。

 それに今日を逃すと後いつ休みが取れるか分からない。


 俺がサーフィンをやってる姿を美羽に見せたかったんだ。

 その間は美羽は退屈させちゃうかもしれないけど、後で夜景の綺麗なレストランを個室予約しといたから。──どうかな?」裕星にしては随分と軽い口調だ。






 美羽は裕星に急に誘われることには慣れていた。

「良いわよ! ただし、裕くんがサーフィンしてるときは、私は泳げないから遠くから見たり、時々本を読んだりしながら待ってるけど」



 <ああ、いいよ。急でごめんね。少しでも美羽といたいから、サーフィンが終わった後で誘っても良かったんだけど、実はレストランがその海岸のすぐ近くなんだよ。──悪いな>


 以前の裕星より、美羽と付き合ってからの裕星は大分明るくなった気がする。裕星にとってはかなりの成長だ。



 <それで…>と裕星が、コホン、と咳払いをして続けた。<それで相談なんだけど……、明日の月曜も美羽、休みだよな。日曜日は礼拝があるから忙しいって言ってるけど、日本の祝日はキリストに関係ないだろ?>



「まあ、そうだけど……、裕くん、一体何を言いたいの?」美羽が訝しげに訊いた。


 <たいしたことじゃないよ。せっかくの連休だし、俺も明日休みになったから、その、ついでに……ホテルのスイートに泊まってみないかって思ってさ……どうかな?>

 最後の方が聞き取りにくくなるほど照れて言う裕星の言葉に美羽の方が戸惑った。


「えっ……、お泊りするってこと?」しばらく携帯を抱えたまま言葉に詰まってしまった。


 いいわよ、などとはさすがに答えにくい。美羽にしたら、今まで男の人とお泊りどころか、その前にデートですらしたことがなかったからだ。



「あ、でも、ディナーはオッケーよ。その……お泊まりの方は……まだ考えてみてもいい?」美羽にとって精一杯の答えだった。



 <うん。いい答え待ってるよ>


 裕星は早速自宅の倉庫からウェットスーツとボードを持ちだし、大き目のバッグに着替えと共に諸用具を詰め始めた。





 美羽は寮の部屋を行ったり来たりして考えていた。

「どうしよう。もしお泊りするとしたら、着替えも必要だし旅行鞄も持っていかないといけないわよね。でも、そんな大荷物を持っていったら、何だか裕くんとのお泊りに積極的みたいで恥ずかしいし……どうしたらいいの?」


 純粋な美羽にとっては、生まれて初めての深刻な悩みなのだ。






 結局、美羽は最低限の荷物にした。小さなボストンバッグに化粧品と着替えだけを詰めた。

 肩から下げても重くない程度の大きさなので、これなら下品に見えないわよね? と自分に納得させながら裕星の車の停めてある地下駐車場へと向かって行った。






 裕星はサングラスにストールとハットという出で立ちで、地下駐車場の車の前で、まるで雑誌の1面のようなスタイルで待機していた。

 それは、典型的な芸能人がこれからお忍びデートへ行く変装そのものだ。





 しかし、この駐車場は芸能人だけでなく各業界のVIPが使う特別な駐車場で、おいそれとゴシップ専門のマスコミや三流雑誌記者のような一般人の入れるような所ではなかったため、裕星も美羽もここまでくればもう安心だ。




 実はこういったVIP用の地下駐車場の多くは、高級マンションや高級ホテル、公共施設などの地下にあり、それぞれプライバシーの保証が十分にされた幾重にもなっている厳戒なセキュリティシステムの駐車場になっている。




 もちろん美羽はそこに入れるための暗号化されたキーカードと身分証を持っていた。キーカードは裕星から渡されたが、家族や身内、信頼できる人間以外には渡せない保証付きキーで、失くしたらウン百万単位の相当な補償金を支払うことになるのだ、などという都市伝説まであるほどだ。

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