第68話 それぞれの想いと共に
俺はたくさんの物に恵まれていた。人間関係に恵まれていて、環境に恵まれていて、力にも恵まれていた。
結果として俺は、異能力を駆使して仲間と一緒に、このゾンビのはびこる世界を生き抜いて来れた。
でも、それは『普通』ではない。もしも異能力に目覚めていなければ、俺は家になだれ込んだゾンビの群れにあっけなく喰われていた。もしも
たった一人で、この荒廃した無人の街を歩く。そんな『あったかもしれない最悪の可能性』を、今少しだけ実感している。
「最初からずっと唯奈がいたからなぁ。一人は始めてかもしれない」
両手にサブマシンガンを持ち、周囲を見渡しながら歩く。こんな寂れた街並みを一人で歩くなんて、今まで無かったな。
異能力も無く、共に生き延びる仲間もいない人は、こうやって一人で過ごしているのかもしれない。終わるのかも分からない、このサバイバルを。
「なおさら、グランドクリーン作戦を完遂させないとな」
本作戦の重要項目の一つ、スターゲート本部から直線距離でおよそ一キロ先にある太陽光発電所の復旧。これにより、ゾンビを掃討したエリアに設置した避難所に、電力を供給する事ができる。今もどこかで必死に生きている人達を、一人でも多く助けられるかもしれないのだ。
『
耳にはめた通信機から
「了解です」
短く返事をし、両手のサブマシンガンを握る手に力を込める。
俺は一人じゃない。今この場所には一人だけど、遠くでは仲間たちが戦っている。本部では俺たちに想いを託してくれている大人達がいる。心ではそう分かっているからだろうか。隣に誰もいないのに、ちっとも寂しくない。
「さあ、大掃除再開だ!!」
うめき声を漏らしてにじり寄るゾンビの群れへ向けて、俺は引き金を引き絞る。
* * *
「スリット」
『トンボ』
「ボート」
『トースト』
フードの付いたパーカーの上にオーバーサイズのウインドブレーカーを羽織る
隻夢の異能力なら、地面に斥力をぶつけての跳躍による超機動が可能なのだが、のちに避難所を設置する予定であるこのエリアでは、ゾンビを一体たりとも見逃してはいけない。なのでしょうがなく歩いて進んでいるのだ。そして、暇つぶしのしりとりである。
「トマト」
『と……時計』
「糸」
『……もう、隻夢「と」ばっかりじゃん』
「わりぃわりぃ、これが強いんだよ」
『ふふっ』
可笑しそうに双笑が笑い、隻夢も釣られて笑みを零す。
そして、気まぐれで始まったそのしりとりも彼女たちの気まぐれで終わる。ふと思い出すかのように、双笑は話題を変えた。
『今更だけど、こうやって隻夢とゆっくり話すの、久しぶりだね』
「あー、確かにな。家を出たその日に兄ちゃんたちと出会ったからな。二人で話してた頃ってなると……オレたちに異能力が目覚めて、家を出るまでの間ぐらいか」
ご近所さんがゾンビになってしまう程度にはゾンビパンデミックが世界中に流行し始めた頃だろうか。双笑は異能力に目覚めた。
その能力は、意識の共有。他人と五感を共有したり、テレパシーのように意識を繋げて会話をしたりできる能力だ。そのおかげで、今まで意思疎通も出来なかった副人格である『隻夢』との会話が可能になった。
更に偶然にもその隻夢もまた、斥力を身に纏うという異能力に目覚めていた。
それから一ヶ月前後が経った頃、家になだれ込んで来たゾンビに両親が襲われ、逃げるように家を飛び出した。
そしてその日に勇人、唯奈と出会い、
「異能力が無い頃は、今みたいに気軽に人格の交代も出来なかったし、話なんて出来なかったもんな」
『お互いが表に出てる間にメッセージを残して、交換日記みたいにしようとした時もあったね。自由に交代できなくて失敗に終わったけど』
「双笑も双笑なりに、オレと友好的に接しようとしてくれてたよなー」
人だけがいなくなり、何も手入れされなくなった街並みを見渡しながら、隻夢は昔を思い出すようにしみじみと言う。
