第87話 朱神兄妹の戦い

 銃という武器はとても強力だ。引き金を引くだけで、俺のようなただの高校生でもゾンビを蹴散らせる。普通の銃弾が効きにくい『エンダー』相手でも、プラズマガンを用いれば簡単に排除が可能だと思う。


 だが、銃には一つ欠点がある。剣や槍などの近接武器と比べて明らかに攻撃範囲が広いせいで、周囲を巻き込みやすいという点だ。俺は今、その欠点のせいで引き金を引けないでいる。


 俺と唯奈ゆいなは子供達が避難している大部屋の近くまでたどり着いた。部屋の入口から真っ直ぐ伸びる廊下の先に、俺たちはいる。


 入口の前には五体もの『エンダー』が集まっており、すぐにプラズマガンでまとめて消し飛ばそうとしたが、それは出来なかった。子供たちが超能力で応戦しようと外に出ていたからだ。このままプラズマをぶっ放せば、子供たちにも当たってしまう。


「みんな、大丈夫か!?」


 ゾンビを挟んで向こう側にいる子供たちへ呼びかける。彼らも俺たちに気付いたようで、僅かだが表情が明るくなった。


「全員部屋に隠れてろ! コイツらは俺達が倒すから!」


 ゾンビを引き付ける意味も込めて大声で指示を出すと、子供たちは頷いて扉の先へを駆け出した。『エンダー』たちは床を溶かす足を動かして彼らの背中を追おうとしていたが、俺が銃を鳴らすと見事に振り返ってくれた。


「さて、どうしたもんかね」


 ああは言ったものの、解決策がパッと出てこない。

 先ほどは子供たちを巻き込みそうでプラズマガンが撃てないと言ったが、実際は子供たちだけでなく大部屋の自動ドアまでプラズマで焼き切ってしまうだろう。これから外に出ている戦闘要員が戻ってくるまで籠城戦をするっていうのに、入口をぶっ壊したら元も子もない。かと言って銃弾は効きにくいし……。


「お兄ちゃん、武器はまだ出せる?」


 俺の葛藤を見かねてか、唯奈はそう訊ねて来る。


「武器を生み出すだけならまだ余裕はあるぞ」

「そう。じゃあ金属バットちょうだい。前に私にくれたみたいなやつ」

「普通のゾンビならともかく、物理攻撃が効きにくい『エンダー』はバットじゃ倒せないだろ。銃ですら手間取ったんだぞ?」

「だからこそなんだって。いいから早く」


 ここでモタモタしててもしょうがない。唯奈には何か考えがあるみたいだし、今は言う通りにしよう。

 異能力で金属バットを生み出し、こちらを見下ろす唯奈に手渡した。唯奈はそれを両手で握り、重さを確かめて小さく頷いた。


「それと、他の異能力を出すのは無理そう? さっきの炎みたいにゾンビを丸々焼き殺すような威力じゃなくてもいい。ちょっと動きを阻害するような、手で軽く突き飛ばす程度の念動力とか」

「うーん……まあそれくらいならギリ。ってか、何する気だ?」


 俺が聞くと、唯奈はさながらホームラン宣言かのように、のっそりと歩いて来る『エンダー』たちにバットを向けた。


「このバットであいつらをぶん殴る」

「は!?」

「だからお兄ちゃんは、私を守って。さすがに五体全員とは相手してられないから、後ろから掴まれそうになった時とかに小さな念動力で払うだけでいいから」

「いや、さっきも言ったけど『エンダー』に物理攻撃は――」

。とにかく今は説明してる暇はない。お兄ちゃんはサポートだけでいいから、お願い」


 注意深くゾンビを睨んでいた唯奈の瞳がこちらへ向いた。俺が守らなければいけないと思っていた妹の顔は、いつの間にかすっかりたくましく見えた。


「今は私を信じて。私もお兄ちゃんを信じるから」


 そんな事を言われては、お兄ちゃんは素直に頷くしかない。唯奈は策があると言うんだ。なら、俺はそれを信じて指示に従うのみ。何より、シチュエーションは物凄く危ないけれど、唯奈が俺に頼み事をした事が嬉しかった。


「分かった。背中は任せろ」

「頼んだよ」


 金属バットを構え、唯奈はにじりよる『エンダー』の群れに飛び込んだ。まずは片脚を軸にしてその場で一回転し、正面にいた『エンダー』の首へフルスイング。

 体表を覆う『D2-細胞』によってバットが壊され無力化される……と思いきや、遠心力の乗ったスイングは『エンダー』の首に直撃し、腐って脆くなっていた肉や骨を砕いた。そのまま頭と胴体が分離し、ソイツは床に倒れた。


「た、倒したのか!?」

「言ったでしょ、効きが弱かったのは銃だからだって」


 腕を伸ばして捕まえようとする『エンダー』の攻撃を躱しながら、唯奈は呼吸を整えるようにそっと息を吐いた。


「銃の弾は小さすぎるから、ちょっと削れただけで弾道がズレて威力が落ちるけど、バットは違うでしょ? あいつらを殴っても分解されるのはバットの表面だけで、大部分は健在だから威力もそんなに変わらない」


 間合いに入った二体目の『エンダー』へ金属バットが振るわれる。空気が唸り、バキッと『エンダー』の頭蓋骨が割れる音が聞こえた。


「『速度』で威力を出す銃弾と違って、こっちは『質量』で威力を出してるんだから。少し勢いを付けて殴れば、触れた物をバラバラに溶かそうが関係ないってワケ」

「なるほど……!」


 銃や異能力に慣れ過ぎた俺には、金属バットでゾンビと戦うなんて完全に盲点だった。

 ある意味初心に帰るような戦略。流石はゲーマー唯奈、頭が柔らかい。


 ……おっと、感心してる場合じゃねぇ!

