第65話 HP‐A:サイコキネシス
形状記憶流体合金製強化戦闘服――通称『レインコート』。最終殲滅部隊ヤタガラス専用のパワードスーツだ。
補助機械の外側を流体合金と戦闘用ナノマシンで覆ったそのアーマーは、用途によって様々な形状変化が可能となる。
今回のグランドクリーン作戦でもその強さを存分に発揮して大量のゾンビを蹴散らす……と思われていたのだが、たった今、活躍の場は全て『彼女』に持っていかれてしまっていた。
「敵勢力、殲滅しました。未確認の変異種に関する詳細は、後程送ります」
耳元の通信機に手を当てながら淡々と報告をする、薄紫色の髪を肩まで伸ばした少女。視線の先にあるのは、数十体もの動かなくなったゾンビだった。
その全てが、まるで最初からそうだったかのように頭部が無い。それは、彼女の数センチ先で倒れている『変異種』のゾンビも同様だった。
「全部一人でヤっちゃうなんて、さすがはスターゲートの最終兵器だねぇ。俺たちの出番がまるで来ない」
いつもおちゃらけたヤタガラスの一人――セカンドが『レインコート』のバイザー越しに見える光景を見ながら声をもらす。何を隠そう、ここに転がっている数十体のゾンビは、全て目の前の少女一人が片付けたのだ。
「これが例の『
「上層部が機密保持に躍起になっていたのも少し分かりますね。こんなのがバレたら大混乱なんてものじゃ済まないですよ」
苦笑混じりに呟くリーダーに、女性隊員のフォースも続く。一度も引き金を引く事無く戦闘を終えてしまったヤタガラスの面々は、それぞれが違った視線を少女に向けていた。
素体名称『HP-A』、個人名称『スミレ』。彼女は
「どうされましたか?」
一同の視線が自分に集まっている事に気付き、振り向く『スミレ』。遺伝子組み換えから生まれた人造超能力者なんて、言われても分からないぐらいには人間らしい仕草だった。
「いやなに、お前の力はスゲーなって話してたんだよ」
「すごい、ですか」
「そりゃスゲーだろ。触りもしないであんだけのゾンビを仕留めちまうんだからよ」
頭を覆うアーマーを外して顔を見せながら、セカンドは愉快そうに語る。
「ポータブルレールガンで頭をぶち抜かれる様も悪くはねぇが、ひとりでに頭が弾け飛ぶ光景もなかなか面白れぇよな」
「セカンド。女の子相手に悪趣味な話をするんじゃないよ」
「構いません。血や死体は、見慣れてるので」
セカンドをたしなめるフォースの言葉にも、平坦な声で返す『スミレ』。人間らしいのからしくないのか分からない少女だ、とフォースはため息をついた。
「しかし実際、君の能力は大したものだ。これならグランドクリーン作戦も問題なく進められるだろう」
そう言いながらリーダーも頭部のアーマーを外し、『スミレ』を見下ろしながら言った。長身で筋肉質なリーダーとは倍以上の身長差がある『スミレ』は、しかし委縮する事も無く見つめ返している。
「頼りにしているぞ」
「はい」
何事もないように短く返事をする『スミレ』だが、内心は少し嬉しかった。今までは兵器としての『利用価値』を第一に見られていた彼女たち人造超能力者だが、今は同じ作戦を遂行する味方にその力を認められ、頼りにされている。ゲートリーダーに命令されるだけの今までとはモチベーションが違った。
『Bチームに通達。前方五十メートル、新たにゾンビの姿を多数確認しました』
オペレーターからの通信だ。リーダーたちは再度アーマーで頭を覆い、ポータブルレールガンを構える。
『こ、これは……! 音に釣られて、建物の影からゾンビが次々と集まってきます! 数はおよそ七〇!』
「私がやります」
切羽詰まったオペレーターの声に、『スミレ』は何気なく返す。
「ひとつ聞きたいのですが」
『な、なんでしょう』
「あの建物、壊してしまってもいいでしょうか」
『スミレ』が指さしたのは、何の変哲もない十階建てのマンションだった。
『壊す? ま、まあゾンビの殲滅が最優先ですし、こちら側の被害が押さえられるのなら構わないと思いますが……』
「ありがとうございます」
「嬢ちゃん、何する気だ?」
怪訝そうなセカンドの問いに、『スミレ』は右手をマンションへとかざしながら答える。
「手早く全てのゾンビを殺し切る、最も効率的な策です」
顔色一つ変えず、『スミレ』はマンションへと突き付ける手をグッと握りしめた。
その直後、大きな音を振動を伴って、マンションの上半分が斜めへ傾きだした。窓ガラスが一斉に割れ、半ばに走った亀裂が大きく口を開けた
やがて半分に折れたマンションは、そのまま重力に従って落下。七十体前後のゾンビをまとめて下敷きにしながら、地面に激突した。
「………………」
予想外すぎる豪快な戦法に、ヤタガラス一同は戦場にも関わらず言葉を失った。
「恐らく終わりました。オペレーターさん、確認をお願い出来ますか?」
『……わ、分かりました!』
なだれ込むように巻き上がる土煙の中をドローンが飛ぶ。それを見上げる『スミレ』に息の乱れなどは見えない。十階建てマンションをひとつ引き千切る程度、彼女にとっては造作もないのだろう。
物を触れずに動かす、
しかしその規模はまさに、兵器と呼ぶにふさわしいものだった。彼女が本気を出せば、既存の科学兵器などまるで相手にならないだろう。
「これが、『プロジェクト・ハイエンド』の真髄か」
「味方であるなら心強いこと極まりないですが……」
「何とも恐ろしい力っスねぇ」
直接プロジェクトに関わった事は無いにしろ、ヤタガラスもスターゲートに属する者。組織が進めていた計画の一端をその目で見てしまった彼らは、複雑な心境だった。
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