「オレが表に出てる時、双笑には何も感じなかったんだろ?」
『うん。途中で寝ちゃったみたいに、パッと景色が変わる感じ。隻夢が動いてる間の事は何も覚えてなかったね』
「それ、普通は不気味に思うもんだぜ? 知らない間に体が動いてたなんてよ。よく怖がりもしなかったよな」
『だって、隻夢が出て来る時って、だいたい私が困ってる時だったじゃない? 私は、もう一人の自分が助けてくれて嬉しいって思ったよ』
隻夢は、双笑を守るために自分のような副人格が生まれて来たのだと信じている。
心優しい双笑に付け込もうとしたり危害を加えようとした者は、もれなくぶっ飛ばして来た。カツアゲ、ナンパ、キャッチセールスに至るまで、全て隻夢は双笑を守るために拳で沈めて来た。それを双笑は不気味がるどころか、自分を守ってくれたと喜んでいたようだ。
「全く、相変わらず優しいやつだな」
口元に笑みを浮かべ、隻夢はつぶやく。
隻夢は今まで双笑を守って来た。そして、これからも守り続ける。たとえそれが悪い人間だろうとも、ゾンビだろうとも変わらない。彼女の害になるものを拒絶し、排除し続けるだけだ。
* * *
腰に様々な種類の手榴弾を付け、拳銃を片手に歩く蒼。
兄から貰ったポータブルレールガンをベルトで肩に下げ、蒼のものと同じ拳銃を握って周囲を警戒する唯奈。
小柄な体躯に合うサイズのプロテクタースーツが無く、胴体や四肢に簡易的な防具を身に付けているだけの黒音。
三人はたびたび出現するゾンビを撃ち抜きながら、順調に進んでいた。
「そう言えばさ、黒音ちゃんの異能力ってどんなのだっけ。まだ聞いたこと無かったよね」
FPSゲームよろしくしっかりと
「た、たいした能力じゃない、ですけど……未来が、見えるんです」
「未来視……!? すごい能力じゃん」
「い、いえ、そんなすごいものじゃ……」
首を振って否定する黒音。謙遜しているというより、彼女自身は本当に大した事じゃないと思っているようだった。
「未来が見えると言っても、長くて五秒先、くらいですし……それに、ひとつじゃないんです」
「ひとつじゃない?」
「は、はい。なんて言うんでしょうか……いくつかの未来が、同時に見えるんです」
そこで彼女は、倒れたゴミ箱から転がる空き缶を指さした。
「あの缶が、風に吹かれて転がるとして、それがまっすぐ転がる未来と、ななめに転がる未来。それから、転がってすぐに止まる未来、とか……」
「それがいっぺんに見えるって事?」
「はい。どれが本物の未来かも、私にはわかりません……」
「起こり得る未来の可能性を複数同時に見る能力、って感じかな」
黒音の話を総括し、蒼がそう言った。彼は前へと歩きながら、黒音の方を振り向いた。
「それでも十分すごい異能力さ。もっと自信を持っていいんだよ」
「そ、そうでしょうか……」
「ああ。実際、始めて会った時も君のおかげで僕は助かったわけだしね」
「複数の可能性のうちどれかはハズレだとしても、ひとつは必ずアタリって事じゃん。未来予知、カッコイイ能力だよ」
唯奈からもそう言われ、黒音は嬉しそうに小さく微笑んだ。
物心ついた時から親は母しかおらず、その母親も黒音の事は最低限の面倒を見るだけで、愛情なんて注がれた事もない。他人に認められる事などほとんど無かった。
やがて人と話すもの苦手になっていき、自己肯定感もどんどん低くなっていくばかりだった。
だが今は、自分を必要としてくれる仲間がいる。温かく接してくれる仲間が。
「あ、ありがとう、ございます……!」
武器も持てず、サイズの合う防具が無いほどに小柄な少女。だが彼女は、このゾンビで溢れる死の世界で生き延びて来た。彼女も、十分強い子だ。今や彼女を知る誰もがそう思っていた。
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