第58話 少女のともだち

 翌日、九人の少年少女を連れて、シオンが再びデパートにやって来た。今回は物騒な包丁は持っていなかった。


「みんな、無事だったんですね!」

「そりゃこっちのセリフだよ! お前らも全員いるみたいだな!」


 ユズハたち下部サイト01の子供たちは、シオンたちを見て駆け出した。彼女たちは下部サイト01に移される前にはサイト01で過ごしていたらしいので、彼らとは苦楽を共にした家族のような関係だろう。各々が再会を喜んでいた。


 そんな中、俺たちは大事な話があるとシオンを呼び出して、昨日皆で話していた今後についてを話した。シオンたちがこの先どうするつもりなのかは後で聞くつもりだが、とにもかくにもまずは話しておいた方がいいだろうし。


「スターゲートと協力か。無謀だな」

「そんなバッサリ」


 あらかた話し終えた後の感想がそれだった。半分思った通り、シオンはスターゲートとの協力に希望を見いだせなかったようだ。


「でも意外だね。僕はてっきり、『嫌だ』って言うと思ってたけど」


 物腰柔らかにそう語りかけるあおいの言葉は、確かに的を射ていた。シオンはスターゲートとの協力が無謀であると言ったが、自分は嫌だとは言っていないのだ。それは蒼の言う通り、俺からしても意外だった。


「まあ、もちろん喜んでとは言えない。俺たちは自由になった。だがそれは、スターゲートが存在している限り一時的なものでしかない。だから俺達はあいつらが俺達を狙う限り、組織そのものを潰すつもりで戦おうと思っていた」


 シオンの表情に変化は無いが、その声には力がこもっていた。やっと手に入れた自由を手放さないために、スターゲートと戦う覚悟はとうに決めているのだろう。


「けど、もし協力に成功したら、俺達は戦う必要が無いんじゃないか。勇人ゆうとの話を聞いて、そう思ったんだ。俺の超能力があればスターゲートの兵器とも渡り合える自信があるが、それでも他の奴らが傷つく可能性だってゼロじゃない。そのリスクを回避できるのなら、協力するって道もアリだと思ったんだ」


 そう淡々と語るシオンは、やはり仲間の事を第一に考えていた。仲間たちが無事でいられるなら、潰したいくらい憎いスターゲートと協力するのもやぶさかではない、と。そう結論付ける事に、どれだけ勇気がいることだろう。


「私は依然として反対なんだが、お前達がそう決めるのなら仕方ないか……」


 虹枝にじえださんは紙コップでインスタントコーヒーを飲みながら、ため息と共に言った。


「やるとなれば、お前達に危害が加わらないよう最善を尽くすさ」

「虹枝さん。良いんですか?」

「最終的に反対する職員を脅すか消すかすれば和解は成立だしな」

「物騒なのは変わってない!」

「超能力がどれだけ脅威になりうるかは、開発してる側のあいつらが一番よく知ってるはずだ。何なら俺も、見せしめに支部をいくつか破壊してもいい」

「シオンもそっち側かよ!!」


 蒼のような頭脳タイプかと思ったら思いのほか実力行使がお好きなようで。話をややこしくしたくないし、派手に破壊活動しそうになる前に止めないとな……。


「あ、そう言えば」


 ふと何かを思い出したように、唯奈ゆいなは声を上げた。


「シオンさん。アカネさん、でしたっけ。訳あって隔離されてたっていう方もここにいるんですか?」

「ああ。アカネならそこに」


 シオンは後ろを振り向き、視線で一人の人物を示した。シオンの示す先には、大勢で談笑する子供達を遠巻きに眺めている、真っ赤な髪を腰まで伸ばした少女がいた。

 目尻がつり上がった気の強そうな少女だが、楽しそうな子供達を見て微笑むその顔は、ユズハたちを眺める虹枝さんの表情と似ていると感じた。彼女もシオンと同じく、子供達を守ろうと頑張っているのだろう。


 そう言えば昨日、シオンと虹枝さんが話してたっけな。隔離されてたアカネも無事だ、とか何とか。スターゲートの事情なんて分からないが、あんな少女を隔離するだなんて何を考えていたのだろうか。


「お兄ちゃん、私ちょっと話してくる」

「え? お、おう」


 何やら真剣な面持ちで席を離れた唯奈は、そのまま深紅の少女へと歩いて行った。自分から進んで人間関係を広めようとするタイプじゃない唯奈が、珍しいな。





     *     *     *





「アカネさん。ちょっといい?」


 サイト01組と下部サイト01組が皆で談笑したりはしゃぎまわったりしているのを少し離れた所で見守っていたアカネは、ふと同い年ぐらいの茶髪の少女――唯奈に声をかけられた。


「ん? どうしたの?」


 シオンからユズハたちと一緒にいた一般人や研究者は敵ではないと話を聞いていたので、アカネは特に彼女を警戒したりしていなかった。


「その、いきなりこんなこと聞くのは失礼かもしれないけど……」


 唯奈は、どう切り出すべきかと言いよどみ、頬を掻きながら続けた。


「アカネさんってもしかして、炎出せたりする?」

発火能力パイロキネシスの事? それなら私使えるけど、何か困り事? 炎がいるなら出すけど」

「いや、そう言う訳じゃないんだけどさ」


 どう言い出せば角が立たずに言いたい事を相手に伝えられるか。どういう順序で会話を広げていくべきか。そういった事を考えながら話すスキルを何一つ持ち合わせていない唯奈の言葉は、すぐに止まってしまった。そんな彼女を不思議そうに見るアカネ。


