第55話 導く者達
「任務は失敗? どういう事だ」
無数のモニターが青白く輝く薄暗い部屋で、一人の男の声が響いた。声の主は、『ゲートリーダー』と呼ばれるスターゲート上層部の一人であり、現在は最終殲滅部隊ヤタガラスの司令官でもある。見るからに高級そうなスーツを身にまとう彼の声は、指令室として使われている広い部屋によく響いていた。
「申し上げた通りです。各サイトの
そして司令官の前に立って報告しているのは、ライダースーツのような肌に密着した黒い服を着ている筋肉質な男性。歳は三十半ばだろう。大柄な見た目とは裏腹に、その声は落ち着きのあるものだった。
「私が聞いたのは何故失敗したのか、という意味だよ」
司令官は目の前で直立している大柄な男性と、その背後に控えている四人の男女を見回して言った。
「お前達『ヤタガラス』が任務に失敗した事など一度も無かっただろう。スターゲートの最先端兵器を所持しているお前たちに敵は無いはずだ」
「ところがどっこい、いたんだなそれが」
筋肉質な男性の後ろに控えていた、全く同じ服を着た青年がおどけた調子で口を挟んだ。隣に立っている、これまた同じ服を着た女性は咎めるように彼をねめつけるが、金色に髪を染めた青年は変わらない調子で続けた。
「天然モノがいたんすよ、サイキックの。それもこの組織が生み出した子供たちと同い年ぐらいでね」
「何だと!?」
「しかも強さはスターゲート生まれの超能力者とは段違い。俺の所は三人がかりでたった一人の少女と互角っすよ」
青年の言葉に目を丸くして驚愕している司令官。金髪の青年はその顔を見られて満足とでも言いたげにニヤニヤしていた。
「し、信じられん……! 天然の超能力者の存在は何度か観測してはいたものの、お前達ヤタガラスのうち三人をたった一人で撃退できる超能力者など――」
「でも、リーダーのトコはもっとヤバかったんでしょ?」
「ああ」
金髪の青年からの声を背中で受けて、リーダーと呼ばれた筋肉質な男性は静かに肯定した。
「私とサードが戦ったのは超能力者の少年、一般人と思しき少女、そしてあの
眼鏡をかけた細身の男性――サードは後ろでこくこくと無言で頷いていた。そして司令官はというと、
「虹枝……やはりと言うべきか、生きていたんだな……」
俯きながらそう静かに呻いた。
虹枝の名は、研究者としての腕もさることながら、『プロジェクト・ハイエンド』にて造られた超能力者の子供たちを第一に考えるという、スターゲートの中では特に変わった人格者、もとい『スターゲートに向いてない研究者』として組織内でも有名だった。
スターゲートの上層部として虹枝の事をよく知っている司令官からすれば、子供たちのためならどんな事でもするであろう虹枝の執念は、ゾンビ程度に敗れるものではないと直感していた。そして
「話を戻しますが、虹枝心白は大した脅威ではありませんでした。問題なのは、少年の超能力です」
リーダーの言葉が一度止まったタイミングで、指令室の中央にある一番大きなモニターが、薄暗い部屋中に光を放った。
そこに映し出されていたのは、リーダーの目線で繰り広げられる戦いの映像。彼らの装着していたアーマースーツが録画していた、戦いの記録である。
映像内にいる黒いジャージを着た少年は、手のひらから衝撃波のようなものを放ってアーマースーツを身にまとったサードを吹き飛ばしていた。続けざまに放たれるリーダーの弾丸も、不可視の壁によって阻まれる。
少年が引き起こすのは、物理法則を無視した現象の数々。まさしく超能力と呼ぶべき異能の力だった。
「こっちのもすげぇぜ?」
金髪の青年――セカンドの声と共に映像が切り替わり、今度は警告灯によって赤く染まった通路を跳躍するパーカーの少女が映っていた。彼女は弾丸を全て弾き飛ばし、両手で掴むだけでアサルトライフルを粉々に砕いている。『ポータブルレールガン』と呼ばれるスターゲート屈指の強力な両手銃も、剣状に変形させたアーマーの斬撃も、彼女はことごとく拒絶していた。
「な、何だこの子供たちは……化け物か……」
司令官は開いた口が塞がっておらず、正反対にリーダーは全く顔を変えずにこう言った。
「各サイトの
リーダーの言葉を黙って聞いていた司令官は、冷や汗をダラダラと流しながら映像を凝視していた。その口からは押さえきれず思考が漏れているかのように、矢継ぎ早に言葉を零していた。
「ヤタガラスすら敗れる超能力者たちが、ここに攻めて来る……? そうなればもうゾンビなど気にしている場合ではないじゃないか……! 中央本部付近のゾンビの排除を担当している全ての機動部隊を招集して彼らにぶつければ……いや、一人でヤタガラス二、三人分の戦闘能力を持つ超能力者にそれで勝てるのか……? いっそのこと『ハイエンド』共を覚醒させて――」
リーダーたちヤタガラスを放置してぶつぶつと考え込み出した司令官の言葉を聞いて、ヤタガラス唯一の女性隊員――フォースは呆れたように言った。
「司令官、まだ意味のない戦いを続けるおつもりで?」
「……どういう意味かね?」
今は人と話している余裕すら無いという表情でフォースを睨む司令官に対し、彼女は強い口調で言った。
「邪魔者が出たら武力で排除する。それは手っ取り早くもあり力さえあれば簡単な事でもあります。ですが頭が悪い。野蛮で品が無く、致命的なまでに非効率です」
「なっ、何を今更! 我々スターゲートは政府直属の研究機関なんだ。資産や情報の価値はどんな組織よりも比べ物にならん! それらを守るためには武力行使あるのみだろう!」
「だーかーら、それが頭悪いって申し上げてンですよ司令官」
しびれを切らしたように金髪のセカンドも口を挟む。
「右も左もゾンビだらけなこの世界で、まずやるべき事は何だと思います? 生きる事ですよ。人間兵器の開発もお偉いさんとの老人会も二の次! そしてこの組織が保有する武力は、生きてる人間じゃなくゾンビ共に向けられるべきなんすよ、分かりますか?」
「……つまり、敵意むき出しで攻めて来る虹枝たちを無視しろと? それこそあり得ない」
ハンカチで顔を伝う汗をぬぐいながら、司令官は画面を指さした。示す先には、青白く輝く大きなモニターに映っている能力者たちがいる。
「あんな奴らが攻めて来るんだぞ? テロリストなんて生易しいものじゃない! ここに辿り着かれれば私たちは一巻の終わりだ!」
「本当にそうでしょうか」
またセカンドがまくし立てるよりも先に、リーダーは芯の通った落ち着きのある声を発した。
「確かに虹枝心白からすれば我々スターゲートなど滅ぼしたい仇敵でしょう。ですがセカンドも言った通り、今やるべきなのはゾンビの脅威から生き延びる事。彼女の場合はそれに『子供たちを護る』というのも追加されるでしょうが、結局の所は同じです。彼女らからしても、物資や設備がある程度整っており、なおかつゾンビから身を守る武力も潤沢である施設は見逃せない所でしょう」
「お前の言っている事は分かる。だからこそ、虹枝はここを攻め落とそうとしているのだろう?」
「実際のところは分かりませんが、このままでは穏便に済まないのは確かでしょう。ですから」
リーダーは直立したまま、静かだが力のこもった眼差しで司令官を見つめた。続く言葉が、彼らヤタガラスの総意である事を言外に告げているかのように。
「我々の方から、彼女らに和解を――協力を申し出るのです」
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