第四章 グランドクリーン作戦

第56話 燃ゆる議論と猜疑心

 昼下がりの日差しは暖かく、昼食後の授業は眠たかったなぁと思い出にふけりそうになる。しかし、授業が受けれないどころか社会が崩壊した今、学校に通えた事が十分恵まれていたんだなと実感する。勉強は好きじゃなかったけど、そういった日々そのものが価値あるものなんだと最近気付いた。


 価値あるものと言えばもう一つ。人間よりもゾンビの方が多いこの世界では、お金には何の価値もない。金銀財宝もただの荷物。キャッシュカードは小さな下敷きだ。

 そんなお金の価値が無いに等しい世界になった今だが、俺の背負うリュックの中には通帳や少々のお金がちゃんと入っている。家を出てから一度も使う機会がなかったソレだが、俺は手放そうと考えた事はない。それだけ聞くとどうしようもなくお金が大好きな人みたいに聞こえて嫌だけど。


 俺がお金を捨てれないのは、いつかこの世界が正常に戻ると信じているから。あるいは、ただ願っているだけかもしれない。それがどれだけ可能性が低く、途方もない道だと知っていても。


 まずそもそもの話、今の人類はきっととんでもなく少ないだろう。そして社会を立て直せるような知恵と技術のある人がどれくらい残っているかにもよる。難しい話は俺には分からないが、異能力が使える事を除けばどこにでもいる高校生である俺のような人間がたくさん生き残っていても、人間社会は復建できないという話だ。


 何が言いたいかというと、今の社会には大人の力が必要なのだ。それも一人や二人の寄せ集めではなく、『組織』と呼べるような団結した軍団が。



「……だからお前は、スターゲートとは協力するべきだと言いたい訳か、勇人ゆうと

「はい。その通りです」


 テーブルを挟んで向かい側に座っている虹枝にじえださんは、とても険しくなっている顔の前で両手を組みながら俺にそう言った。


 俺達がいるのは下部サイト01から数キロほど離れたデパートの中。産まれて初めて外に出たユズハをはじめとする超能力者の子供たちは、昼間に大はしゃぎしたため、今は寝具売り場にあったベッドをたくさんつなげた巨大な寝床でぐっすり眠っている。


 そして俺達はその少し離れた飲食コーナーで、これからについて会議を開いている所なのだ。


「ちょっと待ってお兄ちゃん。言いたい事は分かるけど、私は反対」


 さっそく唯奈ゆいなから反論が飛んできた。もちろんすんなり同意を得られるとは思っていないので、俺は黙って続きを聞く。


「スターゲートがどれだけ非道な人達かなんて、私たちは何度も思い知ってるでしょ? それにお兄ちゃん撃たれたし、双笑ふたえさんも怪我したじゃん。あんな危険な人達と協力なんてできっこない」


 俺や双笑の傷は俺の異能力で完治しているが、それでも無かった事にはなっていない。ヤタガラスとかいうスターゲートの機動部隊が虹枝さんや子供たちを殺しに来たのは確かな事実だ。そしてそれは、スターゲートの残忍さを裏付けしているようなものでもある。


 俺だってぶっちゃけ怖かった。顔も見えない誰かから銃口を向けられて、実際何発か撃たれて。トラウマになるほどじゃないけど、あれはゾンビと戦うのとはまるで違った。


「でも俺、思うんだ。あいつらが途中で帰った理由が、俺達と戦う意思が無くなったんだとしたら、って」

「それはあり得ないだろう」


 真っ直ぐな視線と共に、虹枝さんはそう断言した。


「ヤタガラスが自分らの独断で任務を変えるなどありえない。私も奴らの仕事ぶりを聞いた事は何度もあるが、機動部隊は組織の命令を必ず遂行する。殺せと言われたのに殺したくないから止めた、なんてのはあり得ないな」

「でも、あいつらだって人間なんでしょう? なら考えを改める事だって――」

「奴らは組織の猟犬なんてぬるいものじゃない。機械みたいなものだ。炊飯器が米を炊かずに冷やすなんて事があるか? それと同じだ」


 虹枝さんの言葉は鋭く、冷たい。きっと俺に対してではなく、スターゲートの関わる全ての人間に対して、虹枝さんはとても冷たかった。その言葉を聞いている俺の方が思わず委縮してしまうほどに。


「殺したくなかったんじゃなくて、殺せなかったんじゃないかな?」


 そう発言したのは、スターゲートそのものを憎む虹枝さんの放つ冷たい語気をものともしない、双笑の明るい声だった。議論の途中で眠ってしまった黒音くおんをそっと支えながら、彼女は言った。


「勇人君や私と戦って、このまま戦っても倒せないなって思って、撤退したんじゃない?」

「確かに。もしそうだとしたら、向こう側も無理に戦いは続けたくないはずだね」


 双笑の意見を聞いて、あおいも頷きながらそう言った。


「だけどもし、あの撤退に別の理由があるのだとしたら、向こうは再び戦いを仕掛けて来るはずだ。仮に僕達がスターゲートと協力したいと言い出しても、向こうにその気が無かったら」

「今度こそ、私達を殺すまで襲って来るだろうな」


 蒼の言葉を引き継ぐように虹枝さんは言う。

 人間同士で殺し合ってる場合じゃないだろうに、スターゲートはさも当然のように俺達を殺しに来ると言うのだ。やっぱりそう考えると、スターゲートはまともじゃない。けど、スターゲートと協力した方がいいと言い出したのは俺なんだ。


 スターゲートにはまだ、虹枝さんのような良識のある大人がいるかもしれない。邪魔者は全て殺すような野蛮な人ばかりではないと信じたいんだ。父さんと母さんも、そんな人達だったんだから。


「やっぱりやめよう、お兄ちゃん」


 一人で突っ込んで行く俺をたしなめるようないつもの声とは違う。利益と危険性を十分に考えたうえで、唯奈はそう口にした。


「お兄ちゃんの言いぶんも分かるよ。これから安全に暮らしていくには、大人の力が必要だっていうのも。でもそれが、絶対にスターゲートじゃないと駄目って事は無いでしょ?」

「それは、まあ……でも今まで、警察や自衛隊なんかの大人たちは一度も見なかっただろ? 組織と呼べるような集団がどれだけいるかも分からない。ここでスターゲートと敵対し続けてたら、お互いに被害を出し続けるだけだ」

「だからって協力は無理だよ。せめてお互いに干渉しないって約束して、別々に行動した方が」

「奴らと口約束なんて無意味だ。安全を確保したいなら、奴らの拠点を襲撃して乗っ取ればいい。逆らう大人は全員殺す」

「それじゃスターゲートと同じじゃないですか! 絶対ダメ!」


 俺が協力すべきと唱えて、唯奈が反対する。虹枝さんはそれどころか数段過激な案を持ち出して来る。議論が拮抗する中、双笑と蒼はどう答えを出すか決めかねている様子だった。


 テーブルの上に置かれた乾電池式のテーブルライトだけが、真夜中の会議を照らしている。登り切っているであろう月も屋内では見えず、人工的な光だけが、議論の終わりをじっと待っていた。


 ただでさえそんな暗闇の中で、俺達は話し合いに夢中だったのだ。

 だから、その接近に気付かなかった。


「奴らと協力なんて、不可能だろ」


 そんな言葉と共に突如として姿を現した、灰色の髪をした少年の接近に。

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