第66話 突然変異

 ゾンビになった人達は脳が腐っているから、普通は平衡感覚が保てずに酔っ払いのようにふらついている。だから階段の昇り降りも苦手なようで、『ゾンビは段差に弱い』という情報は、もはやどこの誰でも分かる共通認識となっていた。

 だからこそ、目の前のゾンビは明らかに異質だ。


「あいつ、しっかり『歩いて』やがるな……」


 ゾンビの群れを引き連れるかのように先頭を行くそのゾンビは、歩き方にどことなく人間味が残っていた。両足の筋肉をしっかり使って、一歩一歩踏みしめるように足を動かしている。


「あれも進化型にカウントしていいのか?」

「まあ、他のゾンビより優れてるのは明らかだしね」


 隻夢ひとむあおいも警戒するように暫定進化型を見据える。俺はポータブルレールガンを構えた。


「よし、第二陣もさっさと片付け――」


 言い終わるより速く、先頭を行く進化型が動き出した。姿勢を若干低くして、勢いよく


「こいつ、走るぞ!!」


 やっぱり進化型は動きが違う。だが、距離が離れていれば安全だ。俺は落ち着いて引き金を引き、進化型の頭を撃ち抜いた。走って来た進化型は勢いのまま前のめりに倒れ、数秒ほどモゾモゾと動いたのち、動かなくなった。


「あれ……? なんかあっけなくね?」


 ショッピングモールで遭遇した進化型は、対物ライフルとマシンガン百発を食らわせてようやく倒せたというのに、今回はポータブルレールガン一発で終了。いくらスターゲート製の次世代兵器が強いからって、これはおかしい。


「あの時の進化型とは、また別種なのかもしれないね」


 ゾンビの大群を睨みながら、蒼が言う。幻聴の異能力でかく乱しているのだろう。

 ゾンビたちの動きがバラバラになり始める。俺はすかさず新たに生み出したサブマシンガンをぶっ放し、隻夢も突っ込んで蹴散らしていく。


「確かに、前戦った進化型はゴツイ体してたけど、今のヤツは、見た目は一般人のゾンビって感じだったな」

「ああ。スターゲートの武装警備員がゾンビになった状態を、僕達は『進化型』と呼んでいた。でも、今の進化型が元一般人だとしたら、その前提も絶対ではなくなる」

「進化型は複数種類いると思ってた方がいい。そういう事か」


 人類だって何度も何度も進化を重ねて今の人類になったと言うが、ゾンビ側も生き残るために進化してるのかね。いや、進化してるのはゾンビウイルスの方か?


「み、みなさん! 一番奥に、また強そうなゾンビがいます!」


 後ろでゾンビを監視させていた黒音くおんからそんな報告が来た。強そうなゾンビ……また進化型か!


「オレに任せとけ!」


 通常ゾンビをあらかた倒し終えた隻夢は、ゾンビの群れの一番奥にいる進化型へと跳躍した。その進化型は、他のゾンビと比べてもさらに歩くのが遅い。そして遠目で見ても分かるぐらいには動きがぎこちなかった。まるで、始めて重い鎧を着た人が歩いているような感じ。


「その頭、吹っ飛ばしてやるぜ!!」


 いつも通りお口の悪い隻夢が進化型の目の前に迫り、ゾンビの首めがけて回し蹴りを放った。

 異能力によってあらゆる物を反発させる斥力を纏った隻夢の蹴りは、破壊力だけで言えば重機にも引けを取らない。そんな一撃が、進化型ゾンビの首にクリーンヒット。振りぬかれた足によってその首が刈り取られる――と思ったのだが。


 回し蹴りを食らった進化型は体ごと吹っ飛び、ガードレールに激突した。まだ首は繋がっている。


「何だあの首! かてぇぞ!」

「防御力のあるゾンビか……隻夢、もう一度だ! 俺も援護する!」


 五メートルほどの距離まで近付いた俺は、手に持っていたサブマシンガンを撃つ。ばら撒かれた弾丸の半分以上が、ゾンビの皮膚に当たって弾かれた。


「何だコイツ、鋼鉄かよ!?」

「もっかい行くぜオラァ!!」


 凄まじい速度で前に跳んだ隻夢が、勢いを乗せた拳を進化型の胴体に叩き込む。直撃した胴体からバキィ!と硬いものが砕ける音が響き、血肉が穴から垂れ出て来た。


勇人ゆうと君、あの綻びを狙うんだ!」

「オーケー!」


 蒼の合図と共に、俺はアサルトライフルを生み出す。隻夢が拳で開けた穴にありったけの銃弾を浴びせた。


「念には念を! これでトドメだ!」


 最後に手榴弾をひとつ放り投げ、盛大に爆散させた。黒煙が晴れると、倒れて動かなくなった進化型の姿が見える。どうやら無事に倒せたみたいだ。


「はぁ。やっと死んだか」


 走るヤツに硬いヤツ。二連続で別々の進化型に出くわすとは……。


 とりあえず、俺たちは第二陣も無事に撃破した事を虹枝にじえださんに報告した。虹枝さんによると、どうやら他のチームでも進化型が現れているようで、今後も注意する必要がありそうだ。





