第71話 死のイメージ

 あらゆる物が、触れる前に弾かれる。そんな隻夢ひとむは返り血の一滴も浴びずに、ゾンビをなぎ倒し続けていた。今も最後の一体の首を裏拳で弾き飛ばした所だった。


「よっし、いっちょ上がり」

『これで全部みたいだね。お疲れー』


 意識の中から隻夢の目を通して景色を見ている双笑ふたえは、なんら苦戦する事なくゾンビ集団を撃破した隻夢をねぎらう。


「群れてもゾンビはゾンビ。それに多くても三十体くらいだ。オレの敵じゃねぇな」

『油断はするなよ。勇人ゆうとはたった今、進化型と戦闘を始めた所だ。お前の所にも別の個体が現れるかもしれん』


 ブレインドローン越しに隻夢の処理したゾンビを観察している虹枝は、余裕そうにしている隻夢をたしなめる。


「進化型ねぇ……オレも加勢しちゃ駄目か? 兄ちゃんを見くびってるワケじゃねぇが、二人の方が確実だろ」

『心配なのは私も同じだけど、持ち場を離れるのは駄目だよ隻夢』

『お前にはお前の役目があるんだ。ゾンビを倒しながら進め』

「へいへーい」


 意識の中と耳の通信機からダブルでツッコミを受け、隻夢は投げやりに返事をする。頭の後ろで手を組みながら、目標の百メートル地点までの進行を再開した。


「まあ、兄ちゃんなら余裕だろーな」





     *     *     *





「痛……ってぇなおらぁい!!」


 俺の右手に噛みついた『ランナー』の脳天へ、左手に握るサバイバルナイフを突き刺す。そして右手を強引に振りほどき、『ランナー』の腹を蹴り飛ばす。再び距離を詰められる前に、俺は右手に意識を集中させた。刃物や銃器とは違う、俺の想像するもう一つの『武器』を――異能力を、生み出す。


「ぶっ飛びやがれッ!!」


 右手のひらから放たれたのは、雨黄あまきの異能力である衝撃波攻撃。走り出そうとしていた『ランナー』の上半身は不可視の衝撃にもぎ取られ、下半分だけになった体はパタリと倒れる。


「はぁー、危なかったぁ……」


 ため息を吐き出し、俺は右手を確認する。黒い手袋の上から思いっきり噛まれたが、手袋が破れた様子は無い。


『勇人、傷は無いか?』

「何とか大丈夫です。手袋が防刃仕様じゃなかったら終わりでしたよ」


 念のため手袋を取って右手を確認してみても、噛まれたような傷は見当たらない。ちょっと痛むが無事だ。


「おっと、まだ本命が残ってたよな」


 俺は気を引き締めなおし、『パワードイーター』と対峙する。すっかり傷が癒えたあいつは、血を流す目で俺を見据えている。

 右手が動いた。ヤツの足元に転がっていたゾンビの死体を掴み、俺に向かって放り投げた。


「おわっと!」


 数歩横に動いて躱し、お返しにと衝撃波の異能力をボディ全体に浴びせるようにぶつける。普通のゾンビのように一発でひき肉にはならないが、右腕からはバキボキと何かが折れる音が響いた。変異種であり進化型でもある未確認のゾンビといえども、ダメージはちゃんと入っているみたいだな。


 そんな『パワードイーター』は再び足元のゾンビを左手で拾い上げ、食らい付いた。千切れかけていた右腕がぐにゃりと動く。再生が始まったのか。


「また回復させるかよ!」


 衝撃波の異能力じゃ決定打は与えられない。なら、再びプラズマガンで穴を開けるまでだ。俺は気合いの声と共に異能力を発動。光と共に出現したプラズマガンを構え、お食事中の『パワードイーター』にぶっ放した。

 しかし奴は、プラズマが当たる直前に食べかけのゾンビを押し込み、無理矢理プラズマの威力を分散させた。焼け焦げたのは食べかけゾンビだけで、『パワードイーター』はほとんど無事だ。


