黄昏時の彼女
赤狸湯たんぽ
第1話
「お兄さんは時間が無限にあったら何がしたい?」
待ち合わせ場所に早めに着き何をするわけでもなくスマホを見つめ、一通りSNSを巡回しホーム画面の時間を確認した時、少女は僕に問いかけた。
そこまで人通りも多くないこの場所で隣に人が立っているなんて思ってもみなかった僕は、話しかけられた瞬間驚きを隠しきれなかった。
「お兄さんは時間が無限にあったら何がしたい?」
驚きのあまり言葉を失ってしまった僕に少女は何事もなかったように繰り返す。
日も暮れ、もうすぐ夜がやってくるような時間。
見たところ小学校に上がったばかりにも見える少女がこんな時間に出歩くのは危険極まりない。
「お嬢ちゃん、お母さんとはぐれちゃったのかな。お兄さんが一緒に見つけてあげるね!」
「それはお兄さんが無限の時間の中でしたいことなの?」
何を言ってるのかわからず、そういうわけではないと答える僕に少女はまた同じ質問をする。
「お兄さんは時間が無限にあったら何がしたい?」
暗闇を閉じ込めたような大きな目でそう尋ねる少女に僕は観念して質問に付き合ってあげることにした。
ここで待っていたら母親が見つけに来てくれるかもしれない。迷子の時は動かず待つのが正攻法であろう。
「無限に時間があったらか。そうだな、考えたこともないけど、とりあえずお金を稼いで行きたいところとやりたいことをしまくるかな」
「お兄さんは行きたいところとかやりたいことがたくさんある人なの?」
「そういう訳ではないけど、無限の時間があったら友達といろんなところ行ったり、やりたいことたくさんできるかなって思って」
「お友達の時間は有限なのに?」
「え?」
「時間が無限にあるのはお兄さんだけだから、そんなことしたらお友達がいなくなった時に寂しいよ?」
不思議なことをいう彼女に呆然としていると、彼女は改めて質問を投げかける。
「お兄さんだけ時間が無限にあったら何がしたい?」
言葉にできない気味の悪さが込み上げてくる。
自分の中の危機管理センサーが今すぐ逃げろと警鐘を鳴らしている。
しかし幼い彼女を放り出してこの場を離れるには大きな後ろめたさを感じる。ここは街灯もそこまで多くない。あと数十分したら周りは真っ暗になってしまうこの状況で子供を置いて立ち去るのは僕の倫理観では良しとできない。
いや、単純にこの言い知れぬ不気味な雰囲気に飲まれ動けずにいるだけなのかもしれない。
ただ、不思議なことに居心地が悪いわけではない。彼女からは敵意とか悪意とかその類の感情を何故だか感じ取ることができない。
だからなのか。自然と言葉が口を衝いた。
「それなら無限の時間はいらないかな。」
「……なんで?」
「自分だけ無限の時間があって、それを友達と共有できないなら、僕にはそれを楽しむ自信がない。」
「自分ひとりだけでもいろんなところに行けるし、いろんなことを経験できるよ?」
「それでも、かな。」
「そっか、残念。お兄さんなら 縺、縺阪≠縺」縺ヲ くれると思ったのに。」
「え?なんて?」
突如身を引き裂くような悪寒が走ったその時
「悪い!お待たせ!」
「うわびっくりした!」
振り返ると待ち合わせをしていた友達が立っていた。
「驚かすなよ!びっくりして変な声出たじゃねえかよ!」
「いや悪い!おまえが今まで見たことないような間抜け顔で突っ立てるからつい驚かしたくなっちまった。」
「間抜けな顔なんてしてねえよ!今、こんな時間に迷子の女の子がいたから話し相手になってたんだよ!」
「おお!それは立派なことで!それで、女の子のお母さんだかお父さんだかは無事見つかったのか?」
「見ればわかるだろ、まだだよ!」
「いや、見てもわかんねえよ!」
「は?ここにいるじゃん!」
「え?どこ?」
「だからここに……」
そう言って振り返るとさっきまでいたはずの彼女がそこにいなくなっていた。
「……え?あれ?さっきまでここに女の子いたでしょ?その子が無限の時間があったら何がしたいかなんて聞いてきてさ、訳もわからず答えてたんだけど。」
「なにそれ。お前それになんて答えたの?」
「え?友達といろいろしたいって答えたら、無限の時間があるのは俺だけなんていうから、それならいらないって答えたんだけど。」
「で、さっきまで隣で話してたけど今はいないと。」
「そう。」
「……それ、なんかヤバいものだったんじゃないか。」
「え?彼女小さな女の子だよ?」
「幽霊とか吸血鬼とかそういう怪異の類みたいなものは観た人によって姿が変わるとかあるって言うじゃん?お前が女の子だと思ってても、もしかしたら認識とは全然違った姿ってことだってあり得ない話じゃないんじゃない?」
「昔話で狐に化かされて葉っぱがお金に見える話とかそういうやつか。女の子じゃない何かと話してたかもって思うと地味に怖いな。」
「黄昏時だしな。もしかしたらお前のこと連れて行って何かしようとしてたのかも。」
「やめろよ、怖くなるだろ!」
「でもそいつも馬鹿だな。そこまで一緒にいたかったら私ならそんな怪しいやり方じゃなくて顔見知りになるなり友達になるなりするけどな。お前馬鹿だからそういうやり方なら簡単に騙されるから。」
「知り合ってからまだ日が浅いってのにナチュラルに俺のこと馬鹿にするじゃん。そんな怪しいやつと友達になんかならないから!」
「1週間見てればだいたい相手の人となりなんてわかるっしょ!ま、とりあえずそいつに惑わされて連れてかれずに済んだならよかったんじゃねえか。」
「俺を何だと思ってんだよ。もういいから早く飯行くぞ!お前が遅れてきて危うい思いしたんだから今日は多めに払えよ!」
「うぃ、わかったわかった。」
そんなやり取りを繰り広げつつ、楽しそうに並んで歩く一つの影が繁華街へと消えていった。
黄昏時の彼女 赤狸湯たんぽ @akadanuki
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