第88話 共に、生きるために

 翠川みどりがわ双笑ふたえは、自分が他の人とは違うという事を自覚していた。


 いわゆる二重人格というもので、いつの間にか自分の中にもう一人の自分がいた。

 副人格が体を動かしている間は彼女自身の意識は無く、もう一人の自分と自由に入れ替わる事もできなかった。


 しかし双笑は、それを気味悪がったり拒絶したりしなかった。

 副人格に『隻夢ひとむ』という名前を与え、様々な手段でコンタクトを取ろうと奮闘した。交換日記のようにメッセージを残してみたり、霊的なモノと会話できるというちょっと怪しい出店に行ってみたりといろいろ試してみたが、どれも成功しなかった。


 また、突然の人格の交代により別人のように豹変する双笑を怖がって、周囲からは人が遠ざかって行った。それでも、双笑は気にしなかった。隻夢が表に出て来る時は、決まって双笑の身に降りかかる危険を払ってくれる時だから。


 もはや彼女にとって隻夢は『もう一人の自分』ではなく、一番近くにいる『一番の友達』になっていた。


 隻夢が支えてくれていたおかげで、双笑は『人は一人では生きていけない』という言葉が綺麗事ではなく事実なのだと、子供の身で知る事が出来た。

 双笑の至らない部分は隻夢が補ってくれる。だから双笑も、隻夢に出来ない事を出来るようになりたいと強く思っていた。


 いつか隻夢と話がしたい。本当の意味で『二人一緒』になれる日を願っていた。他者と意識を繋ぎ止める異能力はまさに、双笑の意思の表れだ。


 共に生きるための、チカラを合わせるための繋がり。


 それが、双笑の異能力なのだ。



『双笑、その光……』


 双笑の両手のひらから小さく零れる光を見て、意識の裏側にいる隻夢は驚いたように呟く。当の双笑は、集中するように目を伏せていた。


「感じる……みんなの力が、私と繋がってるような感覚」


 ロウソクの火のように小さかった光はあっという間に広がり、双笑の両手を覆い尽くした。それは瞬く間にある形へと集束していく。両手で抱えるほどの大きさの、かつて一度だけ、とある女性に向けられた事がある武器の形へ。


「人の意識のさらに先――異能力を、共有する!」


 目を見開き、両手を中心に渦巻く閃光を握りしめた。彼女の意思に呼応して、光の塊はプラズマガンへと姿を変える。

 見知った武器を生み出す力。それは、勇人ゆうとの異能力だった。


「これなら倒せるよっ!!」


 迫りくる『エンダー』へ向けてプラズマガンを放つ。三メートル先にいた『エンダー』は、プラズマの超高熱によって右半身が丸ごとくり抜かれたように消し飛んだ。

 だが、相手は死んでも動き続けるゾンビ。頭と両脚が健在な限りどこまでも追い続ける。

 一撃で胴体を消し飛ばしたと思っていた双笑は、思った以上に扱いにくい次世代兵器を握り直した。


「私の腕が未熟なら……」


 再び異能力を使う。スターゲート本部内に存在する数多の意識の中から、ひと際強く輝く異能の光を掴んだ。


 複数の未来を同時に予測する、黒音くおんの異能力。それにより、負傷した一体と無傷の二体が直線状に並ぶ瞬間を予測する。

 まとめて貫ける位置まで来たら、次は子供たちの一人から拝借した念氷結クリオキネシスで足元を凍らせて動きを封じる。思いつくままにやった事だが、どうやら異能力だけではなく超能力も『共有』する事が出来るようだ。


 足を固める氷も徐々に分解されていくが、二秒も動きを止められたら十分。引き金を引き絞り、プラズマの塊は三体の頭をまとめて焼き切った。勢い余って廊下の壁も一部抉ってしまったが、無事に倒せたのだからギリギリセーフだろう。


「ふぅ……なんとか勝てたね」


 双笑の意識が表に出てゾンビと戦う事は初めてだったので、緊張の糸が切れたように一息ついた。


「こんな使い方をしたの初めてだけど、案外いけるものなんだねー」

『まさか双笑の異能力にこんなチカラがあったなんてな。勇人の兄ちゃんみてぇに複数の能力を使いこなせれば無敵じゃんか』

「あはは、私はまだ自由自在ってほどじゃないよ」


 プラズマガンを右手に持ち、開いた左手をまじまじと眺める。

 意識と共に能力も自身と繋げ、共有する。突発的な思い付きだったが、難なくこなす事ができた。


「ゾンビみたいに、私達の異能力も進化するって事なのかな」

『由来が同じウイルスなんだし、その可能性もあるだろうな』


 前までは考えもしなかった事が出来るようになった。まだまだ異能力には未知の可能性が存在するのかもしれない。


 とにかく、無事に脅威は排除できた。

 触る事ができない『エンダー』相手でも問題なく戦える。双笑の足を止めるものは何もなくなった。


「さあ、食堂に急ぐよ!」


 子供たちの超能力のひとつ、壁を越えて遠くまで見る事が出来る『遠隔透視クレヤボヤンス』を使って、部屋の中や曲がり角にゾンビが潜んでいないかを確かめる。安全が確認できれば、プラズマガンを両手で抱えて走り出した。


『双笑、まだ交代しなくていいのか?』

「ありがと。ちょっと疲れたけど、まだ大丈夫だよ。今まで隻夢が戦ってた時も見てはいたから、気持ち悪いけどゾンビも見慣れたし。力さえあれば私もまだ戦える」

『そーか。キツくなったら無理はすんなよ』

「うん。それまで隻夢は休んでてね」


 いつもは隻夢と意識を共有させているだけだった双笑だが、今は複数の異能力や超能力を自身に繋げている。体への負荷も今まで以上に掛かっているだろう。少なくとも全く平気ではない事は、隻夢も双笑自身も分かっていた。


 だが、今はゆっくり休憩している場合ではない。戦闘向きではない異能力のあおいと黒音が食堂に取り残されているかもしれないのだ。

 本当は空間転移テレポートを使って一瞬で助けに行きたい所だが、間違えれば壁にめり込んでしまうという話を虹枝にじえだから聞いた事があり、さすがに怖くて使えなかった。


「……あっ! 見つけた!」


 遠隔透視クレヤボヤンスで遠くを確認しながら走っていた双笑は、少し離れた廊下に黒音らしき人物を見つけた。周囲に蒼は見当たらない。その代わりとでも言うように、ゾンビが四体ほど黒音の近くにいた。


「急がないと!」


 黒音にゾンビと戦えるだけの力はない。それに彼女は一番年下で、双笑以上にゾンビに対して恐怖を感じているだろう。手遅れになる前に助けに行かなければ。

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