「機転の利いた防御しやがって……!」


 第二射を構える俺へ向かって、『パワードイーター』は走り出す。プラズマガンのチャージは間に合わない。俺はプラズマガンを捨て、再び衝撃波の異能力を生み出す。


「こっち来んな!」


 左手で衝撃波を浴びせ、『パワードイーター』の足を止める。その隙に右手で別の異能力を準備した。

 二つの異能力の同時使用。試した事は無いが、理論的にはいけるはずだ。異能力を生み出すのだって、銃などの武器を生み出すのと同じ要領なのだ。そして、二つの武器を同時に生み出す事は既にできている。なら、異能力だって作れるはず。


 衝撃波を浴びながらも、『パワードイーター』は俺を狙って向かって来ている。ゾンビを喰らって回復する度に体が強靭になっているのか、もう衝撃波攻撃でも大したダメージが入っているようには見えない。こりゃ早くトドメを刺さないとな。長期戦になるとマズい……!


 右手のひらを基点として、俺の周囲に真っ赤な炎が渦巻いた。どうやら二種類の異能力も問題なく扱えるようだ。

 俺が右手で生み出したのは、アカネが使っているのをちらっと見た事のある発火能力。炎を出すというシンプルな能力だからか、イメージも簡単に出来た。


「くらえ、必殺! ファイアー衝撃波!!」


 左手から放たれる衝撃波に、右手から吹き出す炎を重ねる。暴風のような衝撃波に乗ってゾンビへ殺到する炎の渦は、さながらジェットエンジンのよう。延長線上にあったアスファルト道路や電柱もまとめて溶かすほどの業火だった。


「うわっ!?」


 直後に大爆発が起きた。近くに自動車が停まっていたのを忘れていた。ガソリンの引火による爆発で、『パワードイーター』に予期せぬ追撃を与える事に成功した。ラッキーだな。


「虹枝さん。進化型もバッチリ倒しましたよ」

『やりすぎだ。煙で何も見えんだろう。それに火が広がる前に鎮火しておけ』


 そう言えば、ここは後に避難所になる予定なのだ。大火災で建物がボロボロだったら危険だよな。

 発火能力と同じような要領で、手のひらから水を噴射して燃え移る火を消していく。だがただの水じゃ消えにくいのか、なかなか収まらない。


「しょうがねぇなあ……消火器はどこかなーっと」


 適当な店に入って消火器を取ってこようと辺りを見渡す。


『……ッ!? 勇人、避けろ!!』

「ぐっ!?」


 胸の辺りに激痛が走った。そのまま後ろへ吹き飛ばされ、広い道路の上を転がる。

 痛みに顔をしかめて立ち上がると、胴体を守っていたプロテクターにヒビが入っていた。

 何度か咳き込みながら呼吸を整え、前を向く。黒煙の中から出て来たのは、全身真っ黒こげの『パワードイーター』だった。


「クソ……あれで死なねぇのかよ」


 ファイアー衝撃波、決まったと思ったのになぁ。しぶといやつめ。

 やつに殴られたのか、プロテクターは壊れる寸前。だが、終わりが近いのは向こうも同じなはず。


「これで決める……!!」


 再び発火能力を生み出し、俺の顔よりも大きな火球を形成する。炎の威力を目一杯高めているからか、傍にいるだけで汗が止まらない。


「消し飛べ! ファイアーボール!!」


 両手で抱えるように構え、大火球を前方の『パワードイーター』へ撃ち出した。いちいち技名を叫ぶのは、単にそっちの方がかっこいいから。こういうのはイメージが大事なのだ。

 その甲斐あってか、渾身のファイアーボールは小型の太陽のような灼熱をまき散らしながら、『パワードイーター』へ突き進んでいく。そのまま大きな肉塊をこんがり焼き上げる……かと思ったのだが。


「は!?」


 跳んだ。

『パワードイーター』はファイアーボールを軽々と飛び越えて俺の目の前に着地した。ゾンビはおろか、人間ですらあんな大ジャンプ難しいぞ。生前にスターゲートに施された肉体改造によるものか。


「やばっ」


 ファイアー衝撃波を受けて焦げ臭い煙を上げている巨体が目の前に迫る。俺はアカネがしたように両手から炎を噴射して後ろに逃げようとしたが、制御が難しく、後ろにぶっ飛ばされてしまった。そのまま地面を転がる。

 乱暴な脱出方法に体は痛むが、距離を離す事には成功した――


「グオァァ……!」


 至近距離から聞こえるゾンビのうめき声。いつの間にか背後には、十体前後のゾンビが回り込んでいた。知能には個体差があるとか聞いたけど、建物の中に潜んでたのか……!?