     *     *     *





「Bチーム、探査範囲内のゾンビの掃討を完了しました。数は一〇九体。確認された『変異種』は三体です」

「Fチーム掃討完了。負傷者はいません」

「こちらDチームより追加報告。新たに四体の『変異種』を確認!」


 スターゲート本部、中央指令室。

 数多のモニター群が薄暗い部屋を照らすこの部屋では、グランドクリーン作戦の指揮が行われている。七つに分かれた各チームのオペレーターの報告を聞き、総司令官を務める男『ゲートリーダー』は顔をしかめた。


「思った以上に『変異種』の出現報告が多い……パンデミック初期には一体も確認されていなかったというのに」

「Z-ウイルスが変異して生まれたゾンビウイルスの、更なる変異が始まっているという事ですかねぇー」


『ゲートリーダー』に続く声は、中央指令室の一画で作戦の状況を見ている灰仁かいじん雷六らいむのもの。彼はボサボサの茶髪を掻きながら、タブレット端末に視線を落とす。

 そこにはゾンビパンデミックの元凶である、スターゲート製の生物兵器『Zゼニス-ウイルス』のデータ、そしてスターゲートが知り得るゾンビウイルスについての情報が表示されていた。


「変異したウイルスはワクチンへの耐性を獲得してしまいます。ゾンビウイルスへの完全なワクチンですら開発途中だというのに、変異ゾンビウイルスまで蔓延してしまったら……開発部門はお手上げですねー! アハハ!」

「どこに笑う要素があったんだ」


 灰仁の横で頬杖を突きながら、勇人たちAチームの報告を待っている虹枝がうんざりしたように返す。


「笑うしかないって意味ですよー。Z-ウイルスのワクチンも効かず、『ライフライン・ホワイト』も効かない。そんな状況に新型ウイルスなんて広がれば、もう打つ手なし! 八方塞がりですよ」

「それをどうにかするのが開発部門の仕事だろうが」

「理不尽なパワハラ上司みたいな事言わないでくださいよ」

「よく言うな」


 虹枝は鋭い眼つきで灰仁をねめつける。しかし、彼女がその静かな怒りの矛先を向けるのは、灰仁個人ではなく、もっと大きなもの。

 刃のような視線は『ゲートリーダー』へと向いた。


「世界がなったのは、百パーセントスターゲートおまえたちの責任なんだがな。パンデミックの原因なんてどうせ、Z-ウイルスの杜撰な管理とパンデミック初期における半端な初期対応なんだろう?」

「……管理と処置は厳重かつ的確だったはずだ。ウイルスの変異も、その蔓延も、全てイレギュラーな事態なのだ。だから我々はこうも窮地に立たされて――」

「イレギュラーだから、しょうがないと?」

「……っ!」


 ただの研究者のものとは思えない虹枝の鋭い視線に、『ゲートリーダー』は言葉を引っ込める。目線と言葉に宿る静かな怒りだけで人を殺せてしまえるのではないかと錯覚するほどだった。


「ご自慢のお手製殺人ウイルスは、手洗いうがいでどうにかなるものでは無いだろう? 何かの手違いでばら撒いちゃったから対策をしよう、じゃないんだ。そうならないようにすべきなんだよ。そして失敗したから、世界はこの有様。これが杜撰だと言わずに何だと言うんだ?」

「そ、それは……」

「感染の広がるスピードを考えるに、。もはや、いつ誰がゾンビになってもおかしない状況だ。もしも私が感染したら、貴様を噛み殺した後に自害してやる」


 絶望の広がりようを突きつけられ、指令室内がしんと静まり返る。ゾンビウイルスが空気感染能力まで獲得してしまった事実は、あまり口に出したくない現実だった。


 子供たちを守るためならどんな事でもしてしまえる女の殺傷力の宿る眼力を受け、『ゲートリーダー』は滝のような冷や汗を流している。今すぐモニターに拳を振り下ろし、砕いた破片でこちらの喉をかき切って来るのではないか。虹枝の目は本気でそう思わせるほどの気迫だった。


「まあまあ、落ち着いてください。かつてのスターゲートはもう無くなっています。あなたのその怒りは、子供たちを守るためのエネルギーにでも変えてしまうのが効率的ですよ」

「……ふん。この組織がどれだけ腐っているかなど、今さら論じるのも無駄だな。私は子供たちが無事なら、今はそれでいい」


 灰仁になだめられ、虹枝は不機嫌そうに座り直す。いつもは眠そうにしている目に宿っていた殺気を消し、虹枝は再びモニターへ視線を戻した。

 そこには上空のブレインドローンが撮影している勇人たちの姿が映っていた。隣の灰仁もそれを覗き込み、興味深そうな声を零す。


「さすがは『ハイエンド』に匹敵する実力を持つ超能力――いえ、異能力者でしたか? 少し前まではただの一般人だったとは想像もできない戦いっぷりですねぇ」

「無駄に頑丈な要塞で引き籠っていたスターゲートとは違うんだよ、彼らは。対ゾンビ戦闘を誰よりも経験している」


 モニター越しに向けられる虹枝の視線は、守るべき子供たちへと向けられるものとは少し違った。


「彼らはもう、彼らだけでも生きていけるんだよ」


 人と協力し、己の能力を駆使して生き延びる。このパンデミック世界における『独り立ち』を成した彼らへ向けられる目には、ある種の羨望のような光が宿っていた。

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