第62話 人間兵器

「改めましてワタシ、灰仁かいじん雷六らいむと言います。ゲートリーダーに変わって、キミ達を歓迎しますよー!」


 血の付いていない新しい白衣に身を包んだ博士は、そう言って両手を広げて笑った。子供たちを実験の道具としか思っていないような極悪非道な研究者ばかりいるものだと思っていたから、こんなにも朗らかに挨拶をされて面食らってしまった。その間にも、灰仁博士は話を進めていく。


「我々スターゲートは、キミ達の保護を決定しました。民間人のキミ達も、サイトや下部サイトから来たキミ達も、ここに来たからにはもう安心ですよ!」

「……とは言ったものの、状況はそれほど安定している訳でもない」


 元気いっぱいな灰仁博士の言葉をやんわり否定したのは、ヤタガラスのリーダーさん。オペレーターに指示をして、すぐに指令室のモニターに変化があった。正面にあるひときわ大きなモニターに、ここ周辺の地図が浮かび上がる。中央にはスターゲート本部。そしてその周りに、たくさんの赤い点。


「もしかしてこの赤いの、全部ゾンビですか?」

「そうだ。今も探査ドローンからリアルタイムで情報が送られている。数こそ少しずつ減らしてはいるが、依然として安全が確保されているとは言い難い」


 リーダーは苦い顔で続ける。


「ゾンビの中には変異種のようなものも確認されている。他のゾンビとは違って簡単に相手できるものではない、手ごわい個体がな」

「それ、俺達も会いました。まだ一体だけですけど」

「こちらもそれほど大量に見てはいない。だが、もし今後も変異種が増え続けたのなら、いずれ我々も手に負えなくなってくるだろう。だが、破滅の時を手をこまねいて待っているほど、私達は生きる事を諦めちゃいない」


 その言葉の意図を察して、俺は答えた。


「だから、俺達に協力を申し出たって事ですか」

「そういう事だ。こちらからは、衣食住の提供と身の安全の確保を約束しよう。その代わりに、君達のような戦える能力者には我々の作戦に参加してもらいたい」

「作戦……?」

「と言っても、まだ立案されたばかりの作戦ですからねぇ。今すぐに始める訳ではないので心配なさらず!」


 灰仁博士は目の前で輸血をしながら朗らかに言った。ゾンビのせいで多少血を見慣れているけど、普通にグロテスク。


「まあお堅い話はまた後日にでも。今はゆっくり休むといいですよ」


 顔色が良くなってきた灰仁博士は、血が足りて来たのかしっかりとした足取りで歩き出した。


「ついて来てください。まずは施設内を案内しましょう! 職員が次々減っていくので、部屋はたくさん余ってますよー!」

「さらっと恐ろしい事を言うな……」


 俺たちは灰仁博士の後を追おうとして、子供たちが付いて来ていない事に気付いた。全員が、どうしたらいいのか決めかねている様子だった。

 やっぱりどれだけ変わろうと、ここは子供たちにとって良い思い出の無い研究施設。案内すると言われても、素直に灰仁博士について行くのをためらってしまうのだろう。


「大丈夫だ。今の奴らにとって、俺たちはもう『研究素体』じゃない」


 ただ一人、シオンはいつものポーカーフェイスで皆を見渡した。


「それに、あの博士じゃ万が一にも俺たちには勝てない。襲われたら襲い返せばいいだけだ」

「そうよ。あの頃とは違って、今はみんなで一緒にいるじゃない。何かあっても負けはしないわ!」


 シオンに続いてアカネも皆を鼓舞するように声を上げる。何故か今から戦いにでも行くような流れに聞こえるが大丈夫か?


「まあ、ここから裏切られるような事も無いと思うけど。組織のトップがお兄ちゃんと双笑ふたえさんを恐れてるって言ってたぐらいだし」

「そうそう、怖がらなくても大丈夫だよ。私たちも一緒だから」


 そう言って力強くウインクする双笑を見て、子供たちの不安そうな顔も少しずつ晴れて来た。明るい笑顔を気さくな話し方は、いかにも頼れるお姉さんだ。


 子供たちの不安も一時取り除けた所で、俺たちは灰仁博士に施設の至る所を連れ回され、危ない部屋以外はほとんど全部案内された。スターゲート全体の意思は置いておくにしても、灰仁博士は本当に俺たちを受け入れてくれているらしい。


 そして何より広い。さすが本部。めちゃくちゃ広い。下手なホテルと比べたら何倍も差がある。俺たち全員に一人一部屋与えられるだけでなく、みんなで一緒にいたいという子供たちの要望に応えて下部サイト01の時よりも広い子供たち用の大部屋まで用意された。