「しっしっ! あっちいけ!」


 目と鼻の先まで来ていたゾンビを衝撃波で吹き飛ばし、『パワードイーター』とは違ってゾンビらしくふらふらとした足取りで俺に向かって来る奴らは、咄嗟に生み出したマシンガンで全員撃ち抜いた。


 しかし、その隙を狙われた。

 俺の背後まで再び肉薄していた筋骨隆々な『パワードイーター』に、その剛腕でもって俺の左腕をがっしりと掴まれた。

 力が強い。スターゲートの肉体強化手術にプラスして脳のリミッターが外れているからか、俺のか弱い筋肉じゃ振りほどく事もかなわない。


「放しやがれこの野郎!!」


 右腕だけで支えるマシンガンを掃射するも、直撃した弾丸は数センチ進んだ所で止まった。度重なる再生のせいで肉体の強度が増しているのだ。


 掴まれた左腕が引き寄せられる。自然と俺の体も一緒に持ち上げられ、大きく開いた『パワードイーター』の口が迫る。

 こうなりゃ全力で火炎をぶちまけるか? でもそれだと俺自身も丸焦げになりかねない……けど、喰われるよりはマシだ!


「……ッ!?」


 一瞬でも迷ってしまったのが悪かったのかもしれない。掴まれた左手は口の中に入り、顎が閉じた。左腕を守るプロテクターが音を立てて砕け、防刃スーツすら貫通して、俺の腕に歯が突き立てられる。


「があああああああああああッ!?」


 信じられないほどの痛みが炸裂し、視界で光が弾けた。思考がまとまらず、右手のマシンガンを取り落とす。異能力によって反撃する余裕も無くなっていた。とにかく腕が痛い。


『目を塞げ!!』


 通信機越しに聞こえる虹枝さんの叫び声も、ひどく遠くから聞こえる気がする。言われた通りに瞼を固く閉じた。

 耳元をブレインドローンが通過する音が聞こえ、直後に爆発音が耳を塞ぐ。瞼越しに光が差しこんだ。


『パワードイーター』の顎と掴む腕の力が緩み、俺は解放された。まるでゾンビのような千鳥足で『パワードイーター』から距離を離す。どうやら閃光弾と爆薬を仕込んでいたブレインドローンが顔面に特攻し、『パワードイーター』の注意を逸らしてくれたようだ。


『勇人! 意識はあるか!』

「は、はい、何とか……」


 左腕が焼けるように痛い。数千本の針で余すところなく貫かれているかのようだ。見ると、プロテクターは粉々に砕け、裂けた肉からは血が流れ続けていた。まともに動かせないのは確かだな。骨だけで辛うじて繋がっているような感覚。あと一秒でも遅ければ喰いちぎられていただろう。


『左肩に備え付けられているケースに白いラベルの注射器があるはずだ。二の腕辺りにそれを打て!』


 何も考えられないまま虹枝さんの指示に従って、左肩のケースから白いラベルの注射器を取り出す。注射器と言っても俺が見慣れているような針のある物ではなく、ほとんど試験管のような細長い円筒状の入れ物だった。

 右手にそれを持ち、左の二の腕に突き刺すように打ち込む。プシッ、という軽い音だけが聞こえた。

 注射の痛みを感じなかったのは、この注射器がスターゲート製の最新型だからか、あるいは噛まれた腕の痛みが全ての痛覚を支配しているからかは分からない。


 痛みは全く引かないが、瞬間的なパニックの波を超えると冷静になって来た。体中にダメージを受けてなお再び動き出そうとする『パワードイーター』を視界に捉え、そして外気に晒されるだけで絶え間なく痛みを訴える左腕を見る。


 ゾンビに噛まれた。

 その事実が意味する所は、たった一つ。


「俺は、ここで死ぬのか……?」

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