第57話 造り出された子供達

「だ、誰だ!?」


 俺が立ち上がりながら背後を振り返ったのとほぼ同時に、あおいが懐中電灯によってその人物を照らした。

 俺達の後ろに立っていたのは、灰色の髪をした少年だった。ちょうど俺と同じぐらいの身長だ。


 ここにも生存者がいたんだ、と思うよりも先に目に入ったのは、やはり特徴的な灰色の髪。そして彼の着ている、見覚えのある服。布と服の中間に当たるような、とても簡易的な手術衣。下部サイト01で暮らしていた超能力者の子供たちと面影が重なった。


「もしかしてお前……スターゲートの」

「シオンだ。そこの研究者は知ってるだろうけどな」


 シオンと名乗った彼の声はとても平坦で落ち着いていた。蒼の穏やかな静けさとは別種の、何事にも心を動かされないような冷淡さだった。

 そして彼が指さす先には、驚愕に顔を染めた虹枝さんがいた。


「どうしてここに……他の皆は、いるのか……?」

「全員無事だ。隔離されてたアカネも含めてな」

「そうか、彼女も無事か」


 二人が何の話をしているのかイマイチ俺には分からない。短い会話を交わす間も、シオンの表情は全く動いていなかった。


「だがその前に、確認させてくれ」


 シオンの周囲から突如、光が生まれた。いや、光ってるんじゃない。彼の周囲にある何かが、懐中電灯の光を反射して煌めいたのだ。

 どこでも見れるような普通の包丁が三つ。それぞれが独立して浮かんでいた。もしかしなくても、シオンの超能力……!?


「ちょ、おま――」


 その後の行動を悟った俺の言葉は最後まで続かなった。それよりも速くシオンの包丁が閃き、虹枝さんの喉元に突き付けられた。


「お前は俺達の敵か。それとも味方か」

「…………」

「俺はお前の顔を見た事がある。スターゲートの研究者だろ」


 虹枝さんの喉元にあてがわれた包丁は、空間に固定されているかのように微動だにしない。残りの二本もシオンの両隣に浮遊しており、その切っ先は油断なく虹枝さんに向けられている。


「……敵ではない。それだけは確かだ」


 少しでも不審な事をすれば喉を斬り割きそうな手前、俺達は動けない。そんな中、虹枝さんはいつも通りの冷静さを乗せた声を発した。


「お前たちが望めば力を貸そう。少なくとも、お前たちに危害を加えるつもりは毛頭無い」

「それが本当だと言える根拠は」


 簡単に気を許すつもりは無いのか、シオンは眉一つ動かさず、包丁を突き付け続けている。


「ちょっと待てよ、お前」


 俺は警戒されないよう出来る限り身動きを取らないようにしながら話に割り込んだ。


「虹枝さんは他のスターゲートの人達とは違って、子供たちの事を第一に考えてるんだぞ。下部サイト01にいた子供たちは隣の寝具売り場で寝てる。警戒するお前の気持ちも分かるけど、この人は味方だ」

「……お前は?」

「俺は朱神あかがみ勇人ゆうとだ。あ、言っとくけど俺たちも敵じゃないからな?」


 無害である事を主張しながら自己紹介をしてみると、シオンのさっきまでピクリともしなかった眉が若干動いた。驚いてる、のか……? 表情が読めん。


「朱神……まさか、先生の」


 そんな呟きを聞いて思い出した。父さんと母さんも、人造超能力者を生み出す『プロジェクト・ハイエンド』ってヤツに参加していたんだった。


「お前、父さんたちと会った事があるのか」

「……あの人は、俺ぐらいの年の子供が二人いると言っていた」


 虹枝さんの喉元で静止していた包丁がゆっくりと動いた。ひとりでに浮遊する凶器はシオンの手元に引き寄せられ、そのまま地面に落ちた。シオンは音を立てて床を跳ねる包丁には目もくれず、俺の目を真っ直ぐと見て言った。


「お前達がそうなのか」

「ああ。父さんと母さんが遺してくれた手がかりを辿って、俺達はスターゲートについて知ったんだ。俺の方からも質問していいか?」


 刃物を向けられていた緊張感から解放された空気の中、シオンの濁りのない紫色の瞳を見つめ返しながら尋ねた。


「シオンは、サイト01の超能力者で合ってるよな?」

「そうだ」


 シオンは静かに肯定した。

 サイト01。それは今の俺達が目指す目的地。そしてそこを目指している理由こそ、目の前の彼のような、組織の子供たちを助ける為だ。


「俺達はサイト01から脱出してここまで来たんだ。他の皆は今、近くの民家で寝ている」

「シオンは何でここに?」

「仲間の一人に遠隔透視クレヤボヤンスが使える奴がいて、近くにゾンビがいないか探してたらお前達を見つけたんだ。本当は明日皆で接触する予定だったんだが、一部の奴らには黙って一人で来た。スターゲートの研究者がいると知った途端、今にも突撃しそうな仲間がいたもんだからな」


 なるほど。誰の助けも無しでゾンビだらけの外を出歩いて大丈夫なのかと心配してたが、超能力者が何人もいるんなら無事だよな。

 シオンの話だと彼の仲間には特にスターゲートを嫌う子がいるらしい。スターゲートに道具のような扱いを受けた彼らの事を思えば当然の反応ではあるんだけど。とにかく、シオンが話の出来るやつで助かったな。


「明日になったら皆を連れてまたここに来る。夜襲みたいな真似をして悪かったな」


 シオンは地に落ちた三本の包丁を回収し、そう言い残して背を向けた。彼の話したかった事は話せたという事だろう。一応、穏便に終わったって事でいいんだよな。


 線の細い体躯が分かるほど薄い手術衣に、手には三本の刃物。そんな姿で灯りの無いデパートの夜闇へ消えていく彼の背中は、どこか危うく見えた。張り詰めすぎて折れてしまわないか、思わず心配してしまうぐらいに。


「何か、お兄ちゃんみたいな人だったね」

「俺あんなに笑わないの?」

「そういう事じゃないし」

「確かに、考え方はどこか似てるかもね」


 唯奈ゆいなに続いて双笑ふたえまでそんな事を言う。シオンの奴は俺よりしっかりしてそうだけどなぁ。


「それで、結局これからどうするんだい?」


 あおいのその一言で、俺は議論の途中だった事を思い出した。

 スターゲートと協力するか否か。これから生きていくためにどうするべきか。


「明日、彼らと合流してからでもいいんじゃないか?」


 そう言い出した虹枝さんは、シオンたちの無事を知ってホッとしているのか、さっきまでの『スターゲート今すぐ滅ぼしてやる』みたいな冷徹な語気は消えていた。


 虹枝さんの提案通り、シオンたちと一緒に話し合う方がいいかもしれない。彼らはスターゲートと手を取り合うなんて死んでも嫌かもしれないけど、彼らには彼らなりの意見があるかもしれない。


 何よりそろそろ眠くなってきたしな。最近下部サイト01で規則正しい生活に戻りかけていたからか、夜中に交代で見張りをしていたあの頃よりも眠気が増して来た気がする。


 慣れって怖いな、とサバイバル生活を始めてから何度思ったかもわからない事を心に浮かべながら、俺達は寝る事にした。

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