 三体目へ狙いを定めた唯奈の死角から迫るヤツがいた。掴んだ物を細胞レベルで分解する凶悪な手が唯奈へと伸びる。


「させるかよ!」


 イメージは、シオンやスミレが使う念動力サイコキネシス。ただし、一撃でゾンビを吹き飛ばすような高威力を出そうものなら今度こそ俺がぶっ倒れそうだ。

 一度死の淵を彷徨ったからか、自分の限界が感覚的に理解できるようになった。


 だから、唯奈に言われた通りにサポートに徹する。力で言えば素手で引っ張るのと同じくらいの威力。そんな小さな念動力を唯奈に迫る『エンダー』の足にぶつけ、その場に倒した。これくらいの援護なら車椅子に乗ったままでも十分可能だ。


「唯奈! 後ろのヤツ倒したから踏まないよう気を付けろ!」

「ありがとお兄ちゃん! コイツらはまとめて……!」


 唯奈はバットで足を払って三体目の『エンダー』を、俺が転ばせたヤツの上に器用に倒す。そして、ちょうど重なる位置にあった三体目の頭と四体目の胴体めがけて、全力で得物を振り下ろした。


 ゴシャァ!!と、肉と骨と一度終わった命が再び潰える音がして、廊下に有毒そうな赤黒い血が飛び散った。

 女子中学生がヒトの形をしたモノを金属バットでゴキブリ退治の如くグチャっと殺る姿はなんともバイオレンスだが、ゾンビ相手に勇敢に立ち向かう妹の姿と思えば、むしろ輝いて見える。喜ばしい成長である。


 頭を潰さなかったからかギリギリ動いていた四体目の頭めがけて、唯奈がバットを振り下ろした時。小指の爪程度の小さな肉片が唯奈の服につき、左肩辺りにほんの少し穴が開いた。


「うわっ、最悪……」

「大丈夫か? 体に当たってたりとか」

「それは大丈夫。ちょっと服にかかっただけだし。分解能力が細胞に由来するものなら、派手に潰して血肉をまき散らすのも駄目だね……」

「何でも分解する危険物質が飛散する事になるからなぁ。あとできちんと死体処理しなきゃ」


 唯奈は服に小さな穴が開いた無念と怒りを込めて、最後の『エンダー』の首をかっ飛ばした。と言っても廊下の中なので、飛んだ首は壁に当たってぼとりと落ちるだけなのだが。


「はぁ……ちょっと疲れた」

「お疲れさん。金属バットってまあまあ重いしな」

「出不精にはちょっとキツイ戦いだったかも。次はちゃんと銃使いたい」


 床に転がる死体をバットでつついて一か所に転がしながら、唯奈はため息をついた。銃を通常装備として認識している辺り、唯奈もすっかり戦う事に慣れている様子だ。


「というかお兄ちゃん、さっきからちょいちょい子供の成長を眺める親みたいな視線向けて来るのなんなの」

「ありゃ、気付かれてたか」

「もう……すぐ子供扱いして」

「はは、悪い悪い」


 我が妹には全部お見通しらしい。ジト目を向けて来る唯奈に軽く謝りながら、新しく生み出した火炎放射器を両手に持った。

 ちゃんと大部屋の入口を巻き込まないよう車椅子を動かして立ち位置を変え、唯奈が一か所にまとめてくれた『エンダー』達を焼却する。うっかり踏んで足が溶けちゃたまんないからな。

 燃え盛る死体達の前で手を合わせるのも忘れずに。


 直後、今までとは違う種類の警報が鳴り響いた。

 どこかで聞いた事がある感じの音……これ、学校の避難訓練で聞く火災報知器のベルだ。

 なんでこの音がここで……と思い、ふと今の状況を再確認。


 俺の手には携帯型火炎放射器が握られており、そこから飛び出る炎は五体の『エンダー』を丸焼きにして、廊下には黒煙が立ち昇っている。


「あ」


 気付いた頃には、時すでに遅し。大部屋の扉の前と廊下の曲がり角を塞ぐ二か所に隔壁が降り、天井のスプリンクラーから雨が降り注いだ。もちろん、俺と唯奈はずぶ濡れである。


 不幸中の幸いか、『エンダー』の大部分は焼却済みだったので問題ない。体表を覆っている『D2-細胞』がどこまで存在するのかは分からないが、さすがに黒焦げになるまで焼き尽くせば無くなるだろう。真っ黒な塊と化した『エンダー』たちの火が消えた少し後、スプリンクラーからの放水が止まった。


「…………スマン、唯奈」

「別に、今回ばかりはお兄ちゃんに当たるのもお門違いだし」


 かなりの量の水を頭から被って若干不機嫌になっていた唯奈だったが、ゾンビの処理として仕方ない事だと許してくれた。一番の不幸中の幸いはこれかもしれない。


「まあ、隔壁が降りて新しいゾンビが来れなくなったんだし、結果オーライかもな」

「私達も部屋に入れなくなったけどね」

「あっ……」


 炎が広がるのを防ぐために降りた隔壁は、どうやら自動で上がってくれない模様。

 結局、渾身の力を振り絞って大部屋へテレポートする事となった。ギリギリ体力が残ってて良かった……。

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