「はぁ……こんな探り探りな会話、やっぱり私には無理だ」


 やがて唯奈は諦めたようにため息をつき、アカネの深紅の瞳を真っ直ぐ見つめ返した。


「虹枝さんから話は聞いたよ。前にあったサイト01が発火能力の暴走で大火事になったって。もしかして、アカネさんがその能力者?」

「……ッ」


 小さく息を呑むアカネ。その顔にも驚きが現れていた。


「……あなたの言う通りよ。私の発火能力パイロキネシスが暴走して、旧サイト01は全焼したわ」

「あ、やっぱり……ごめんなさい。確認したかったのは事実なんだけど、それでも気分を悪くしたのなら……」

「いいのよ。あなたにとっては他人事でしょうから、気にしないで」


 唯奈は虹枝から、事故を起こした発火能力者は隔離施設で眠らされていたと聞いている。彼女本人にとっては辛い記憶だろうと思った唯奈はぶしつけな質問に謝罪した。アカネは気遣うように微笑んでみせたが、唯奈にはかえってそれが申し訳なかった。


 それから、ほんのわずかな沈黙が流れた。唯奈はまだ言葉を選んでいたようだが、結局納得のいく切り出し方は見つからなかったようだ。

 これからアカネたちと過ごすのならば、必ず言うべき事がある。それを話すために今ここにいるのだ。唯奈は意を決して口を開いた。


「私の名前は、朱神あかがみ唯奈。両親はスターゲートの中でも有名人だったらしいけど、私はその事を、最近知ったばかり」

「え……あなたが、先生の……」


 唯奈の思っていた通り、アカネはとても驚いていた。顔は固まり、唯奈の顔をじっと見つめていた。唯奈はできるだけ彼女の視線を受け止めながら、背後を指さす。


「お兄ちゃんはあっちにいるよ。私たちの話はシオンさんから聞いてたかもだけど……」


 火災を引き起こした発火能力者は隔離されている。

 隔離されていたアカネも無事。


 昨日、シオンと虹枝が交わしていた短い会話を聞いて、唯奈はのちにピンと来た。


 虹枝曰く、両親は造られた子供たちを大切に思っていたらしい。そして両親が巻き込まれた大火災を引き起こした少女は、二人に助け出されたと聞いた。

 もし自分がそんな立場だったら。たとえ意図しない能力の暴走だったとしても、こう思ってしまうのではないだろうか。


 二人を殺したのは自分だ、と。


「それでね、言いたい事があるの」


 だから唯奈は、彼女に話しかけた。

 何かを言いたげに視線を彷徨わせながら、しかし自分に何かを言う事などできないと諦めるようにうつむくアカネへ。その深紅の瞳を自分に向けさせるように。


「両親が死んだ原因がその火災だったとしても、アカネさんは何も悪くないよ」

「……!!」

「スターゲートと全く関係ない人間に言われてもって話だろうけど、それでも言わせて」


 きっと普段のアカネは、明るく皆を引っ張っていくような性格なのだろう。そう思わせる第一印象の彼女だが、今はとても居心地が悪そうに押し黙っている。らしくないと初対面の唯奈にさえ分かるようなそんな状態のアカネの肩を掴んで、唯奈は生まれて初めて、真っ直ぐ感情をぶつけた。


「私、あなたと友達になりたい」

「え……?」


 朱神春人はるとと朱神陽名ひな。二人の娘である唯奈が、二人に助けられたアカネへ贈れる最初の言葉だった。


「アカネさんの能力が暴走したんだとしても、アカネさんは悪くないし私やお兄ちゃんに申し訳なさを感じる必要なんてない」

「でも……」

「私はアカネさんが何者だろうと気にしないし、お兄ちゃんもそこんとこ気にしないはずだから。そもそも諸悪の根源はスターゲートでしょ? アカネさんも被害者よ」


 そこまで勢いのままに言って、唯奈はふと言葉を区切った。それから若干照れくさそうに視線を逸らしながら、


「それに、その、私も同い年の友達が欲しかったし……」


 面喰ったように固まるアカネだが、やがて小さく吹きだした。


「ふふっ」

「な、なに?」

「あなた、結構不器用ね」

「うるさいなぁもう分かってるよ似合わないって」


 さらに顔を赤くする唯奈だが、アカネは徐々に笑顔を取り戻していた。


「でもとっても嬉しかったわ。ありがとう」

「……」


 炎のような真っ赤な長髪と同色の瞳。そして作り物のように整った顔つきという表現は、『人造超能力者つくりもの』であるアカネにはある種適切でもある。


 しかし唯奈から見た彼女は、髪と瞳の色が違うだけの同じ女の子だ。人と面と向かって話す事が不慣れな唯奈の言葉を受け止め、心底嬉しそうに笑う彼女は、今まで接して来たどの同級生よりも魅力的で、人間らしかった。


「じゃあ、これからよろしくね、唯奈。組織生まれ組織育ちの私の、外の世界で一番最初のともだち」

「何かそれ、すごい照れくさい。でも一番は、嬉しいかも」


 伝えたい事を伝えられてほっとする以上に、唯奈の中にも嬉しさがこみ上げて来たようで、勇気を出して良かったと笑みを浮かべた。

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