「でもこの部屋、ちょっと簡素すぎるねー」

「研究施設、ですからね……お花とか、置きたいですね」

「ゲームもなさそうだなぁ」


 そして与えられた自由時間。双笑、黒音くおん唯奈ゆいなはお互いに与えられた部屋を見比べながら、内装について語り合っていた。女子っぽい会話だなぁとほのぼの。

 あおいなんか部屋のインテリアなんて興味ナシと言わんばかりに実用性しか見てなかったし、かく言う俺もベッドの柔らかさくらいしか確かめる事も無かった。我ながらつまんねぇ男だぜ。ちなみにベッドはそれほどフカフカでもなかった。


勇人ゆうと、時間あるか」


 さっそく暇になった俺のもとに、虹枝にじえださんがやって来た。


「暇ですけど、何ですか?」

「武器庫に行くぞ。ここには下部サイトにも無かった武器があるからな」

「うへぇ……またっすか」


 俺の異能力は『武器』を生み出す事。武器に当てはまるのは刃物や銃だけでなく、頑張れば見知った異能力を生み出す事もできる。だがそれでも、ゾンビと戦うとなれば基本は今まで通り、銃火器を生み出して戦う事になるだろう。その時のために、またいろんな武器を覚えろという事らしい。


「お前は自分で生み出した武器を訓練せずともある程度扱えるようだしな。それも異能力の内なのかは知らんが、使える武器が多いに越した事はないだろ」

「まあそうですけど……自分が人間武器庫になっていく感じがして、あんま気は乗りませんね」


 だけど皆を守るために必要になるんなら、断りはしないけど。

 ヤタガラスのリーダーさんは俺たちに『作戦』に協力してほしいと言っていた。きっとまた、戦う事になるんだろう。その時に備えて今より強くなっておかないとな。


「ん……?」


 そうして虹枝さんと一緒に武器庫へ向かっている最中。ふと、前から廊下を歩いて来る人達が気になった。


 数名の白衣を着た研究者らしき大人達に囲まれるように歩いていた、薄紫色の髪をした女の子だ。歳は俺と同じか、少し上ぐらいだろう。

 ユズハ達が下部サイト01で着ていたのとそっくりの、手術衣に似た簡易的な服に身を包んでいる。そんな彼女は何を考えているのか分からないような、ぼーっとした顔で歩いていた。


 その姿にかすかな違和感を覚える。何気なくその体を見て、すぐに気付いた。歩いているというのに、体がほとんど動いていないのだ。

 ふと視線を下にずらす。彼女は床から数センチほど浮いたまま、スライドするように移動していた。


 何だこの子。幽霊……じゃないよな、さすがに。

 もしかしてあの子も、俺たちみたいに協力をお願いされた異能力者? ユズハたちと同じ服だし、スターゲートの超能力者か?


 ともかく、あまり他人をジロジロ見るものじゃないので、俺はそっと視線を外した。斜め前を歩く虹枝さんも彼女へちらりと視線をよこしたが、特に反応する事もなく前を向き直した。


 浮遊する少女と彼女を取り囲むように歩く研究者たちとすれ違って、少し進んだ所で、俺は虹枝さんの横に並んだ。


「今の女の子、誰なんですか……?」

「彼女の名は確か……スミレ、だったな」


 廊下の進む先を見ながら、虹枝さんはぼそりと言う。


「さっき話題に出ていた『超常能力者ハイエンド・サイキック』の一人。灰仁博士の血管をぶっ千切ったっていう『HP-A』その人だ」

「え、ええ……!? あの子が!?」


 浮いている事を除けば、彼女は普通の少女のように見えた。不思議な髪色をしていたのはスターゲートで生み出された超能力者だからなんだろうけど、それ以外の容姿も普通だ。


「ハイエンド、サイキック……」


 戦闘用に造られた、最上級の人間兵器。そう聞いたものだから、てっきり全身改造でもした『いかにも』って感じの派手な人型兵器かと思ってたけど……。


「普通の女の子、なんだな……あの子は浮いてたけど。シオンもアカネも、ユズハたちもみんな、兵器とか素体とか言われてるけど、普通の人間じゃんか」

「自分達が生み出したモノなら、たとえ子供の見た目をしていようと兵器扱い。スターゲートの職員共がやってるのはそういう事だ。私が殺し尽くしてやろうと言い出した気持ちが少しは分かったか?」

「いや、殺し尽くすのはどうかと思いますけど」


 この先、もしもゾンビとの戦いが終わり、世界が平和になったとしたら。

 俺たちは、普通の日常に戻れるのかな。ユズハやシオン達、それにあの子のような『ハイエンド』も、兵器としてではなく、一人の人間として生きられる未来はあるのだろうか。


 不気味なほど清潔な廊下を歩きながら、後ろを振り返る。彼女たちの姿はもう見えなかった。

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